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菫色の恋 21 花尽








苦しい。


胸が、締め付けられる。

嫌われているのに。それなのに、あの人を影から支えてあげたいと願う。
それが報われる日は来ないどころか、本当のことが彼に知れたらどんなにか失望させてしまうことだろう。
こんな思いをしても、私は、あの人のファンであることをやめられないなんて――


――私は、なんて愚かなんだろう……












記者会見の会場で、私は後ろの壁に寄りかかり、ぼんやりと、狂喜するマスコミ陣を眺めていた。舞台にテレビに映画と、今を時めく女優の熱愛報道を受けての会見とあって、尋常ではない熱気だ。

「付き合っているという噂は本当なんですか?!」
天女役の候補として、お相手役候補と公私ともに仲が良いということなんでしょうか」

我先にと質問を浴びせる記者達と激しくたかれるフラッシュの中で、頷いた彼女の長いストレートヘアが、赤く染まった頬にさらりと落ちる。

「はい…あの、私は、彼のことをお慕いしています」

――ただ、衝撃だった。

「それは、肯定ととってもいいってことですよね!」

おかしいな、なんで――…

――なんで、私、こんなにショックを受けてるんだろう…?

心臓が、真っ二つに引き裂かれたみたいに、痛い――…



そうして無言で、こくりと頷いた彼女に、これでもかとシャッター音が降り注がれる。
きっとここにいるマスコミの各社すべてが、この降って湧いたような交際話をトップページで大仰な記事に仕立てるに違いない。




とにかく彼と、話をしなくては。

『所属プロダクションの社長』として。












――彼を初めて知りその演技に心奪われたあの日から月日は経ち、私は母から会社の経営を任される様になっていた。
とは言ってもやはりそれは名目上で、取締役会長となった母は、私に社長の椅子を空け渡した後も実権を握り、変わらず精力的に蠢動している。
その最たる所業が、私の知らぬ間に彼が配属していた劇団を閉団へと追い込み、病弱だった彼の恩師である劇団長に入院を余儀なくさせたことだった。

母は秘計を廻らせ、ありとあらゆる嫌がらせを劇団に仕掛け、とうとう彼らの公演場所までも奪ってしまった。劇団の芝居の悪評や劇団長のスキャンダルをマスコミに書き立てさせ、酷いバッシングを受けるようにも仕向けた。

そうまでして母が、小さいながらも人気劇団として安定していた彼らの居場所を奪い去った理由は、劇団長の持つ上演権だった。
それらを手に入れたいがために、彼らの劇団を破滅させ、劇団員たちを散り散りにさせたのだ。

それは、かつては伝説とも評されるほどの天女役を演じたことのある劇団長が、その天女の半身ともいえる役の俳優を育成していると世間で注目を浴びだした矢先のことだった。
彼女の過度な演技指導は演劇界では有名だったが、それをよく知らない一見のマスコミが、彼を劇団長の若いツバメだなんていう下世話な記事にしていたこともあった。

それだけ話題性のある存在であり、
伝説の天女が目にかける価値のある、人を惹きつける力がある俳優だと、彼の演技力は少しずつではあったが演劇界に認められつつあった。

磨きをかけ輝きだそうとしている原石を、母が見逃す筈がない。

天女役とそれにまつわるすべての役に、母は何故だかいつも尋常ではない執着をみせた。上演権のみならず、有望な役者達もそうやって手に入れようとしていたのだ。

そうして自分の事務所へと引き抜くことに成功すると、彼らに他の事務所にはない待遇と最高のプロデューサーを付けるようにと、私に命じたのだった。

彼は、事務所への移籍は受けいれたが、私が提示した待遇をすべて拒否した。
憎むべき相手の施しは受けたくなかったのだろう――



母が何を交換条件にして彼を事務所に引き入れたのか、私には知らされていない。
それに関して私に知られぬよう、隠しているような気配すらある。

…たぶん、卑劣なことなのだろう。私が知れば絶対妨害したくなるような、理不尽な交換条件であるに違いない――…

――なにか、演技に関することだろうけど…


彼が先生と慕う劇団長の入院諸々の費用は、私が匿名の支援者として出しているし、そういった金銭的な事はすべて影から支えている。

会ったこともない人物からの援助を、彼が受けるとは思っていなかったが、申し出ずにはいられなかった。菫を送るだけにとどまらず、ファンとしての支援を明らかに超えている事に気付いていたから、きっと彼は断るだろうと思っていたのだ。

けれども
申し出は、思いがけず受け入れられた。

菫の贈り主と直接会えるのなら、その援助を受けたいと彼は望んだのだった。

影から支えたいなんていう自己満足を、彼が許すはずがなかった。


――私は、知られたくなかった。
誰にも批判されない隠れたところから彼を見つめ、真っ向から「あなたの演技が好き」と言えない自分の臆病さがひどく後ろ暗く思えた。
私と知られて、劇団への償いと捉えられてしまうのも嫌だった。

私は、彼を、彼の演技を、支えたい。
その気持ちを彼に拒まれるのが、ただ、怖かった。


会える日をいずれ設けると嘘をついて、私は彼に援助を続けている。

その日は永遠に来ないし、万が一そんな日が訪れたとしても、それは影から見つめる日々が終わることを意味しているだけだった。





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