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菫色の恋 18 忘レタイ表情





「なあ…祥子さん」

何を言い出すのか見越して、祥子は厳しい顔で首を横に振る。

「駄目。スケジュールの変更は出来ないわ」

さっきからずっと、尚がイライラそわそわしている事に祥子は気づいていた。

――気にしてないはずがないわよね…あんな風にキョーコちゃん連れて行かれちゃったら…

「…まだ何も言ってねぇだろ」

尚は、ぷいと横を向くなり、祥子と反対方向へ駆け出す。

「あっ?!ちょっと、尚!待ちなさい!!」

「すぐ戻る!」

「すぐってそんな…!もう次に向かわなきゃ間に合わないのよ?!」


なんで…

なんで、こんなに気になるんだ…?
別に、あいつがキョーコにつきまとうのなんて、今回に限った事じゃないのに。

キョーコに対して、あの男がどれだけあからさまな独占欲を見せようが、知ったことじゃない。

――キョーコのやつ、あいつになんの話があって――

っまさか…

想像しては、もやっと腹の中がむかつき、悶々として知らぬうちに走るスピードが上がる。
そのままスタジオのエントランスの角を曲がったところで、何かにぶつかった。

「ってぇ!」

「うわア!」

ぶつかった相手は子供のようで、その体格差から盛大に転げて床に尻餅をついている。

「…っ、大丈夫か?悪かったな、急いでたからよく見てなくて」

反射的に非を認め、尚は即座に手を差し伸べた。

「…うん、大丈夫だヨ」

引っ張り起こそうと、腕を掴んだ途端、脳裏に通電されたような衝撃と共にキョーコの顔がちらつく。


――あ……?何だ?これ――……

「ん、ごめんネ?」

転んだ相手は、自力ですっくと立ち上がって、驚きに目を見開いたままの尚に笑いかけた。

「は…?!」

その身長の低さのせいで相手を子供だと思っていたが…違う。
身に纏っているオーラというか空気が、子供のものとは異なっている。

――なんだ?こいつ……

訝しげに眺めるが、そんな事をしている場合じゃないと我に返る。

「っと、怪我、してねぇよな?じゃ、急いでるから…」

言い終わる前に、尚は相手の姿を見失ってしまった。
ほんの僅か視線を動かした間に、その姿が消えたようにいなくなってしまったのだった。

「尚ぉっ!捕まえた…!!」

「っ!」

がっしと腕を組まれて、ほんの少し体が傾ぐ。視界の端に何かが見えたような気がしたけれど、あまりにも一瞬過ぎてそれが何かも分からなかった。

「さ、行きましょっ」

走って追いかけてきたらしく、はあはあと息を切らしながら急き立てる祥子に、尚は不可解極まりない様子で尋ねた。

「…なぁ…祥子さん…今、そこにいた子供みたいな奴って」

「ええ、子供じゃないんだからわがまま言わずに仕事してくれないと困るわよ?!」

そのまま祥子はぐいぐいと尚の腕を引っ張っていく。

「っそうじゃねーよ!俺の前にいた子供の話だって!」

「尚ぉ?そんな事言って気をそらせようとしてもダメ!さあ急いで!」

祥子に引っ張られながらも入り口ホールの方に目をやると、覇気のない様子でとぼとぼ歩いているキョーコの姿を見つけた。

いた。

祥子の腕を緩やかに振り払って、キョーコの元へと歩み寄る。
正面から明らかに目が合ったのに、すい、とそらされてしまう。
いつものように嫌な顔をするでも、ぎょっとするでもなく、まるで、まったく知らない他人のような仕草で。

なんだ?また、シカトする気か?

「おい」

すれ違おうとするキョーコに声をかけると、ぱっと目を見開いて意外そうな顔で尚の方を見た。

「え…?あっ…」

その拍子に手に持っていたスケジュール帳を取り落としてしまい、慌てて屈んで拾おうとするのを、尚が同時に拾い上げる。

「あ、すみません…っ!」

指先が少し触れた途端に、さっと手を引っ込めて、頬を染めるキョーコ。
物凄い違和感に尚が眉をしかめてキョーコをじろじろと眺めていると、キョーコはその視線にどぎまぎとし始めた。

「っ…顔が近すぎで…あの、そんなに、見ないで下さい…」

「…っはあ?」

なんじゃそら。何、恥らったふりなんかしてんだ、気持ち悪ぃ…

いや、まてよ?…もしかして、こいつ…

「おまえ、それ…役が抜けてないとか、そういう状態か?」

「え?」

「おまえ…あいつのところでいったい何やってたんだ?まさか、演技指導とか言って、もしや…」

思わず自分のしていた妄想を口に出しそうになって、尚は口をつぐんだ。

「な、なんの話ですか?」

「っつーか、なんで、敬語なんだよ…」

「だ、だって、初対面ですし…」

「はっ?」

目をむく尚に、キョーコは身を縮める。

「ご、ごめんなさいっ、もしかして、どこかでお会いしたことがありましたか?」

「…………」

ははぁん…
じゃあ、ピュアぶったその演技をどこまで続けていられるか、試してやろうじゃねーか…

尚は身をかがめて、キョーコの目を覗き込んだ。

「っ」

尚の眼差しに羞恥もあらわにして視線をそらせるキョーコ…あきらかにいつものキョーコの反応とは違う。
いつもだったら、近寄るなとばかりに睨み付けたり、罵詈雑言を吐きながら素早く距離を作ったりするくせに。どういう設定の役に嵌っているのかしらないが、憎んでいるだろう男相手にまでそんな演技をする理由が分からない。分からないが…

尚は、フン、と鼻でせせわらう。

面白いじゃねーか。何のつもりかしらねーけど、すぐに化けの皮ひっぺがしてやる…

両手でキョーコの両頬を包み、上向かせると、試すようにじっと見つめた。

「初対面かどうか、よっく見てみろよ。そんなにすぐに忘れられる顔じゃないだろーが?」

キョーコの顔が、かああああ、と耳の先まで赤くなるのを見て、尚は目を瞠る。

「おまえ…?」
「なっ、何を…っ…?」

――なんでだ…?マジでか?

いや、こいつの演技力を、あなどるな…!
ここで動揺してたら、負ける気がする…!

「俺を、忘れたつもりかよ」

「っ??!」

「忘れるわけねぇよなぁ?嫌になるくらい側にいたんだからな」

「う、嘘…あなたみたいなかっこいい人、私の知り合いにはいないです…」

「は?かっこ、いい?俺が、か?」

まさか、この期に及んでキョーコの口から自分への賛辞の言葉が出てくるとは思っても見なかった。

「は、はい!まるで…物語の中から抜け出してきた王子様みたい…!」

キラキラした眼差し…コレは見覚えがある…ほんの数年前まで、キョーコが自分を見る時の表情はこんなふうに夢見る乙女顔をしていた…

「……なんでそんな演技を今する必要があるんだよ?」

「え、演技…?」

「何のつもりか知らねーけど…俺に不愉快な気分させるためなんだったら、かなり有効だな、ソレ。捨て身の演技か?」

「は、はあ…?」

訳がわからないという顔のキョーコ。

「おい…まだすっとぼけるのか…もういいっつーの」

「だ、だって、本当に、貴方と会うのはこれが初めてですし…もしかして、誰かと人違いでもされてるんじゃ…?」

小首を傾げて困惑顔のキョーコにイラッとしつつ、尚は頬をヒクつかせてぴしっとキョーコの鼻先に指を突きつけた。

「そうだな、もし初対面だとして、いまこの瞬間の出会いをおまえは何だと思うんだ?」

「え…っ…う、運命…とか?」

とっきゅん、とキョーコが心臓を鳴らした音が聞えたような気がした。

――な、なんだ?!

「こ、これって…あなたと出会うべくして出会ったって、そういう、事でしょうか…?」

「は?」

なんだ…なんなんだ、そのうるうる瞳は…!
まさか、こいつ、マジで――?

「お、い…大丈夫、か?」

頭でも打ったか?記憶障害でも起こしてんのか?
何にしても、おかしいだろ!!

「あ、はいっ、大丈夫です!すごく素敵で…ちょっとぼうっとしちゃって…っ本当に、存在自体が奇跡みたい…!」

――ぶはっ!!

なんだ、こいつ!?
本当に俺の事忘れてんのか?俺の事忘れている以外は、まんま昔のキョーコじゃねーか…

尚はニヤッと、よからぬ笑みを浮かべる。

「…そう、運命。今日ここで会えた事こそが奇跡に思えるよ…君の名前、教えてくれる?」

「っ…!」

顔を赤くし、とろけそうなハートマークの目をして自分を見ているキョーコに噴出しそうになるのを、尚は辛うじて、はぶっと口を押さえて堪えた。

っおいおい…何度でも俺に惚れるんだな、すりこみのトリかよ?!アホだろ、おまえ…!!

尚はもっとからかってやろうと口を開きかけるが…

「ごめんね、キョーコちゃん、甘い話の途中みたいだけど、この後の仕事に間に合わなくなるの。続きはまた今度時間のあるときにしてもらえるかしら」

祥子がキョーコに声をかけたとたんに、ぎり、と険のある光がその瞳に輝きだすのを見て、尚ははっとして身構える。

「っ話?!こんな男に話なんてありませんから!ご遠慮なく速やかに連れ去って下さい!」

――っ?戻った…!?
切り替わり早ぇ…!!

「おまえ…どうしたんだ…」

「何がよ?!」

「何がって…さっきまでのけったいな演技は何なんだよ…」

「演技なんてしてないし、けったいなのはアンタのほうでしょ。だいたいなんでまだここに居るのよ!ほら祥子さん困ってるじゃない!早く行きなさいよ!」

「あ、ああ…」

普段のキョーコにすっかり戻っている。
まるで、さっきまでのキョーコなんて無かったかのように…

――それにしても…なぁ…

過去のキョーコを髣髴とさせる、腹の中がむず痒くなるような感覚を久々に味わってしまい、どうにも調子が狂う。

――まてよ…
もしかして、さっきの状態で敦賀と――?
あんなピュア状態で、あの男の隣にいたのか…?

「っ…隙だらけじゃねーか!!何やってんだ、あいつ…!」

「はいはい、分かったから車に乗って頂戴。先方を待たせる気は無いわよ?」

祥子の呆れ声も届かないほど、キョーコの恥らう顔やほわほわとした微笑みを思い返しては腹を立て続ける尚だった。



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