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どさりと、事務所の机に積まれた文庫本を前にして、キョーコは何事かと首を傾げた。
ダンボール箱の中から机の上へと、椹の手によって次々と出現する同じ題名の本達。
その巻数を目で追い、最後の一冊まで出てくるのを見届けたキョーコは、率直な感嘆の声をあげた。
「すごいですね、40巻もあるんですか、その小説…椹さんの持ち物ですか?」
「そう。10年以上続いてる連続小説だよ。読んだ事はある?」
「いえ…ないです。すごく有名な小説だっていうのは知ってるんですけど…」
ドラマや映画、アニメ、果ては舞台にまでなった事があるくらい、知名度も人気も高い物語である事はマスメディアに疎いキョーコですらも知っていた。
が、そんなにまでも長く続いている原作だとは知らなかった。
これだけ巻を重ねていれば、相当な読み応えに違いない。
「うん、まだ完結している作品じゃないんだけどさぁ、読んだ事ないなら貸そうか?」
「え…」
「うんうん、ちょっと長いけど絶対ハマると思うんだよ、これ!」
にこにこと嬉しそうに勧められて、キョーコは困惑した。
40巻もあってしかもまだ完結してないなんて…長いどころの話じゃないんじゃないかしら…
っていうか…貸してもらっても読み終えられなそうな気がひしひしと…
「あの…?なんでまた、それを私に…?」
「んーー、実はさあ、ドラマ化の気配があるんだよね。もう何度目かの」
「え、またやるんですか?」
「うん、ドラマは3度目になるかな、今回が」
「はあ…っえ、あっ!?じゃ、じゃあ、あの、もしかして…」
「そーう!主役の女の子の役の打診が来てるんだよ、君に」
「っ…え、ええええ!!!主役っ?!ホントですか?!」
「まだ本決まりじゃないんだけど、この原作の世界をよく知っておいて損はないと思うんだ、あ、そうそう、前回ドラマになったときの台本も一緒に入れておくから」
マイコレクションだから大事に扱ってくれよ?と言いながら、それらを厚手の手提げ袋へせっせと収納している。持たせて帰るつもりなのだろうか、相当重たそうだ。
自転車で来たキョーコは、どうやって持ち帰ろうかと迷いながらそれを受け取った。
「あ、ありがとう、ございます…」
思ったとおりの重みがずっしりとキョーコの手に掛かる。
あ、でもこれくらいなら、なんとか自転車で乗せて帰れそう。歩きで帰らなきゃいけないかと思ったけど、それだと時間かかるものね。
今日は絶対、早く帰りたいもの…
「まあ、脚本家も違うし、まったく違う話にならないとも限らないけど。根強いファンも多いせいかわりといつも原作に忠実に作られるんだよ。原作のイメージを優先して演じた方がいいだろうから、ドラマは見てないならあえて見ないほうがいいかもしれないな」
そうして、それからは原作について熱弁を奮い始める椹。
作品への愛や考察をいくら語られても、読んでいないのだからよく分からず、キョーコは、はあ、へえ、と相槌を打つだけだ。
ヒートアップする話題についていけず、ぽけっとしているキョーコをじれったがって、椹はあーーっと声を荒げた。
「素晴らしい作品だってのに、何故そんな反応薄いかなぁ。凄い事だぞっこれの主役なんて!」
「根強いファン」にもれなく数えられるだろう彼に、キョーコは苦笑いを返すしかなかった。
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