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「不破相手に…演技、か」
どういう演技をしたのかは、覚えていないと言うキョーコに、蓮は疑いの眼差しを向ける。
「本当に、覚えていない?ほんの少しも?」
「っ、同じですよ、敦賀さんの場合と。なんとなく、いつもと違うことをしていたなっていう感覚だけが残ってる、そんな感じです」
「同じなら…」
「え?」
「いや、なんでもない…たぶん、そんなに心配するようなことはないんじゃないかな」
「どうして、そう言い切れるんです?」
すると蓮は不機嫌そうに両腕を組んでキョーコを見下ろした。
「どうして、そんなに気にするんだ?君は、不破を嫌っているんだろう?放っておけばいいじゃないか」
「嫌っているからこそです!弱みを握られるようなことはしたくないんです!」
「そう…不破は、どうなんだろうね?君と同じように役に括られていたのかな」
「戻ったとき、あいつ、なんだか唖然とした顔して『さっきのけったいな演技はなんだ』って聞いてきましたから…たぶん、私が演技中も素のままだったと思います」
「ふーん…?どんな演技だったんだろうね?興味あるな」
「そんなに面白いものではないと思いますよ…何せ相手があの男ですし」
「だから気になるんじゃないか…」
「っとにかく!」
蓮の追求を振り切るようにして、キョーコは声を張り上げた。
「そういうコトもありまして、私はこの状況を一刻も早く解決させたいわけなんです…!対策、練りましょう!対策!どうして私と敦賀さんだけが覚えているんでしょうね?」
「さあ?主役だからじゃないか?」
蓮は、放り投げるようにそう言って、ふいっと横を向いた。
「…敦賀さん…やっぱり、怒ってます…よね?」
半ば強引に話を変えようとしたことへの後ろめたさもあって、キョーコは蓮の機嫌を窺わずにはいられない。蓮の方も、苛立ちの理由をキョーコに伝えるわけにもいかず、問い詰めたい気持ちを堪えた。
「別に…怒ってはいないよ」
ただ、自分が予測している説からすると…不破のことを、まだ好きなのではないかと勘繰らずにはいられない。
実のところ、最近なんとなくではあるものの、役への切り変わりを感じるようになっていた。
気持ちの増幅、それから、そこに自分の願望が入り混じっていると気が付いたのはその時の感覚が残っていたからだ。
間違いなく、自分はその役に共鳴し、それを望んでいる。
そうして、そんな別の世界の彼女には、今の自分の感情をぶつけても痕跡が残らないと知って、その得体のしれない現象をむしろ求めるように受け入れてしまっているのだ。
ここ数日の、理由のわからない焦燥感も、その役と気持ちがリンクしているからだろうと思っている。
――演技じゃ、ないんだよ…最上さん――…
「……」
黙ったままの蓮を、おずおずとキョーコが見上げる。
「あの、敦賀さん?」
何やら考え込んでいるとは思いもせず、キョーコの不安が満ち満ちた頃。
蓮は静かに目を瞬かせると、キョーコを見据えた。
「最上さん」
「はっ…はいっ」
「最上さんは、本当に、なんとかしたいって思ってる?」
「そ、それは、もちろんです!」
「どんな犠牲を払っても?」
「はい!解決できるならなんでもします!」
どうやら蓮に何かいい案があるようだと知り、キョーコの目に期待の光がきらめき出す。
「それなら、明日からの君のスケジュール、キャンセルできる?」
「え…キャンセル、ですか?って、どういう…」
「どうせこんな状態じゃスケジュール通り仕事はこなせないだろう?しばらくの間一緒に行動してみよう。俺のほうも都合を合わせるから。そうしたら、君が不本意だっていう不破との演技を俺が防ぐことも出来るしね」
「そ、それは、大変心強くもありがたい申し出なんですが…敦賀さんは、本当に、私と知らない間に演技してしまうことに…抵抗はないんですか?それに、アイツとの演技も敦賀さんが妨害できるとも限らないんじゃ…?」
「それは…出来ると思うよ」
「え、どうしてです?何か理由が?」
「……うん。どうしてかわからないけどね、なんとなく、そう感じるんだ」
なんとなく?いいや…確信できる。
演技中なら、むしろ喜々としてアイツとこの子が接触しないように阻止するに違いない…
「な、なんとなく…って…」
戸惑うキョーコに、蓮は問い返す。
「最上さんこそ、大丈夫?不破との演技は防げても…俺との演技はたぶん防ぎようがないと思うよ?それを、ある程度覚悟できるなら…やってみたらいいと思うけど」
「っ…ある程度ですか…」
キョーコの表情がこわばったのを見逃さず、蓮はぴりりと不穏な気配を発する。
「何?もしかしてこの状況下で俺との演技が嫌なのかな?まさか不破との演技を嫌うのと同じ扱い、とか?」
「っ…!?そんな!そんなわけないじゃないですか!…も、申し訳ないと思っているんです、敦賀さんのお仕事にも影響が出てしまいますし…っ」
「影響なんて言っている場合じゃないことはよく分かっているんだろう?前にも言ったけど、どんな役にだって、物語の終わりはくるはずだ。早いところ終わらせたいなら演じ切るしかない」
「…はい…そうですよね…」
それもそうだと蓮の言葉に納得し、これはもう、腹をくくるしかなさそうと決意したキョーコだったが、思わずぽつりと不安が零れる。
「…っ終わり、本当にあるんでしょうかね…」
終わりが、もし、来なくても。
それならそれでも…と言ってしまいそうになるのを胸に留め、蓮はキョーコを柔らかな眼差しで見つめた。
――この子と一緒に過ごす――…それが、どんな結末になるのかまったくわからないのに、胸が、温かく浮わついた予感に占拠され、ひどくざわついてしょうがない。
手をのばして、そっと頭を撫でる。
「大丈夫だと思うよ?最上さんは、なんだかんだいって今までどんな厄介事も切り抜けてきたからね。頼りにしてるよ」
キョーコはくすぐったそうな笑みをもらした。
「ふふっ…敦賀さん…私が切り抜けてきたのは敦賀さんの手を借りた件がほとんどですよ?……そうですよね、うん…大丈夫、ですよね!」
キョーコはすっきりとした表情を浮かべ、蓮に深々と頭を下げた。
「では…お言葉に甘えて…ご迷惑おかけしてしまうかと思いますが…明日からご一緒させて頂きます。よろしく、お願いします!敦賀さん!」
「…うん、こちらこそ、よろしく」
通じ合う嬉しさに、自然と頬が緩んでくるのを止められない二人だった。
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