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階数が上がっていく短い時間が、キョーコには長く感じる。
お互い何を言うわけでもなく、黙ったままだ。
隣に立つ勇気も無く、蓮の斜め後ろで、キョーコは不安に目を伏せて繋いだ手を見つめる。
エレベーター内という狭い空間が二人の距離感を必要以上に近くにし、余計に切迫した気分にさせていた。
っ…どうしよう…
話しかけずらい…な…
横顔からじゃ、表情もよくわからないし…
――でも、弁解したほうが、いいのかな…
やがてエレベータが着き、扉が開く。二人きりでいる息苦しさから少しでも開放されると、救われる思いのキョーコだったが…蓮は、動こうとしない。
「あの…降りないんですか?」
「………」
「――敦賀さん?」
呼びかけても、まったく反応が無い。
しっかりと繋がれたままの手を控えめにくいと引くと、蓮は、つとキョーコの顔を見た。
「あ、あの…?」
おどおどとするキョーコに向けて、おもむろに口を開く。
「……あれが、君の、婚約者なのか?」
「…………………………はっ?」
敦賀さん、今、何て言った…?
どう聞き間違えたのかしら…「婚約者」って聞こえたけど――
「あ…」
蓮の言葉に気をとられているうちに、エレベーターの扉が再び閉まる。
「あの、降りないと…」
キョーコがもう一度蓮を見上げると、視線が合う間もなく、ざっと素早く蓮の体が動いた。
それと同時に、繋いでいた手はエレベーターの壁に押し付けられてしまった。
「あ、あの、敦賀さん???」
会話の流れからはまったく結びつかない、あまりに真摯な目でキョーコを見つめている…訳がわからずキョーコがじっと見つめ返していると、その目が眇められ、次第に侮蔑の色が滲んでいった。
「君は…母親の為なら、好きでもない男とでも結婚できるのか…?」
「え…誰と、何ですか…?」
戸惑うキョーコを、蓮はエレベーターの壁に追い込むようにして腕で囲む。
――な、なに?!この状態って!
どうしちゃったの?!敦賀さん――?!
「…俺が、何も、知らないとでも思ってる?」
「!!」
低く響く囁きを、耳の奥に直にくらって、一気に顔に熱が滾る。
くわんくわんと眩暈に襲われながらも、キョーコは飛びかけた正気をハグッと引き止めた。
いきなり迫られる理由が、まったくもって分からない。
責めるような声と眼差しに激しく動揺して、頭の中は真っ白だった。
――っ…なんで、突然、こんな…?!
「つつつ、敦賀さん!ど、どうしちゃったんですっ?なんなんですか、これ――!」
とにかく囲いから出よう!と、うーんうーんともがくキョーコに、蓮はなおも迫る。
はふ、と音がしそうに柔らかく、蓮の唇がキョーコの耳たぶを挟んだ。
吐息と、軽く歯が当たる、感覚。
「――君が、秘密にしていることを…言ってやろうか…?」
ひ、
ひいいいいいいいいい……!!
何の演技?!これは、何の演技なの――?!
前にもこんなことがあった気が――!
「俺は…」
そのまま囁かれる言葉。心臓が破裂しそうに鳴り響いて、聞き取る余裕なんてない。ずるずると力なく膝が折れ体が沈んでいくのを追うようにして、蓮の唇もキョーコの耳元を離れないままだ。
「つ、敦賀さん…っ!…っ!」
切羽詰って、か細く甲高い声が出る。
悲鳴のようなその声が届いたのか、キョーコの手を拘束していた力が、ゆるゆると抜けていった。
「…………………あれ?」
むく、と身を起こして、蓮ははたと目を瞬かせた。
キョーコをのぞきこんで、首を傾げる。
「今…最上さんの耳を噛んでた?なんで…?」
「なっなんでかっ…しっ知りたいのは…っこ、こちらのほうなんですが…っ」
っ…正気に戻った…?!
「い、いきなり、人が変わったようになられまして…!」
こ、怖かった…!!怖かったああああああ…!
半泣きのキョーコに、蓮はどう謝ったものかと困惑顔で身を屈める。
「ごめん…嫌な思いをさせたみたいで…ああ、歯型がついてる…」
「……っ?!」
歯、歯型ー?!!
――わ、私の耳に、敦賀さんの、は、は、はが…?
「そんなに強く噛んだつもりはなかったんだけど」
「…………」
か ん だ つ も り は な か っ た、って。
「………ちょっと、待ってください?!」
っ!!!覚えてるんじゃない…!!
「敦賀さん?!アナタ…なんでとか言っておきながら、本当は覚えてるんじゃ…?」
もしや…全部理解してて、私をからかってるの――?!
「いいや、覚えてないよ」
肩をすくめる蓮に、キョーコは全力で詰め寄り非難の声を上げた。
「嘘です!覚えてない記憶にないで済むならお巡りさんはいらないんですから!しらばっくれるなんてできませんよ!?」
「噛んでたな、っていうのは覚えてるよ。でも、なんでそうなったのかは、覚えてない」
「そんな子供みたいな言い逃れが通用すると」
「……本当なんだ」
キョーコの耳たぶをそっと指先でさすりながら、蓮はその頬に自嘲の笑みを浮かべた。
「ごめん…この間から、ずっとそんな感じなんだ。俺は…どこかおかしくなっているみたいだ――」
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