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菫色の恋 2 オトマリ会


荷物の重みを物ともせず、浮かれ顔で自転車とばして帰り着いて。だるまやに戻ったキョーコは上機嫌だった。
何日も前から心待ちにしていた、約束の夜が訪れたのだ。


「モー子さあん、いらっしゃあい」

店を訪れた奏江がどん引きするほどに、浮かれきっている。

「ご飯にする?それともお風呂?」

キョーコのはしゃぎ様にくすくすと笑みをこぼして、女将がからかうように言う。

「キョーコちゃん、そりゃ新婚の旦那さんに言うセリフだよ、まったく、そわそわしちゃってどんな彼氏が来るのかと思っていたらこんなべっぴんさんだったとはねぇ」

 

 

 


自分の部屋に二組の布団を並べて敷くと、満面の笑顔でぽんぽんと隣の枕を叩いて言った。

「さっ、モー子さんっ。今夜は親友トークで語り明かしましょう?」

「それはいいけど…ちょっと…ねえ、あれってナニ?」

奏江の不審げな視線の先には、布団を敷くために部屋の隅に追いやられている、キョーコが借りてきたばかりの本の山がある。
その本の背表紙は紫色、表紙には花が飛び散るロマンティックな装丁が、奏江の乙女チック拒絶琴線に触れたらしい。

「あ、うん。借りたの。ぜんぜん読んだことないんだけど…有名なんだよね?モー子さんは、読んだ事ある?」

「ああこれ…昔、何冊か借りて読んだ事があるけど…恋愛が絡んでくるとダメ、イライラしちゃって読んでられなくて途中で挫折したわ」

「え、この小説って、恋愛小説だったの?!」

「それがメインではないんでしょうけど…どうだったかしらね、夢に突き進む主人公の熱血物語だった気がするけど」

「ふーん?」

それぞれ手に取り、ぱらぱらと、目を通すだけのつもりが、いつの間にか二人とも活字の流れに目を奪われてしまった。
話に引き込まれ、じっとりと読み出してしまい、お互い無言になる。
そこから、時間も忘れて積み上げられた小説の山を競うように読破していく…

そうして夜が深まるまで、二人で黙々と読んでいたが、突然、奏江が耐えかねたというように、読み終えた一冊をバシーン!と手荒に閉じた。

「あーーーー!もーーーー!まどろっこしいわね…!この男!腹立ってきて読んでらんない!」

奏江はイライラとした顔で、次の巻に手をのばす。

「モ、モー子さん…そう言いつつも、読むのすっごくハイペースよ…?」

じっくり感情移入しながら読み進めるキョーコと違い、奏江は話の筋を掴んで登場人物考察をしつつあっという間にページを捲っていく。

「アンタ、よくそんなしっかり読んでいられるわね…っやめてくれない?そのキラキラした瞳」

「だってっ、今、すっごくトキメキの展開なんだものっ」

「ああ、それ…それが最たる苛立ちの大元なのよ…っ!」

読むのを中断して、ヒロインを影から想うヒーローについての談義が始まる。
ときめきか、苛立ちか。読み手によって全く違う感想をぶつけながらも、先が気になって途中で止められないくらい面白いという感想だけは一致したようで。

再び、読み始める。

 

「熱いわね」

バッサと8巻目を投げ出して、奏江はふーーと息をついて読後の余韻を払う。

「恋愛抜きにしても、ねぇ。寝ても冷めても役の事考えて…尋常じゃないわねこの主人公。ま、そういう感情、わからなくもないけど」

これを、この子が演じるとなると…

まあ面白いかもね、どんな風に演じるか想像もできないけど。
たぶんキョーコのことだから、なんだかんだ言ってもやるんでしょうし。
見てみたい気はするわね…


「主役、もらえるといいわね?」

「うん…この主人公の役、かあ…なんか、ピンとこないな…」

「出来るでしょ、アンタなら」

「…モー子さんと一緒なら嬉しいのに…モー子さんと共演できるなんて想像したらもうそれだけで天にも昇るような気持ちよ?」

「…ふーん、そうね?アンタが主役なら、私の役は、アンタのライバル役が妥当かしら。この敵役、第二のヒロインと言ってもいい感じだし」

「ライバル役…って、妬み、嫉み、憎まれる役?!モー子さんに?!」

「やりやすそうな役よね、相手がアンタだと思うと余計に」
「!!」

がーーん!とショックを受けるキョーコ。
が、すぐに立ち直り、奏江ににじり寄る。

「っそれでも、いい…!一緒に仕事できるならっ」

心を穿つ覚悟でそう言うと、キョーコは奏江の手をしっかと取った。

「モー子さん…!私のライバルになってぇ…!」

涙を飛ばしながら抱きつこうとするキョーコを制止して、奏江は呆れ声を出す。

「それ決めるのは私じゃないでしょ!もー!馬鹿言ってないでさっさと読んじゃいなさいよ?!まだ三分の一も進んでないじゃない!」

「はっ…!そういえば、どうして私達、この本読んでるの?!せっかくのモー子さんが泊りに来てくれてるのに、読書で終わるなんて嫌ぁ…!」

「何を今更言ってるのよ…」

「そもそも今日は読む気なかったのに…なんで読み出しちゃったんだろう…」

「そこが恐ろしい所よね、なんか得体の知れない魔力でもあるんじゃない?じゃ、もう眠いから寝るわ、睡眠不足は肌の大敵」

「え、ええええ!そんなぁ!モー子さんっ、まだ何にも話してないのにぃ」

「話ならさっきしたじゃない、ヘタレヒーローについて見解の相違を」

「ぐすっ…そんなのじゃなくってっ」

「充分でしょ、じゃ、寝るわよ?アンタも早く寝なさいよ?おやすみ」

あっさり言って布団をかぶると目を閉じてしまった。

それを見て、キョーコははくはくと口を開け閉めする。

さわらさんのばかーーーー!
あなた、こうなることを知ってて私に本を貸したんじゃないぃ?
恨むわ~さわらさああああん


……仕方ないからせめてモー子さんの 寝 顔 を堪能して――…

「早く寝なさいよ…私の眠りを妨げたら、どうなるか分かってるでしょうね…?」

「っう、おやすみなさい…モー子さん…」

しゅんとなって電気を消すと、キョーコも自分の布団に入り、読み疲れからかそれからすぐに眠りの底へと落ちていったのだった。

 

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