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菫色の恋 25 花密





 

認めない。


持てる筈もない感情だとしても。


 
















 

「全て事実無根です。お付き合いは、していません」

モニターに映し出された男は、芸能プロダクションの若社長との交際報道をきっぱりと否定し、にやりと笑ってみせた。

「地味な女性よりも華やかな女性の方が、俺は好きですから。今回どうして彼女との交際が噂になったのか不思議でならないですね。何の接点も無いですし。彼女の方も、迷惑してるんじゃないですか」

「それでは、姿を消しているというプロダクション社長の行方をご存じではないわけですね?」

記者の問いかけにも、男は不敵に笑って答える。

「当然です。きっとこんな噂を立てられて、騒ぎ立てられるのが嫌で身を隠しているのではないんでしょうかねぇ?」








 

会長は、車内モニターのスイッチを切ると、ふいとスモークの張った窓外を向いて吐き捨てるように言った。

「まったく…馬鹿な子だわ。どうしてあんな愚か者に育ってしまったのかしら」

ちらりとこちらを見やって、苦い顔をする。

「男の趣味の悪さは、誰に似たのかしらね」

含みを持たせたような言葉が気にかかるが、その意図は量れない。


「彼女を探すことは、しないのですか?」

そう尋ねると、会長はさもおかしいとばかりにふっと嘲笑った。

「分別のない子供じゃないのよ。男と別れたくらいでいちいち親が干渉する必要はないでしょう?」


「…そうやってあなたは、またあの子の傷を見ぬ振りをするんですね。あなたはこれまであの子の気持ちを本気で考えたことが、ありましたか?」

思わず語調が強くなる。
まったくの部外者なうえ、事務所に移籍して日も浅い俳優の言う事など、会長が聞く耳を持つはずがない。
あなたに何が分かるのかと馬鹿にされると思ったが、会長は目を伏せて、ぽつりとこう言っただけだった。


「…居場所は分かっているわ。だからあなたを呼んだのよ」


 














車はそのまま、一時間ほど走り続けた。
窓の景色は、賑やかだった街並から木立の多い田舎道へと変わっている。
運転手に指示を出していたのは、会長自身よく知った道だからなのだろう。
そうして車は、どのあたりも似たような山道で止められた。

「あの子は、この林道の先にいるはずよ。車を1台呼んで、ここで待たせておくわ。あの子を見つけたら、それに乗って帰りなさい。ただし、自宅には絶対に連れてこないで。マスコミがまだ煩いでしょうから。そうね、あなたに用意していたマンション…あそこは空室のままだからしばらくほとぼりが冷めるまでそこで過ごさせてちょうだい」

きびきびとした早い口調で、指示を出す会長は、何かを避けたがっている。

「…何故?ここまで来ておきながら、どうしてあなたは行かないんです?」

「どちらにしてもあなたは、行くのでしょう?そこにいるのは分かっているのだから、別に私まで行く必要もないわ」

「俺が、探しに行かないと言ったら?」

「それでも、行くはず。あなたは、あの子を放ってはおけないでしょうから」

「それは、どういう意味です?」

「あなたが人として、母親に粗末に扱われている女性を放っておけない人間だと言っただけよ。他に何か意味がある?」

「…いいえ」

母親に粗末に扱われている…どういうつもりでそう言ったのかと考える余地もなく、車から降りるようにと急き立てられた。

「じゃあ、早く行きなさい。くれぐれも、公約を忘れないで」

















――随分と、買いかぶられたものだ。

まさかここにきて子供のお守りをさせられるとは、夢にも思わなかった。

修復の可能な親子関係なのに、あえてそれをしようとしない会長の行動には何か理由があるのかもしれない。
母娘の立場を推し量り考えながら、轍の間に生えた草を避けて道を行くと、林を抜けた先に視界が広がり、耳にせせらぎの音が聞こえてきた。

開けた先を覗けば、緩やかな崖を斜めに下るようにして、道が続いている。
その下には、石河原と、緩やかな水の流れが西に傾いた日の光を浴びてキラキラと水面を耀かせていた。

あたりは日も暮れかけ、赤く照らされた木々が暗い影を地面へとのばしている。

――こんな物淋しい場所に、一人でいるのか…?

心に傷を負った彼女が泣いているような気がして、早く見つけなければと気持ちが急く。



「っ!」

崖道を降りてすぐに、河原に人が倒れているのに気が付いて、慌てて駆け寄る。

――彼女だ。

抱き起して、その体の熱さに驚く。
呼吸は荒く繰り返され、熱があることは明らかだった。

――馬鹿だな、君は…」

抱え上げて、急いで車のある場所へと戻る間も、彼女は熱に魘され起きることはなかった。































 

高熱にうなされる彼女のベッドの傍らに立ち、苦しげな呼吸を繰り返す様子を、苦い思いで見つめる。
小さな電子音を鳴らした体温計を、大きく開いた襟口から抜き取ると、その数字の高さにまた心が憂う。


――かなり、熱が高い。

会長が寄越した主治医は、過労と風邪のせいで体が弱って熱が出ているのでしょう、安静にするように、という所見と薬を置いて帰っていってしまった。

これだけ熱があっては体力を消耗してしまう。薬を飲ませなければならなかった。

彼女の背中に手をまわして抱き起こすが、その体に力は入らぬまま、上半身の体重全部が腕に凭れ掛る。


「…………っ」

体に何かが触れるのを感じて遠のいていた意識が朧に蘇ったのか、彼女は腕の中でわずかに身じろぎをした。

「…起きて?薬を、飲んでから眠ったほうがいい」

問いかけに、彼女は答えることは無かった。

水を口に含み、片手で薬のパッケージを開け、一錠、唇に銜える。


――どんなことをしたって…認めない。

たとえば、彼女があのアイドルの男を諦めず追いかけようとも。
親の決めた婚約者と結ばれようとも。
自分には関係のない話のはずだ。

この胸の疼きの理由が何かなんて、考えたりは、しない――


 

「ん…っ…」

銜えていた錠剤を彼女の唇の間に押し入れて、水で湿った唇を重ねると、篭った様な声がその隙間から漏れ出る。

口の端から、薬と一緒に流し込んだ水が零れ落ちるのを指先で拭ってやりながら、コク、とその細い喉が動くのを確認した後で、支えていた腕の力を緩めた。

焦点の定まらないぼんやりとした瞳が、それでも動揺を隠すことなくこちらを見上げる。


「……」


どうして?と問いかけるような視線。それは、そうだろう。何故ここにいるのか、どうして薬を飲ませているのか、彼女には理解できないに違いない。その無言の問いかけから目を逸らさず、彼女に薬を差し出す。

「…ほら、もう一錠、飲まないと」

「…っ」











 


 

――体が燃え上がるように熱い。

何処にあるのか分からないような意識の境界線で、心地よく低い声が響くけれど、何を言っているのかわからない。

 

きっと、言っていることが分かっても、掠れ声すらも出せないから答えることも出来ない。意識を手放して、圧し掛かる倦怠感にこのままのみこまれてしまいたくなる。


けれども、頬に触れられた手のひやりとした冷たさで、意識が浮かび上がる。

うっすらと瞼を上げると、ぱち、と薬の包装を開けて、白い錠剤を抓んだ指先が見えた。
指先は、それを私の唇の間に優しく押込める。

片腕で力の入らない私の身体を支え、もう一方の手でベッド脇に置いていた水を呷ると、頬を傾け、薬を咥えた私の唇に触れた。
ぼんやりとしたまま、鉛のように重い体で抵抗する気力もなく目を伏せる。見えていない分、唇の感触だけがやけに鮮明になる。

冷たくて、柔らかい。

どこか心地よさを感じながら、彼から与えられる冷たい水を受け入れ、こくりと薬を飲みこんだ。

冷えた感覚が喉を通る。けだるく瞼を上げると、熱を帯びて底光りする瞳がゆらり、と揺らめいた。

――最上さん……

濡れた唇が、すぐ近くで誰かの名前を呼んで、囁きを紡いだ気がした。

「…ちゃんと、飲めた?」


「!」

その瞬間、深い夢から一時に覚醒したように、自分の名前を思い出した。

どっ、と、血液が逆流するような衝撃が心臓から突きあがり全身を強く打ちのめす。

「な…?っ…」

 

うろたえる私の唇に、再び、ゆっくりと、唇が重なる。

「…!」


そこにいるのを確かめるように、微かになぞるように触れてから、食むような口付けが、時折お互いの唇を密着させては湿り気のある音をたてる。


――――っ!!

待っ――…



静止しようと僅かに動かした手を、滑らかな手つきで絡め取られて、さらに体が近付く。

「――ん、ぅ…」

言葉を封じ込められ、身を硬くしてそれを受け入れるよりなかった。

 

――いま、最上さん て呼んだのに…

その唇 が 触れているのは

どうして…? 



――敦賀さん――…!

 


頭の中で、彼の名前を呼ぶ自分の声が、ゆっくりと、押し戻されていく。
自分ではない、演じている何者かにまた溶け込んでいく。


「――気の毒にね?好きな相手とも結ばれることも出来ないなんて」

耳元に唇を寄せて、彼が嘲笑う。

「どうせ君は、婚約するんだろう?よかったじゃないか、別れることができて。あの男のことなど、早く忘れてしまえばいい」




――ああ、ほんとうに、彼は、私を嫌っているんだ。
わざわざ、こんな嫌がらせをしにくるくらい――

朦朧とした働かない頭で、それだけ、ぼんやりと思った。



「……」


――意識を失っていく中、溶けてしまいそうに熱くて、苦しくて。


それ以上、もう、何も考えられなかった。

 

 


 


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