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菫色の恋 17 花筐






千秋楽終演後、劇場のロビーは劇の余韻と華やいだ雰囲気に包まれていた。
話題を聞きつけた芸能関係者が詰め掛け、賛美の言葉とその返答を求められる。それを程々にかわしながら、周囲に視線をめぐらせた。

見ていただろうか?
ここに、きていたのだろうか…?

演じる役が体から抜けていった途端、それが気にかかってならなかった。


ひそひそと囁きあう声が耳に入り、足を止める。

 (ちょっと見てー、なんか、あの花地味じゃない?)
 (ほーんと!普通こういうときってもっと豪勢な花贈るわよねぇ、贈られた人も困るんじゃないのアレ)
 (味があっていいとも言うわよ?ほら、逆に目立ってる…)

何気なく、彼女たちの視線の先に目を向ける。

鮮やかな贈呈花達の端、慎ましやかに置かれた、菫の花籠。

――俄かに、胸の鼓動が速まる。

それを贈られるのは、おそらく自分以外にはいないだろう。
そして、贈る人物も決まっている。

「これ…いつ届きました?」

ちょうど別の花を運んできた業者の男性に声をかける。

「え?あれ?そんなの見覚えないんだけどな。さっきまでは無かったのに」



――きっと、ここに来ていたはずだ。それも、今、さっき間もないくらいに。

衝動的に足が動いた。

人と人の間をすり抜け、必死で贈り主を探す。

どう感じたのだろう。

どうして、いつも、感謝を伝えさせてはくれないのか――


はっ…と息をつく。

――わからない。

贈られる想いを測りようも無ければ、贈ってくれたその人の姿すらも、判らない。


馬鹿げてる。姿を見たこともないのに、どうやって探そうっていうんだ、俺は。

知られたくないからそっと置いていったんだろうに、それを見つけ出して何を追及しようというのか…

自分の慌てぶりが滑稽で、力が抜けていく。


――まったく…仕方が無いな…

いい加減、考える前に直動するのは止めるべきだろう――


そう思っている傍から、それを覆す騒ぎがすぐ脇で沸き起こった。

きゃあとか危ないとかいう複数の悲鳴があがり、そちらを見るのと同時に、思わず体が動く。

咄嗟に、倒れてくる花台と立ち竦んでいる女性の間に上半身をすべりこませていた。

「…っ!!」

自分と同じくらいの高さの支柱に背中を打たれて痛みを感じる。
痣の一つは出来ているかもしれない――けれども、自分よりはるかにか弱い女性の体にそれがつかずにすむのならたいしたことではないだろう。

花台を片腕でぐいと押し戻し、体の下で身を縮こませている彼女に手を差し伸べる。

「大丈夫?」

「あ…す、すみません…」

おず、と見上げた目に、見覚えがあった。

「君は…」

「あ、あの!以前は…大変失礼しました!覚えていらっしゃらないかもしれませんが…劇団の練習場の前でお会いしたことが…っ」

「ああ、やっぱり。前に、劇団に来ていた人だよね。今日も視察でここに?」

「いっ、いえ!そういうわけでは!」

ぶんぶんぶんぶんと必要以上に手を振って否定し、不自然なほどに視線をあちこちに彷徨わせる。

「私…っただ、個人的にお芝居を楽しみに来た、だけです…」

「…そう」

何故そんなにビクビクしているのだろう?

団員達が言っているほど、毒があるようには見えない。

だが、彼女の母親が、劇団が存続できないように圧力をかけ、先生の心労を煽ったのは間違いない。
快方に向かっているからいいものを、あのまま先生が戻らないような事態にでもなっていたら、彼女と平常心で話すことは出来なかっただろう。

手段を選ばない悪徳プロダクション女首領のことは叩きのめしたいほどに憎く思っている。
その子供もろとも、憎しみの対象になりえるだろう。

――けれども…

目の前で所在無く俯いている…まだ十代後半だろうか、女の子と呼んでもいいくらいの年齢の彼女は…

自分の意思を好きに持てず、母親の影に押し潰されそうになっている、気の毒な子供にしか、見えなかった――

















――っこんなところで会うなんて…

先生の事もあるし、きっと、私の事、良くは思っていないんだろうけど――

――それでも、私が、劇団を訪れたときの事、結構前になるのに覚えててくれた…

そんな些細な事が、どうしてこんなに嬉しいんだろう――…


「あ、あの…?」

っていうか、どうして、そんなにじっと私を見つめるの…?!

もしかして、花のこと…私が贈ってるの分かってるとか、ないわよね?
あの日から、もう何回贈ったかしれない…私だって分かっててドン引きしてるとか…

っまさか、軽井沢の屋敷に行ったの…私だって、バレてないわよね…?
顔を見られそうになって逃げた、あの後の記憶がどうしてかはっきりしないから、すごく不安…


差し出された手に引かれて立ち上がった私は、まだちゃんとお礼を言っていなかった事に気がついて慌てて彼に頭を下げた。

「あ、あの、ありがとうございます。かばって頂いて…お怪我はありませんか?」

「平気だよ、君こそ、どっか捻ったり痛めたりしてない?」

「……大丈夫です」

にこやかに相手の身を思いやる彼があまりにも神々しく見えて、唇をかみ締める。

――いい人、だな…

彼の演技が心に染み入るのは、彼の人柄のせいなんだろうか…
どうしようもなく魅せられて、まるでストーカーのように彼の出る舞台を追いかけずにいられない――

「っ…」

――今、伝えたいのに…舞台、すごく、素敵だったって…ファンなんですって…

「あ、の…」

何かを言いたげにしていると気付いたのか、彼はわずかに首を傾げる。
思い切って言ってしまおうかと口を開いたそのときだった。

「あ!ここにいたのね?みんな打ち上げ行くって言ってるよ?」

ぽんと彼の肩に誰かの手が触れる。

「ああ、分かった」

「じゃ、出口のとこで」

軽く頷きあってすれ違う。
歩くたびにストレートの長い髪が空気にふわりとなびく。顔立ちの整ったとても綺麗な人だ。

――あの人を、よく、知ってる。

彼女は、天女役の候補者の一人として、とても話題のある女優さんだ。

――だとすると、もしかして…

あの人の相手役を、彼が演じるようになるんだろうか…

天女に恋焦がれる、一人の男として――



ツキリと胸が痛む。

「っ…?」

「どうした?」

「あ、い、いえ。なんでも…今なんかちょっとこのへんに差し込みが…」

首を傾げ、胸のあたりを押さえる。

「え?どこか痛む?」

心配そうに近寄る彼に対して、思わず、じり、と後退する。

「いや、大丈夫なのでっもう全然なんともないですし」

「そう?無理してるんじゃないか?」

「あ…昨日気になることがあってなかなか寝付けなかったから、寝不足のせいかも…」

「ああ…なるほどね?なんだかいつも元気無さそうに見えるのはそのせいなのかな。睡眠はちゃんと摂らないと。そんなことじゃ、君のお母さんの足元にも及ばないよ?」

「…!!あ、あの、私…」

「君がうちの劇団にちょっかいをかけられるとは思えないけど…一応、釘は刺しておくよ?今後、一切、劇団には係わり合いにならないでくれるかな」

「っ…それは、母が…」

「俺はね、君に言ってるんだ」

押し付けるように睨まれて、心臓がきゅっと軋む。

――っ怖い…やっぱり、憎まれているんだろうな…

…――当然、だよね…私には、私の立場があるんだもの…それを自己弁護するようなこと、卑怯だって思われても仕方ないのに…

私はここにきてもまだ、彼にいい印象を持ってもらいたいなんて思ってる…なんて浅ましいんだろう――

私は理想を振い捨て、萎えた勇気に活を入れる。

「…母から言われたことに、私は逆らいたくありません。だから、私は母が私にこうあってほしいと願うなら…あなた達の劇団と無関係ではいられないと思います…」

「へえ?本当に…君にできるの?君の母親みたいに?それは見上げた心構えだね」

明らかな敵意を翻し、ニコリと笑う彼にカチンときて、私は声をあげて宣言する。

「っそうです!私は…どんなことしたって、母親に認めてもらうんだもの…!」

っ嘘くさい笑顔で馬鹿にしていられるのも今のうちだけなんだから…見てなさいよ――!?

虚勢を張るように食って掛かる私を、彼は嘲笑するかと思ったけれど、何故か哀しげに笑いかけただけだった。

それを不思議に思いながらも、それ以上何を話すことも出来ずに、私は身を翻して彼の前から走り去ったのだった。



 

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