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「ですから!あの方は大変お忙しい方ですので、スケジュールの調整がつかないと何度も申し上げているでしょう!?」
「何故です?そのスケジュールにこちらが合わせると言っているんですが?そう難しいことではないでしょう?」
「あなたはそれでもかまわないでしょうが、あの方はそうではないんです!」
雇い主である『私のお嬢様』からの要請で、ある俳優に花を届けにきていた私は、ああ言えばこう言って食い下がるその男に辟易して、相手をぎっと睨みつけた。
――あーーもう!しつっこいわね!いい加減、納得しなさいよ!
「あまりご詮索されるようですと、あの方への橋渡しも出来なくなってしまいますが…それでもよろしいですか?」
「へえ?詮索されたくないような、やましい事情がある方なんですね?」
これ以上は無いくらいに嘘くさい笑顔でそう言う男に、私は堪忍袋の緒が切れそうになる。
「やましい…言うにこと欠いて、自分の恩人をよくそんな風に言えるわね…っと言えますね!」
思わず地が出てしまい慌ててそれを押さえつつも、内心では罵りを浴びせる。
私の『愛すべきお嬢様』に、なんてひどい言い草!
アンタのせいで、お嬢様がどんなに苦悩してらっしゃるか知りもしないくせに!
「やましいじゃなきゃ、卑怯、かな?本当は、分かっているんですよ、初めから会う気なんて、ないんだってことはね?」
ホントに、不遜で気に食わない男!
お嬢様はなんでこんな人を気に入ってらっしゃるのかしら!?
『大好きなお嬢様』の事となると冷静ではいられなくて、つい熱くなってしまう自分をどうにかこうにか宥める。
「……あの方に会って頂くには、まだあなたは未熟者でその資格がないのと思うのですが?何の自信を持ってそんな強気にモノが言えるのでしょうか?」
…宥めたわりには語気が強くなってしまい、せめて表情だけでもと冷たい視線を送ってみる。
すると、明らかに人を馬鹿にした様子で私を見やると、男はくすりと笑ったのだった。
「ああ、すみません。あなたがあまりに好戦的な態度をとられるので、つい、ね」
だから!その嘘満ち溢れる笑顔、止めなさいよ!!だいたい喧嘩ふっかけてきたのはそっちが先でしょう!?
「っ、とにかく、今日は花をお届けに来ただけですので。失礼いたします」
こういう時は、早く切り上げるに限るわ…!
怒りをふりまく仲介人が帰ってから、思わず大きな溜息をつく。
「花を届けるだけ、か…」
彼女は雇い主をとても敬愛しているようだった。
だから、わざと気に障るようなことを言って、なにか手がかりを得ようと思ったのだが、そう簡単にはうまくいかなかったようだ。
こうして溜息をついて紫色の花を眺めるのは、もうそろそろ終わりにしたかった。
それとも、やはり、自分はその人に会うには、まだまだ未熟なのだろうか――…
悩みは尽きず街を往き、交差点の向こうに見えるディスプレイに目をやる。
――気にかかる事実が、あちらにも転がっている。
女社長様のスキャンダルなど、自分には関係がないはずなのに、何故か気にかかって仕方がなかった――
「君は、本当に馬鹿だな」
顔を合わせるなり、辛辣な言葉と冷たい眼差しを浴びせてきた彼に、私はがっくりとうなだれてみせた。
「…さっき、母さんにも同じことを言われたわ。もういいでしょう、あなたの言いたいことはよく分かってるから、もう放っておいて」
――それ以上、触れてほしくない。
「本当に一緒に住んでいるのか?あのアイドル男と」
「………っ」
というか、何なんだろう。この後ろめたい気持ち…
私は、何も悪い事なんてしていないはずなのに。
どうしてだか、彼の顔がまっすぐに見られない――
「だいたい君、婚約するんだろう?恋愛なんてしてる場合?」
「!?」
「あれ?君の偉大な母親から聞いたんだけど?違ったのかな」
な、なんで、母さんがこのヒトにそんなコトを!?
「彼だったらいいと思っているんだろう?母君の決めた婚約者が」
「…あの人は…婚約者じゃないわ」
「そうだろうね。君の賢明な母上があんな女癖の悪い尻軽男を一族に迎え入れるはずもないからね」
――な、なんですってぇ?!いま、尻軽男って、言った?!
「か、彼は素敵な人よ!あなたなんかには分からないでしょうけど!歌は上手いし顔は綺麗だし髪はさらさら性格だってすっごぉく優しいんだから!存在してるのが奇跡のような人なんだから…!」
「へえ…?そんなに、そいつが好きなのか?」
「え…?」
「……いや、まったく…よりにもよってなんでまたあんな売れっ子アイドルを?君なんてすぐボロ雑巾みたいにポイ、なのは目に見えているじゃないか」
「ひ、ひどい…」
「君は、もう少し人を見る目を養ったほうがいい」
「っ私には人を見る目はあるのよ!だから、あなたを…うちの事務所に引き入れたんじゃない!」
「残念ながら、今、俺はおだてに乗ってあげられるような気分じゃないんだ、君に何を言われようと腹しか立たないね」
「ごめんなさい…私…あなたのこと悪い人じゃないって思ってる…いつも意地の悪いことばかり言うけど、本当は相手を気遣う優しい人だってよく知ってるもの」
「……」
彼の目が少し意外そうに瞬いたのを気にかけながらも、私は言葉を続ける。
「でも、もう、いいわ…私が何を言ってもそんなに腹が立つのなら、うちのプロダクションを辞めたらいいのよ」
「そう簡単に辞められるなら、とうに辞めてる」
「どうして?母さんに、何を言われてるの?いい加減教えてくれてもいいでしょう!?」
「……いいや、言う気は、無いね」
――なんなの…?
っどうして、そんなに、見つめるのよ!?
「い、言ってくれれば私がなんとかできるかもしれないじゃない!」
「君が?何一つ満足に、母君に意見も言えない君がか?いらない。余計なことはするな」
「なっ…」
急に凄まれて、じり…と思わず後ずさる。
「今のうちに、好きな相手と好きなことをすればいい。君は母親に逆らえないんだから、どうしたっていずれ君は…」
棘のある言葉が、ぎりっと噛み締められた唇で止まる。何だと言うのだろう。
「…っそうね。あなたが、何を母さんに言われて、何を知っていようと関係ない。私は、私のしたいようにするから」
けれども。
結局私は、彼の言った通り、その後ほんの数日で同棲している男性から、ボロ雑巾のように捨てられることになるのだった。
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