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月への階段 1   ジレンマの箱

水平線の際に月が沈む。
海面に反射する月光は、海から月へとあがる階段。

輝く光の中へと駆けあがる。
愛されたいと、心が動きはじめる。

 

私を見て欲しい。側にいてほしい。
あなたに、愛されたい。
ずっと望んでいた心の融合。

 

 
それが、ただひたすら、怖かった。 

 

 

 

 

1.

 

それは、キョーコにとって初の主演ドラマの依頼だった。
事務所に呼ばれ話を聞くや、飛びがらんばかりに喜んで、キョーコは二つ返事で承諾した。


月篭りの撮影が終わってからまだ間もないこの時期に、降って湧いたような望みどおりの役だった。

未緒とは正反対の、純愛物のドラマのヒロイン。それが、とても嬉しかった。

インパクトのある役を演じると、しばらくは同じような役柄ばかりがまわってくると言われていたので、キョーコは心配していた。未緒のような凄みのある役のイメージがずっとついてしまうのはできれば避けたかったのだ。そこへ、この大抜擢が訪れたのだ。

承諾しないわけが無い。

主演であることは勿論嬉しかったが、それが喜びの素ではない。違う役を演じればきっと演技の幅を広げることが出来るだろうと、キョーコは胸を高鳴らせた。

―――これで、敦賀さんに少しでも追いつけるかもしれない。

 

「実は、今日来てもらったのは、これだけじゃなくてね。その仕事をうける前に君にクリアして欲しい事があるらしいんだ。社長がラブミー部として最後の仕事になるかもしれないって言ってたから…なんか派手な事企んでんじゃないかな、あの社長のことだし」

「えっ?!ラブミー部の仕事…ですか?」

久しぶりに耳にした自分の所属名。最近では坊の仕事くらいしかラブミー部の仕事はしていなかった。そのためなかなか時間が合わなくてずっと奏江に会えずにいたのだ。


会いたいなあ…モー子さん…
でも…忙しいだろうからなかなか会えないよね…今日もたぶん、来れないんだろうな…

「それって…私一人でですよね?モー子さんは来ないですよね…」

「いいや、社長直々ラブミー部への仕事だからね。勿論、琴南さんにも話はきてるさ。そろそろ来る頃だと思うけど」

「えっ」

とっきゅんとときめくキョーコの後ろで事務所の戸が開く。

「おはようござ」

「!!あああ!モーーーーーー子さーーーーん!!」

ふりむくなり絶叫するキョーコに、黒髪を逆立てておののく奏江。

「な、なによっ恥ずかしいわねっ、そんな大きな声で叫ばないでよっ!」

「だってっだって~~嬉しいよぉおおお。久しぶりに会えた親友でしょぉ~~きゃ~~~~~っ」


目をうるうるさせながら奏江の周りをはしゃぎ飛び回るキョーコに呆れ顔をしながらも満更でもなさそうに口元を弛める。


「会いたかったっモー子さんっ」

「元気そうね…心配して損したわよ」

「心配?」

「あんた、えらい騒がれてるじゃない、例の件」

「あ……うん…」

「私は事情知ってるからあんなの信じないけど」

「モー子さん…」

 

「さ、二人揃った所で、あわただしくて悪いんだけど今すぐつなぎに着替えてB1-6の部屋へ行ってくれないか。やるだろ?ラブミー部最後の仕事」

「もっ、勿論です!ね、モー子さん」


久しぶりに奏江と仕事が出来る、と、キョーコの心は浮き足立った。奏江の腕にじゃれついて、彼女の顔を期待の眼差しで見つめるキョーコ。

変に照れくさい気分で視線をそらせながら、奏江も頷く。


「まあ…あのつなぎ着るのがこれで最後だって言うんなら…やってもいいわ」

「やったーー!モー子さんっ頑張ろうねっ」

こうして、数ヶ月ぶりに、キョーコ達は「ラブミー部」の仕事を請け負ったのだった。

 

 


「B1-6。ここね」

地下にある一室。廊下から見たところ、何の変哲も無い扉であったが、二人は異様に警戒をした。

「なんだって、またこんな人気の無い所に呼び出したのかしらね社長は」

「ね、モー子さん…何か…この扉を開けたら恐ろしいことが起きそうな予感がする…」

「そうね…あの社長の考えることだもの…油断できないわね」


ラブミー部最後の仕事がどんな仕事なのか、事務所の人間にも知らされてはいなかった。
それが一癖も二癖もある社長の企画となれば、何か引っかりを感じないわけにはいかない。


「じゃあモー子さん、そーっと開けるわよ?」

「いいわ、心の準備は出来てるから」


どんな世界が広がっていても、驚かない覚悟をかためて部屋の中を覗きこむ。
だが、そこには社長の好みそうなど派手な演出など何も無く、ごく普通の控え室があるだけだった。

「あ、あれ?」


拍子抜けして扉の前に立つキョーコの横から怒声が響いた。

「遅ぇんだよ!」

 

「………へっ?!」


「どれだけ待たせる気だよ、キョーコ」


「ショ、ショータロー…?」


思いもしない人物が、そこにいた。

キョーコは驚きと嫌な男に会ったという嫌悪感に一時のあいだ言葉を失った。


どうしてこいつがこんなところにいるのよ…


「ちょっと!なに?まさか…あんた不和尚と待ち合わせでもしてたの?まさかあの噂…」
凄い形相のキョーコに奏江は口をつぐむ。
「ああ…そんなはずないわよねぇ…悪かったわよ…」


「何こそこそ言ってんだよ?」

怪訝そうな顔で二人の前に立ちはだかる、キョーコの天敵とも言える男。

奏江は腕組みをして、落ち着こうと努めながら値踏みするように尚を見て言った。

「ふ…ん、あんたが不破尚なの…いいわ、滅多に無い機会だから言ってあげる」

「?何だよ」

「あんた…いったいどういうつもり?この子にした最低な扱いを忘れたとは言わせないわよ。よくものうのうと顔を見せられるわね…それとも、土下座でもしにきたのかしら」

「モー子さん?!こいつが土下座なんかするはずないじゃない。いいのよ、そんな…モー子さんが嫌な思いすることないんだから」

「うるさいわね!あんたが良くても私が嫌なのよ!不破尚にあったら絶対に一言言ってやろうと思ってたんだから!あんたの人生玩んだ男でしょ?!無性に頭にくるのよ!」


「…モー子さん…」

「せめて形だけでも謝らせないと気がすまない!」

謝るどころか…ヤツの事だからきっとモー子さんの怒りの火に油注ぐような発言するに違いないわ…


だが尚の答えはキョーコの予想以上に最悪なものだった。

「はん?最低な扱い?どこがだよ、結果的に全部コイツの為になってんじゃねーかよ?だいたい、こうして芸能界にいられんのも俺のおかげだろ。あのせまっくるしい環境から連れ出してやった俺にむしろ感謝して欲しい位だ」

「!!!!!なんですって?この厚顔無恥!!この子がどんな思いをしたのか考えたことあるの?しかも最近ゴシップ誌を随分賑わせてるようじゃない、何の関係も無いこの子まで巻き込んで!自分のした事も認められないわけ?!この子がこうしてやってこれたのはキョーコ自身の力よ…あんたのおかげなんかじゃない!」

怒りのメーターがぐんぐん上がっていくのが見える…。
こんなに激しく自分を擁護された経験が無いキョーコは、どうやって奏江をなだめようかとおろおろした。

同時にそれはとても不思議な気分だった。

収束する方法が見つからなくて困っているのに、キョーコの胸はほんのりと温められていた。


―――モー子さん…自分の事みたいに、怒ってくれてる…

どうしよう、私…嬉しくてしょうがない……。

 

そんなキョーコの前で、二人の争いはなおも続く。

「へー?じゃあ聞くけど、アンタ、コイツとコンビ組めなくてもよかったのか?キョーコがいたから今のアンタがあるんじゃねーの?」

「…そんなの!この子がいなくったって私は!」

キョーコが…いなかったら…?

…どうしていたんだろう。
この子と出会ったあのオーデション…キョーコがいなければ、私の演技への挑戦は、あの時点で終わっていたかもしれない…この子の言葉があったから立ち向かう事ができたようなもので…。

「………」

「よかったんじゃねーの?こいつ連れてきて。似た者同士つるめて嬉しいだろ?」

「な?!」


どこまでも自分に都合のいい…呆れて声も出ないとはこのことだ。

「モー子さん、無駄よ…この男の思考回路は自分中心に回ってるの。私達には理解なんてとてもとてもできるもんじゃないのよ…さあもうやめましょう、こんな奴に関わってる時間がもったいないわ?」

達観したように目を瞑り、ふるふると首をふるキョーコに奏江は深く頷く。

「そうね。あんたの言うとおりみたいね。話し合ってみようと思った私が馬鹿だったわ」

「ううん、いいの、いいのよモー子さん…!それだけ私の事考えてくれてたなんて…私…嬉しい!」

「…っ!!ば、馬鹿ね、アンタの為じゃないわよ、ただ私は、こういう男が気に食わなくて意見してやりたかっただけで」

「またぁ~モー子さんったら、照れ屋さんなんだから~~」


嬉しくて舞い上がっているキョーコは、こつんと人差し指で奏江の額を小突く。
奏江はふーっと溜息をついた。


「もー帰るわ…」

「え、ま、待ってモー子さん、帰るなら一緒に帰ろうよ?久しぶりに会ったんだもの。つもる話もあるでしょ?」

「私は無いわよ…っ…あ…?」

目の前に回りこんできたキョーコをよけて、扉を開けようとするが、ガツン、と手元に手ごたえを感じて奏江はうろたえた。


部屋の扉のノブが、まったく動かない。
外側から、鍵がかかっているようだ…。


「お前ら…あほらしい会話しやがって…悪趣味なピンクつなぎ共め、いいからさっさと仕事始めろ!俺はお前らほど暇じゃねんだよ」

 

尚の言葉に、二人は固まる。


部屋のテーブルに台本と「指令書」が置いてあるのに気がつく。

 

…まさか……これって…

ややして青ざめ強張った顔で尚を振り返り、キョーコは尋ねた。

「ま、まさか、今回の仕事って…アンタと一緒にするの…?」

「何、今更言ってんだよ…俺は不本意ながらもおまえらみたいな馬鹿につきあってやろうっていうのに」

「モモモモモモ、モー子さん!!知ってた?!コイツとの仕事だって」

「…いいえ、初耳ね、ここに来るまで何の情報ももらわなかったわ」

がっくりと肩を落として、キョーコは暗くよどんだ表情を傾ける。

「はあああ…一生の不覚だわ…こんな仕事請けるなんて…アンタとだって聞いてたら絶対!引き受けなかったのに!」

「おまえにそんな事言える資格があんのかよ。こんな所までわざわざ来てやったんだ、ありがたく思えっての」

「はっ、来てやったですって?!何偉そうな事言ってんのよ?」

「チャンスくれてやってんだろうが!聞いたぜ?俺相手に演技こなせたらその悪趣味なピンクつなぎ着なくても良くなるって。お前んとこの社長、『愛のテスト』とやらに俺を引っ張り出してくるなんて多少はお前のこと調べたみたいだなァ?気にかけてもらえて良かったじゃねーかキョーコ?」

小馬鹿にした態度も気に止まらなかった。

聞きなれない言葉にキョーコは衝撃を隠せない。

「あ、愛のテストっ?何なのそれ?!社長があんたにそう言ったの?」

うろたえるキョーコに、尚はニヤリと笑う。

 

「おまえんとこの社長の趣味に、ちよっとばかりつきあってやるって言ってんだよ」

 

 

 

 

 


「ああ、悪かったな、わざわざきてもらって」

その頃蓮はLME芸能プロダクション社長である宝田のもとを訪れていた。
普段にもれぬ宝田の豪華な衣装に、蓮はあいかわらずだと内心苦笑いをする。
肩にかけた緋色のマントには極細な刺繍があしらわれ、実に煌びやかだ。手には細い象牙の杖を持ち、その頭上には大小光り輝く宝石がひしめく王冠。…どこかの国王の姿なのだろう。


違和感無くかなり似合っていると思ってしまう自分は、社長の趣味にだいぶ感化されてきているのかもしれない。


…最上さんが好きそうだな…こういういかにも御伽噺にでてきそうな典型的な王様の姿。

彼女のことだから、自分を王妃に見立てて妄想するんだろう…。

 

そんなキョーコを思い、蓮はふ、と笑みを浮かべた。

「ん?なんだよ、にやつきやがって。思い出し笑いか?」

「いえ、別に何でも」

「ま、その面みりゃなんとなくお前の考えてることは分かるが」

そんな折、騎兵隊姿の付き人が颯爽と現れ、宝田の耳に何かを伝えて去っていった…。

「ふ…ん、揃った様だな。さて、じゃあ始めるとするか」


蓮はやたらと嬉しそうな宝田の表情に頬を強張らせた。


…またなにかとんでもないこと企んでるんだろうこの人は…

「楽しそうですね…なんですか?」

「ちょっとした企画なんだがな、おもしれーぞお?おまえも見てくか?」

低い音を立てて、前面の壁が左右へと流れ開いていく。

「………」

社長の企画か…あまり興味はないんだけどな…

それに、何か…嫌な予感がするような…


「ほら、これだ」

そこに出現した大きなモニターへ映し出された映像に、思わず釘付けになる。


そして、蓮の不吉な予感は否が応にも増した。

…撮影されていることにはまったく気がついてはいないのだろう。
部屋に装備されているらしいカメラを通して、最上キョーコ、琴南奏江、不和尚の三名が三者三様に言い争いをしているのだった。

「ラブミー部員のラブ度数試しってところかな。そろそろ卒業させてやりたいしな?」


「まったく……彼女たちに何をさせようっていうんですか。」

呆れ声で言いながらも、蓮は彼らから目が離せなかった。

不和尚と言い争っている最上キョーコは非常に威勢がいい。琴南奏江はそんなキョーコに応戦するかのように険のある表情で時折口をはさんでは憤慨している。
キョーコは怒りを前面に出し腹立たしそうにしてはいるものの、やけに生き生きとして見えた。


素のままの彼女なのだろう、あの男の前では。


苦い思いで目をそむけると宝田と視線が合った。
変に伺い知ろうとするような、嫌な笑みを含んだその眼。
彼の思惑に気がついて、蓮は一気に肩が重くなる気がした。

…試されているのは、彼女らだけじゃない。自分も間違いなく宝田の企みの歯車の一つになっているのだろう…。

 


―――なんだってこの人は…こう事を荒立てるような方へと持って行きたがるんだろう…


蓮は観念したようにため息をついた。

「それで?俺はここで彼らを見ていればいいんですか」

「いや?べっつに見なくてもいいんだぜぇ?どおおおしても見たいって言うんならそこの椅子にでも座って見てってもいいが」

「…っ」

面白がってる…絶対だ…

俺があの二人を気にしないはずないと分かっての意地の悪い物言い…以前であれば、さらりとかわして立ち去れただろうに、如何せん、不和の挑戦状を受けた今の状態では、彼女があの男の側にいるのを気にかけずにはいられない。

仕方なしに身を投げ出すように椅子に重く腰掛けると、宝田はそれ以上からかうことなく、満足げに蓮に笑いかけた。

「彼女たちには今回の主旨は伝えてない。まあ…今後のためにちょっと確認したいことがあってな」

「それで…こうやって不破と引き合わせたところで、ラブミー部員からどういう昇格があるんです?」

「昇格?まあ、今回だけじゃまだ難しいだろうなぁ…」

まだ、ほんの第一段階だ。人を愛し、愛されることが出来るようになる為に、彼女達にはこれからまだ大きなステップが控えている。

「今回のは、ちょっとした大舞台前の下地作りだよ、蓮」

 

 

 


2.


「はあ…指令書とやらを見てみなさいよ…書いてあるわよ…『最上キョーコの愛の演技の判定結果により第二関門への進出を決定する。決定次第部屋の鍵は開かれる。』」

「…あ、あいのえんぎ?」

「ラブミー部の卒業試験ってとこかしらね?おおかた部屋のどっかにカメラでもついてるんでしょ。私についての課題はないけど…それにしても社長にしては地味な発想よね」

「…そうかしら…」

社長の趣味だろうか…。
「ラブミー部愛のテスト~始まりの章~私を愛して?」は極彩色豊かな装丁が派手にほどこされている。

「このタイトル…なんとかならなかったのかしらね…企画が地味な分、ここにすべてが集約されてしまったみたいだけど…とにかく、はじめない事には話が進まないようね…台本、これね」

「社長ぅ…」

「登場人物は二名ね…男性と女性。恋人同士よ」

「あんまりよぉ…こんなの」

「ほら、いいからとにかく読む!」

「うっ…ぐすっ…うん、モー子さん…」

奏江に促されて仕方なしに台本を開き、文字を追う。


「……」

「………」

「…………」

台本を読みながら、頬を紅くしたり、額を青ざめさせたり、脂汗を浮かべてみたりしていたキョーコだったが、一通り目を通し終えると、引き攣った顔で奏江に微笑んだ。


「モー子さあん?どっちがどっちの役やる?」

「は?」

「だって愛の演技する相手、モー子さん以外に他にここにはいないでしょ?」

「オイ、俺の存在は無視かよ…」

「ねえ?そうでしょお?モー子さん?」

「…アンタねぇ…現実逃避?そういう訳にはいかないんじゃない?」

「いいのいいの、ねっ、どっちが男性役やる?モー子さんとだったら私…『男役だって平気だぜ、奏江…』」

「う…気持ち悪いわね、だいたいそれじゃここに閉じ込められた意味ないでしょうが」

「じゃ…じゃあ、まさかアレ相手に愛の演技しろって言うのモー子さんっ?!」

「そういうことでしょうね。私は…サポート役かしら?アレとアンタの演技を見守る役?」

「アレって、俺のことかよ?!」

キョーコはまじまじと尚を見る。

「なんだよ?見とれてねーで、さっさと始めろよ。お前らほど俺は暇じゃねーっつの」


「…無理!」
キョーコは台本をさもおぞましげに放り投げた。

 

「見て、台本を…!やるのよ!不和尚を相手に!愛の演技を!」

「無理!無理無理よぉおお!!!」

「だってアンタ一回は不和尚と共演したんでしょ!見たわよ?恐ろしく綺麗なカオしてやってたじゃない!同じようにやればいーのよ!!」

「モー子さん…でもね、あ、あれは…」

「何よ」

「あれはモー子さんの事考えながらやったんだもの…コイツ相手とか考えずに」

だからこそ、うまくいったのよ。ショータローの恋人役なんて血吐きそうな役、誰に頼まれたって一秒だってやりたくなんかない。

―――それなのに、半強制的にこんなのってひどい…


膝を抱えて丸くなり、絶対拒絶の体勢をとるキョーコ。
奏江は溜息をついてそんなキョーコの肩を揺すって言った。

「大丈夫、今のアンタなら出来るはずよ。それとも何?アンタまだ不和尚に特別な思い入れでもあるっていうわけ?」


その言葉に、キョーコはビクッと肩を震わせ、顔を上げた。

「とんでもない!!そんなモノ、ミジンコほどもないわ!!」

「だったら出来る筈よ!演じるのよ!不和の恋人役を!!」

 

そうしないと、私もここから出れないのよ!!本当にとんだとばっちりだわ!

言いかけて、奏江はふと気付く。

もしかして…これが、私に課せられた「ラブミー部」最後の仕事とか、言わないわよね?


「でも…」


「復讐、したかったんでしょう?これで、文字通りあいつを綺麗さっぱり忘れることができるかもしれないじゃない。チャンスよ?頑張んなさいよ、キョーコ」


「そうか…そうね…わかった…。やってみるわ…モー子さん」

 


すっくと立ち上がり、おもむろに尚に近寄る。


『どうしたの?』

きゅるんと笑顔をつくって、尚を覗き込むキョーコ。


「ぐっ?!」


『だいじょうぶ~~?なんだかとっても辛そうねぇ~~』


「ぐあっ」


『くすくすくす…私に話して?力になれるかどうかわからないけど』

 

「ぐぐっ…オイ待てコラ!っそれ本当に台詞か?!だいたい、恋人に金縛りかける女がどこにいる?!」

「ねね、モー子さん。いまの恋人らしく見えた?」

「…どう見たって恋人同士には見えないわよ…怨念だらけで昼ドラの愛憎劇より不気味だったわ」


頭を抱える奏江にキョーコは暗く陰惨な声で訴えた。

「だって…こいつ相手にどうトキメけって言うのぉ?憎しみこそ湧けど、あなたの事が大好きで仕方ないのっ・なんて気には到底ならないぃ~~~」

「それ…俺の存在自体が奇跡とかいってた奴のセリフかよ」

キョーコはため息をついた。あの頃の自分ほど馬鹿げた存在はない。

 

いつもならすんなり役に溶け込めるのに、相手が尚となると酷く難しい。
無意識に怨キョが出てしまうのも仕方ないことだ。


「恩讐モノじゃないのよ?愛溢れるロマンティックな話なんだから。あんた好きでしょ、こういうベタベタなロマンス」

「それをあいつ相手になんて…いやあああ…できないぃ」

「やるのよ!アンタが社長の納得する演技しないとここから出れないんだからね!」

「う゛ぇ?!」

「自己催眠をかけるのよ。こいつは不和尚じゃない不和尚じゃない不和尚じゃないって」

自分に、暗示をかける?
不和尚じゃないとしたら、誰?

せめてこの台本にもっと人物の名前とか設定がしっかり付いていれば、その人物像に恋する自分を作れたかもしれない。

だけど、渡された台本には、女1 男1 という人物設定と、男1を虜にする女1、サブタイトル通り、愛情を欲しがって恋に翻弄される二人の会話が主になっている。

恋人役…そんなの思いつかないけど、でも…

 

「おい…キョーコ」

耳障りな声に、パチン、と集中が途切れる。キョーコはぎりっと尚を睨みつけた。

「勝手に呼ばないでくれる?!暗示が解けちゃうじゃない!」

「つーか…俺も演技しろってのかよ。コレ、男の台詞あんだろ?」

台本をばさばさと捲りながら、「うわ、趣味わりー」「げ、信じらんね」と呟く尚をキョーコは冷たく見やった。


「いくら俳優じゃないって言ったって、素人とちがうんだもの。不破尚よ?そのくらいできるわよねぇ?」

「んなわけあるか!演技に関しちゃ俺は素人同然だっつってんだろうが!無茶言うんじゃねー!」

バシンと台本をテーブルに放り投げる尚。

「へえ、そう…ならそこに、でくの棒みたいにつっ立ってるがいいわ、私があんたに演技させて見せるから…」

ふと気がついたようにキョーコはニヤリと笑う。

そうよね…この演技をやりがいあるものにするには…


「演技させることが出来たら…そのときは…今度こそあんた私に負けを認めるのよ…?」

「…ああ、いいぜ…やってみろよ、キョーコ。出来るもんならな」

ぐっとこぶしを握って、キョーコは薄ら笑いを浮かべる尚をぎりりと睨み上げた。

 

敦賀さんみたいに、私の力で、相手に演技させてみせる。

見てなさい、ショータロー…!


今度こそ、絶対吼え面かかせてやる…!!

 

 

 

 

 

「ふーん…なかなか仲がいいみたいじゃないか。週刊誌ですっぱ抜かれるだけあるなぁ?ホントに付き合ってないのかこの二人は。夫婦漫才みたいで息もぴったりなのに。何が悪いって言うんだろうな?」

「……知りませんよ」

「知りたくは無いのか?」

「別に…俺には関係ないですから…」

「ふーん…お前…いつからあの子を好きになった?」

「………っっっ?!」

唐突な質問に、蓮は息を呑む。動揺を押し隠すため、すっと横を向く。

「今更心中隠そうったってそうはいかねーぞ?キョーコは唯一お前にだらしねぇ溶け顔をさせる女だ。おまえにしちゃ難関だとは思ったが…手に入れがたいほど燃えるっていうしな。だがあれから進展するような事はないんだろ?」

「…そんなことは…話す必要性はないでしょう。別に仕事に支障が出てるわけじゃないですし、演技にだってなにも問題はないはずです」

そつなくかわそうとした蓮だったが、宝田のひと際大きな声にあっさりと打ち消された。

「演技だぁ?だから駄目だっていうんだお前は」

「…何がですか」

「まったくお前の腑抜けっぷりは見てらんねぇなぁ…ひどいもんだ」

「……っ?!」

腑抜け…確かに彼女に翻弄されっぱなしで、それはそうかもしれないが、そこまでこき下ろされる程ではないはず…それとも自分で思っているよりも外から見れば重症なのだろうか?

「お前もキョーコに負けず劣らずな愛の失格者だもんなあ?演技だって?確かに最近そこそこできるようになったのは認めてやる、けどな、根本的なもんが足りねぇ…愛を演じるのは相変わらず偽物くせぇんだよ」

偽物と言われるのは、蓮にとって心外だった。

彼女への感情をそのまま演技に使った。
あの気持ちは、偽物ではなかったし、愛情の限りをそこに出し切ったと思っていた。


「お前には、相手と愛され愛し合った経験が無い…だから嘘くささが抜けきんねーんだよ、時々見え隠れしてるぞ」

「……?」

「相手への一方的な自己顕示欲が、な」

「…………」

 


モニターに眼を向ける。


役に入り込むことが出来たのだろう、そこには熱のこもった瞳で不破に寄りそうキョーコの姿が映っている。

―――馬鹿だな…そんな目で見られたら、男なら誰だって惑わされるだろうに…


やがて蓮の危惧するとおり、ぎこちなく動いた不破の手がキョーコの背中に回され、そのまま一気に引き寄せた。


キョーコの細身の体が、不破の胸の中にすっぽりと納まる。

 

演技できるはずもない男が、役に成り切るその姿。

彼女の演技に惹きこまれ、一度もやったことのない恋人役を演じている…。


―――演技?

本当にあれが演技なのか?あの不破の表情が、演技だとどうして言える?

PVの時も、そうだった。不破は…彼女の演技に慣れていないのか無防備に感情を露にした。

キョーコにしても、結局演技を復讐に利用しているのだ。今の彼女にとって演技は何より神聖なものだろうに、それを不破の為に全力で発揮しているのが、ひどく苛立たしかった。

それは、あの男への想いの強さのような気がしてならない。


「社長…もう、充分でしょう…彼女の演技力はもう分ったんじゃないですか」

じりじりとした焦燥感。体中の血が湧き上がる。今すぐにも止めに行きたい。

「お前が話をしたら、彼女のテストを終わらせてやってもいいぜ?」

画面を見つめていた視線を宝田に向ける。強い苛立ちを押えながら蓮は彼を睨む。

「何故ですか…俺にはなんの関係も」

「無いと思うか?」

「…………」

「なあ、蓮。分かるだろう?理屈じゃねぇんだよ、誰かを好きになるって事は。過去の傷は早いとこ癒しちまえ。ほっといたらもっと取り返しのつかない歪みが生じてくるぜ?必ずな」

「だけど…あの子は…俺を見ようとはしないでしょう」

「あん?」

「手出しすれば、きっと不破につけられた古傷に触れられたくなくて相手を自分の心から遮断する……あの子は、恋愛したがってはいないんですから。無理にこちらを向かせようとすれば、一生俺を避けて過ごすに違いない」

言いながらもキリリと胸が締め付けられる。
容易にそんな彼女を想像できる自分が嫌になる。

宝田はそんな蓮の表情に、くっと片方の口角を上げた。

「そうだろうなぁ…よく分かってんじゃねえか」

「まったく…あなたは…俺の傷を抉る為にここに呼んだんですか」

「なわけあるか、阿呆。だいたい傷なんかついてねーだろ、まだ何もやってないうちから情けないこと言ってんじゃねえ」

「………」

「ケアしてやれよ、蓮。お前がキョーコを癒す気にならなけりゃ誰があの子を救ってやれるっていうんだ、あんな荒みきった心の持ち主、放っておいたらきっと一生あのままだぞ」

「…それが出来れば、こんなに悩んだりしませんよ」

「まあ、ラブミー部員相手にするんだ、それなりの覚悟はいるな」

「…満身創痍になる覚悟ですか?」

「おまえ……余裕ねぇなあ…俺の言う覚悟ってのは相手を自分のペースに引き入れるのに苦心するだろうってことだ。ぼろぼろになる気満々かよ…そんなじゃ不破に負けるぞ」

呆れ顔の宝田。蓮は自嘲するように頬を歪めた。

余裕なんて、自分の感情に気がついたときからこれっぽっちも無かった。

彼女の言動のひとつひとつに気持ちを上げ下げさせられてきた。
胸の内をさらけ出せない苦しさ。それ以上に踏み込めない理由がある。
自分には、人を愛する資格などないのだから。

「過去を引きずっても苦しいだけだ。それはお前にも彼女にも言えることだろ」

「…………」

「いいのか、蓮?」

宝田がモニターを顎先でしゃくって示す。

「あの子が、不破のものになっちまっても」

 

いい訳が、ない。


「…俺は…」


理屈ではなかった。
宝田が、鍵を差し出す。


「何もややこしくする必要はないんだよ、蓮」

 


大切な人は作れないはずだった。

…作る気など、自分には無かったのだ―――…。

 


 

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