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菫色の恋 12 キオクノ証拠




「おはよう、蓮」

翌朝、自宅へ迎えに来た社が神妙な顔で蓮に尋ねる。

「昨日、社長から直々に電話でおまえのスケジュール聞かれてさ。なあ、何か…あったのか?キョーコちゃんが関わってる事だって聞いてるけど…」

「俺のところにも社長から電話は来たよ。それで昨日の夜、最上さんがここにきたんだ」

「ええ?!キョーコちゃん来たんだ?」

「すぐ帰ったけどね」

確かに、来たときなんだか様子がおかしかった。
――おかしいといえば…自分自身にも心当たりがある。

断片的に覚えている、奇妙な感覚。
それが何かと聞かれると…なんだか朧に霞んで言いようがない。

「大丈夫かな、キョーコちゃん…社長の話だと、相当怯えてたらしけど。昨日の様子はどうだった?」

怯えているようには…

「………」

いや、見えたか。

「そんなに話もしないで慌てて帰っていったから、詳しくは分からないな」

まあ…アレは別の意味でみたいだけど…


「ふうん…あれ?蓮、おまえ、こういうの読むんだ。へえええ、なんか意外だなぁ」

「え?」

玄関先に紙袋に入れておいたままだった何冊もの本に気づいて、社は一番上の一冊をとりだす。
社が手にしているその本の背表紙は紫色、表紙には花が飛び散るロマンティックな装丁…

「……ああ、それは」

誰かに、借りた…

――誰にだ…?

「それは、椹さんに、借りたんだ…」

そう、だ…借りたとき、最上さんもいたような――

「おい、蓮?どうした?」



「駄目だ…それを借りた経緯が、思い出せない…」









覚えていることと、覚えていないこと。
よく分からない、空白の時間。

一日中、すっきりしない感覚がキョーコに付き纏っていた。

――なんか、気持ち悪いな…こんなの…
はっきりさせたいのに、それをする手段がないなんて…すごく嫌だ…


「キョーコちゃん、悪いね、これ奥のお客さんに運んでくれる?」

「あ、はい!」

ぼんやりしていたのに気がついて、ぐっと気をひきしめる。
生ビールの乗ったトレイを持って奥の席へ向かう。

考えたって仕方ないなら、もう考えない!
今は、お店の仕事に集中しなきゃ…

「お待たせいたしました…」

「はイ」

「…っ!?ああああああー!!?」

ここで会ったが百年目、キョーコは今度こそその肩をがっしと引っ捕まえる。

「いタイ…」

「なんでここにいるんです?この間のアレはいったい?!助監督…!」

「んーここは撮影には使えなそうだネ」

ぐびぐびと、ビールをあおり、ぷはっと満足げに息をつく。
…どう見ても、見た目、未成年飲酒にしかみえない。

キョーコは、戦慄きながら、その肩を揺さぶる。

「あ、当たり前です!!なんなんです?!あなた、いったい!」

「ザンネンだなー、下宿先ってオイシイ感じなのにナー」

「ワケ分からないこと言ってないで、ちょっと!こっち来てもらえます?!」

「っわァ?!」

ここは、社長さんと、直接話をしてもらおう…!
そして身元も何もかも洗いざらい吐かせて――

キョーコは彼の腕を引いてお店を抜けると、急いで自分の部屋に携帯を取りに向かう、が…

「…あっ?!」

なんで?!ま、またいない――!!

驚くことに、つかんでいたシャツだけが手に残っている…

に、忍者?!あの人、忍者なの?!

どれだけミステリアス――?!

「キョーコちゃーん?どこ行っちゃったんだい?」

「あっ、はい、すみませーん!ただ今戻ります!」

あとには敵を逃した悔しさとお店の忙しさだけが残った。









「で、これが、そいつのシャツだって?」

「……はい」

「ふーん、ちいせぇなぁ…子供サイズかよ」

「かなり小柄な方で、恐ろしくすばしっこいんです…」

「小柄ですばしっこい…なーんか、都市伝説みたいになってきたなぁ。おまえ…本当に大丈夫か?」

「し、信じてください!嘘みたいですけど、嘘じゃないんです!」

朝一番で宝田に連絡を取りつけ、その日の夕方、キョーコは昨夜の助監督シャツを持ってきたのだった。
現物を見せれば真実味が増すと思ったのに、どうしてか珍しい生き物の捕り物に失敗した話になってしまっている。

「嘘とは言わねぇが…蓮のやつも今日妙なこと言ってきたんだよなぁ」

「え?敦賀さんが?」

「椹に本を借りていたらしいんだ。君が言うドラマの、原作となる本をな。それと、前にドラマ化したときの台本」

あっ、とキョーコは目を輝かせた。

「そう!そうですよ!私が先に借りて読み終わったぶんだけ返したんです、それを椹さんが敦賀さんに貸すって言ってました。でも、敦賀さんは原作は読まないようにしようかなって言ってましたけど…」

――やっぱり、椹さんがあの熱意で貸し付けたのかしらね…

「それを、どうして借りたのか、思い出せないっていうんだよ」

「え、敦賀さんがですか?」

「ああ、逆に椹にも、貸した覚えがなかったらしい。やっぱりこれは…」

ごくり、と息をのんで、キョーコは宝田の言葉を待つ。

「どいつもこいつも、集団ボケか?」

「っ?!!なんでそんな結論?!ここまで滔々としてきた私の話はすべて一蹴ですか?!」

「だあって、わかんねーんだもん」

「だもんって…そんなこと言わないで下さいよ、社長さんだけが頼りなんですから!」

「とにかく…その神出鬼没男を捕まえんことには解決しねぇだろ?」

「それは、そうですけど…」

「何かあったらすぐに報告してくれよ?何で糸口が掴めるか知れねぇからな」

「………はい」


ああ…結局今日も、原因の究明できなかった――

でも、椹さんの本は動かぬ証拠よね。まだ半分は私が借りたままだし…進歩が無かったわけじゃない。

あとは…敦賀さんが全部思い出してくれれば――


キョーコにとって、それが安心できる最短の方法に思えた。



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