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「社長…アレはいったいどおーゆうことだったんでしょうか」
怨念と執念を背に負い、キョーコは宝田のもとへ直談判にきていた。勿論、文句のもとはラブミー部最後と言われたあの仕事の件である。
「私だけラブミー部を卒業できないなんて…モー子さんと離れ離れなんて…」
「うん?そうだなぁ…」
「何がいけなかったかなんて分かってるんです」
「ほお?」
「私に演技力がなかったんですよね、クリアできなかったってことは」
「ああ、まあ、そういうことになるかな」
「で、でもあれが不破尚じゃなかったらちゃんとやれてたかもしれないんです」
「ふ…ん、そうだろな」
「なんで…あいつなんかを私の相手役にさせたんですか?!」
「うーん?ちょっとした、趣向かな?」
「………」
なんでそんな煮え切らない態度?!社長らしくもない。
キョーコは膨れっ面で、宝田の涼しげな素振りをじっとりと睨んだ。
「社長…もしかして、まだ何か企んでます?!ラブミー部に私だけ在籍させておいて、陰険にネチネチといぢめようとか…」
「そんなことするわけないだろう…お前…発想暗すぎるぞ」
「どうせ…愛のないラブミー部員ですから」
「まあ、そう卑屈になるなよ。もう少しだけの辛抱だ」
「もう少しって…その根拠は何処にあるんです?」
宝田はキョーコをちらりと流し見た。ぎすぎすとした荒んだ表情。
「はあああああ。。。」
溜息をつきたくもなる。
…やっぱり長期戦みてえだな?蓮…?
「…蓮から何も聞いてないのか?」
「聞いてません!なにをですか!」
「そうか?なら俺も何も言えないな」
「な…?なんなんですかそれ…」
「まあ、いいだろ、それが今お前にやれるヒントだ」
…敦賀さんが何かを知ってる?
そういえば、そんな様なことを確かに言っていたような…。
「ラブミー部を卒業したかったらあまり深読みしない方がいいぞ?」
別に…ラブミー部を卒業したいから訴えに来たわけじゃない…。
何か釈然としない気持ちを抱えながらキョーコは社長室を出た。
敦賀さんとは、あれから毎日のようにお互い時間を作りあっては、二人で居られる場所を探して演技指導をしてもらっている。
忙しいスケジュールの中なので、それは数分間だったり、数十分間だったりしけれども、メールや電話を駆使して彼は毎日必ず私に付き合ってくれた。
そうして一週間と半ばが過ぎた頃。
「二日日ぶりだね、最上さん」
蓮がロケで地方へ行っている間はさすがに会うことは出来なかった。キョーコはほっとして頬を緩めた。
…私…たった二日なのになんだかとても長く感じてた…。
「敦賀さん…私…」
「ん?」
「敦賀さんとの練習が無い日はすごく不安で。自分が本当に女優としてやっていけるのか心配でたまらなくなるんです…」
「………へえ…女優として心配、ね」
「早くどんな演技もできるようになりたい…敦賀さんにもご迷惑がかかってしまいますし…」
「いや…あせらなくてもいいんじゃないか、その分、俺は君と一緒に居られて嬉しいしね」
「またそんなセリフ…心にもないこと言ってますね?」
「ふ、本心なんだけどな。信じてくれないの?」
「はいはい、分りました。私敦賀さんのそういう冗談はもう慣れましたから」
「へえ?そう。じゃあ…試してみる?」
「…っ?」
「今日こそは最後まで演技できると思っていいのかな…」
「な…」
キョーコの髪に両手を差し入れ、屈み込む様に身を寄せて、その額にそっと唇を落とす。
「……俺も、会えなくて、不安だった…」
キョーコは蓮の顔を見上げて瞠目したまま、ピクリともしない。その頬に凍りつくのは明らかな怯え。
こんな状態の彼女にいったい何ができるというんだろうか…
「…なんだ、やっぱりダメダメじゃないか最上さん」
視線を弛めて甘い感情を追い払うと、途端に彼女の瞳に安堵が拡がるのが見られ、それがちりちりと苛立ちをくすぶらせて胸を焦がす。
「ふふふ雰囲気出しすぎなんですよ、もう少し初心者向けの指導をしてくれませんか…っ」
だいたい…敦賀さん…迫りパターンのバリエーション有り過ぎよ…「坊」の姿の私にはあんな恋愛初心者みたいな顔見せてたくせに…演技とはいえ、やっぱり…あんなこと言ってても、女の人の扱いには百戦錬磨なのかも…
……私には、演技じゃなきゃ絶対こんな事やらないんでしょうけど…。
「そう言われてもね。俺はこれでも充分抑えてるつもりなんだけど?」
しれっとしてそう言う蓮に、キョーコは悔しい、と思う。
ラブシーンの無い役なんていくらでもある。
仕事を選り好みして、そういう役を断ることもできるだろう。
だけど、自分はどんな演技もできる役者になりたい。
敦賀蓮という俳優のように、どんなアクシデントがあっても優々と演じきることができる女優になりたい。
「演じることができなかった」屈辱が、忘れられない。
それを達成しないと気が済まない。目の前に大きなハードルがあるほど、その思いは強くなった。
自分にはもう、これしかないから。
満足のできる仕事をしていきたいから。
「…でもやっぱり、私…頭の中パニックになってしまって演技する余裕なんてないです」
「うーん、困ったね?」
「はい…敦賀さんで免疫つけとけば、他の俳優さんとでも問題なくできると思うんですけど」
…キュラリ…光の気配にキョーコは押し黙る。
「最上さん…なんかそれって、演技指導受けたあとは俺は用無しみたいなニュアンスを感じるんだけど?」
「つつつつ敦賀さんは抱かれたい男№1の俳優さんですからっ最上級の方にご指導いただけば怖いものなしかとっそういう意味で…っ」
「ふうん?」
まあ俺に対しての彼女の認識なんてそんなものだろう…
それでも、迫られて慌てる彼女の様子を見るのはひどく心が騒いで征服感を僅かに満足させた。同時に彼女に本心を告げられないもどかしさをほんの少し解消させる事も出来た。
自分を男だと、彼女が意識しているのをはっきりと感じるから。
だが恋愛恐怖症の壁は高く、少し接近しただけで硬直してしまうという初歩的な事をもう幾度も繰り返していた。なかなか慣れないキョーコにやや焦れてきたのもあって、蓮は何か方法を考えなければと思案する。
ここで無理をすれば、彼女にとって逆効果になるのは分かってる…。
何より自分の自制心に自信がないからあまり踏み込めない。
一つ箍が外れれば、済し崩し的に彼女のすべてを奪いとってしまいそうだ。
かといって、このままでは何の進展も見られないだろう。
………ふと、脳裏に恋愛とは何たるかを屑々と語るニワトリの顔が浮かび上がった。
そうだ…彼なら…彼女に恋愛を諭す事が出来るかもしれない…
俺に説いたように、ちょっと強引そうではあるけれど、前もって事情を話しておけばそうまずい事は言わないだろう。
しかも、あの容姿。ニワトリ相手だったら彼女の頑なな部分も和らぐかもしれない。
まあ、下手をすれば、どん引きされる可能性も無きにしも有らずだけど。
「ねえ最上さん?実は、君に会わせたい人がいるんだ」
「え?私に会わせたい人、ですか?」
「うん、人というか…あれは…」
「?」
「まあ、会ったときのお楽しみってことにして。約束、取り付けておいていい?」
敦賀さんが、私に会わせたい人って、どんな人なんだろう。
あまり他人と打ち解けることがない彼の知り合いというだけで、無性に興味がわいた。
その日キョーコは「きまぐれロック」の仕事があった。
今日、坊として敦賀さんに会ったら、さりげなく聞いてみようかな…
「君の交友関係って最近どうなの?」とかいう感じで探りを入れてみよう。
わくわくとしながら、キョーコは「坊」になるためにTV局へと向かったのだった。
そうしてキョーコが探りを入れる前に。
坊の姿のキョーコに蓮から意外な話を持ち出される事になる。
「え、き、君の好きな人に?ボクが?」
「そう、今度連れてくるから会って欲しいんだ」
「ど、どうしてボクに?」
「彼女…このところ行き詰ってて…君なら何かいいアドバイスくれるんじゃないかと思うんだ」
…敦賀さんに、好きな人がいるのは聞いてたけど…実際に会う事になるなんて考えても見なかった…。
ぎゅうっ、と胸の底が押し縮むような感じがして、キョーコは苦しげに呼吸をのみこんだ。
「君?どうした?もしかしてどこか具合でも…」
「あ、いや、なんでもないよ!君の好きな人か…ぜひ会って見たいなあ…」
「うん、かわいい子だよ」
「…………へえ」
「俺が都内の仕事じゃないときは無理だけどね。時間を見つけては会ってる」
「な、なんだよ、ラブラブなんじゃないか…そんなに、頻繁に会ってるんだ、君達…」
「彼女の相談に乗るだけだよ。相談できない日は不安だなんて言われると、つい期待してしまうけどね…残念ながら俺に対して恋愛感情なんてまったくないみたいだ」
「なに言ってるんだ君は。それは君が恋愛に対して鈍いからだろ、君に惚れない女の子なんていないよ」
「そうだといいけどね」
「そうだよ!会えないと不安だなんて、かなり脈があるのかもしれないよ!もう一押しだよ、敦賀君!」
「そう急には無理だと思う…ちょっと一筋縄ではいかない子だから」
「…悪女なの?」
「恐ろしくそういう言葉が合わない子だよ」
「ふうん。そうなんだ。じゃ、純情可憐な子?」
「そう…でもないかな、でも潔癖な性格で決めた事は貫き通す芯のしっかりした子だよ、それだけに融通が利かないんだろうな、何でも完璧にやろうとしてしまって自分を追い込めるタイプだ」
胸が、痛かった。敦賀さんがそのひとのヒトの事を話すたび、息がどんどん苦しくなっていく。
「そっか。いいよ、それじゃあ来週のこの時間に、ここに連れて来てくれるかい?話だけでも聞いてあげられるかもしれないし」
「うん、君ならそう言ってくれると思ってたんだ。あ、くれぐれも、俺が彼女を想っている事はまだ言わないようにしてくれないか?まだ、そのタイミングじゃないと思うから…じゃあ来週ここに連れてくるから…頼んだよ?」
にこやかに手を振る彼に、キョーコは重苦しい気持ちで翼を振りかえした。
「……わかった…待って、いるね」
6
敦賀さんの、好きな人…
「ちょっと!これコピー全部真っ白よー!裏返しじゃないのー!」
「あっ、う、うわ…す、すみません。考え事してて、ついっ」
「どうしたのよ?最近ぼーっとしてること多いんじゃない?あーもしかして不破君と何かあったとかー?」
事務所の人達は、いまだに不破尚との噂話を持ち出してくる。キョーコは力なく笑った。
「ははは…何も、ありませんよ…」
「最上さん、ちょっといい?」
「ひゃあああっ?」
ばさばさばさ、と真っ白コピー紙がゆるんだ手の中から足元へなだれ落ちる。
キョーコはしゃがみこんでそれを拾いつつ、ため息をついて彼を見上げた。
「そうやって急に耳元で声かけないでくださいよ、もう…驚くじゃないですか…」
「これも演技指導のうちだよ、最上さん。いい加減慣れたら?」
床にちらばった紙を拾いあげ、キョーコへと渡しながら微笑む蓮。
「…わざとなんですね…まったく…。でも、どうしたんですか、こんな時間に敦賀さんが事務所にくるなんてめずらしいですね」
「うん…じつは、この間会って欲しい人がいるって言っただろう?明日の夜、ちょっと時間空けてもらえるかな?」
「明日の…夜…」
明日の夜は「きまぐれロック」の収録日で、坊の仕事がある。
「すみません…明日はちょっと仕事がはいってて、どうしても都合がつかなくて…」
「そうか…明日の仕事はどこでやるの?」
「うっ……そ、それは…」
「彼、その曜日しか都合がつかないようだから…見たことあるかな、『きまぐれロック』っていう番組のキャラクター。君に会わせたいたいのってその人なんだ」
ああ…ほんの少し、踏み込めば気がついていたかもしれない……
「あ、人というよりは鳥だな。ニワトリの姿のときしか会った事がないんだけど、時々いろいろと相談に乗ってもらってたんだ。可笑しいだろ、着ぐるみのままいつも話すんだよ」
だけど、それは、あまりにも、ありえなくて…
気が付かないようにしていただけ…
『君に、会わせたい人がいるんだ』
敦賀さんの好きな人。
『うん、人というか…あれは…』
いいえ…まだ…
まだ、そうと決ったわけじゃ…
『彼女…このところ行き詰ってて…君なら何かいいアドバイスくれるんじゃないかと思うんだ』
「最上さん?」
蓮に顔を覗き込まれ、キョーコは思わず後ずさる。
そうして、認めようとしない自分の心に気が付く。
だって、そんなはずない。
私は、人を愛せないし、愛されるはずなんてないから。
「と、とにかく…無理だと思います。明日の仕事、都内じゃないから…」
するりと嘘が出る。まるで自分の口からじゃないみたいに。
「そう、か。残念だけどしょうがないよね。じゃあ、また来週以降にでも予定が合えば会える?」
「………はい」
予定が合う日なんて、決して来ないはずだ。
だって、あれは、私だもの。
動揺を蓮に感づかれないよう、キョーコは強く唇を引き結んだ。
明日の夜が、とても憂鬱でならなかった。
「そう、彼女、仕事があったんだ…それは、仕方ないね」
「うん、でもいつかきっと会わせたいと思ってる。だからまた誘ってみるよ」
「君にしては随分、積極的だね…ねえ、敦賀君…君は、本当にその子のことが好きなの?」
「………ああ…そうだよ?」
「思い違い、なんてことあるんじゃないか?」
「何を言うんだ…君が言ったんだろ、それは恋だって。思いっきり断言してたじゃないか」
「…ボクは、思い違いをしてたみたいだ…」
「え?」
「君、それ、恋なんかじゃないよ」
「いや、俺は…彼女の事が好きだよ。君に否定されたって、それだけははっきり分かる。気が付くと、いつもあの子のことを考えて、あの子の前ではほんの些細な事で一喜一憂してる自分がいるんだ…恋することが、こんなに大変だって思いもしなかった」
「…っ…彼女は、たぶん、君なんか好きじゃないよ。君みたいな意地が悪くてエセ紳士笑顔で平気で人を騙すようなやつなんか!」
「お、おいおい、言いたい放題だな…なんだよ、突然」
「そんな…そんな、男を、その子が好きになんかなるわけないだろ!!」
はあ…はあ…と呼吸が乱れる。自分の意思に反して感情が昂ぶり、乱雑な言葉が飛び出してくるのを抑えられない。
「…どうしたんだ?なにか、今日の君はへんだな…何か、あったのか?」
悪口をさんざん目の前で言われたのに、気にも止めず相手を気遣う。心配げなその声が、キョーコのひりついた心の中に染み込んでくる。分かってる。彼は、こういう人なんだ。
「大丈夫?よければ話してごらん、楽になるから」
「……っ…」
気遣いなんて、して欲しくない。
「っ…ふ、ふぇっ……」
優しい声なんて、いらないのに。
「…もしかして、泣いているの?」
「…な、泣いてなんかない!」
「泣いてるだろ?」
蓮が鳥の頭の部分に手をかける。持ち上げて外す気なのだろう。
それだけは、させるわけにいかなかった。
キョーコは頭を引き抜こうとする彼の手をはらいのけて立ち上がった。
「ほ、ほっといて、くれ…よっ」
「あっ…君?!」
ぷきゅきゅきゅきゅきゅきゅ…
ニワトリの足音が廊下の向こうへと遠のいていく。
泣いている訳も、ひき止める間も無く走り出したその訳も解からず、ただ困惑する蓮だけがそこに残されたのだった。
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