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菫色の恋 3 ネガポジ反転

それから数日後。

原作を数巻ほどと前ドラマの台本を持って事務所を訪れたキョーコは、意外な人物とそこで顔をあわせたのだった。

「あれ?」

「あ…敦賀さん」

「久しぶりだね。どうしたの、今日は」

「あ、お借りしていた本を返しに来たんです。まだ全巻読んでないんですけど、他に貸したい人が出来たとかで…読み終えた巻と前回のドラマ化の台本だけでも返そうかと思って来たんですが」

事務所内をぐるっと見回すが、その人の姿は見当たらない。

「椹さん、いないのかな…」

「たぶんそれ、俺に貸すつもりなんじゃないかな。俺もそんな事を言われたから」

「もしかして…主演の男性役って、敦賀さんが…?」

「うん、そうだけど…最上さんは?」

「私は…ヒロイン役を貰えるんじゃないかってお話で…それで原作を知らないなら一度読んでおいた方がいいって言われて」

「へえ。で、読んでみてどうだった?」

「椹さんは、わりと原作に忠実だって言ってましたけど…話の流れは同じでも前にドラマ化したときの台本と原作はだいぶ違ってました…なんだか、台本では夢に向かってひたむきに頑張る役なんですけど…原作では周りを圧倒させるような天才的な人物で…まったく正反対なんです…どんな人物を演じればいいのか余計分からなくなってしまいました…」

「そう。じゃあ、俺は読まないようにしておこうかな」

「あ、でも。敦賀さんの役はあまりぶれがないように思いましたけど…」

ヘタレヒーローなんてモー子さんは言うけど、全然、違うと思う。

だって、敦賀さんがその役をやるんだったら…!

大人の色気ある男性なんてすっごいハマり役だもの。

しかも影から主人公を支える役なんて、素敵過ぎる!

きっと、格好良くて、切なくて、全国のファンの恋心総浚いに違いないわ…!


「敦賀さん、実年齢より十歳も年上の役ですね。なんか、違和感ないというか」

「要するに…年より老けてると言いたいんだね?」

「そうじゃなくて貫禄があるというか大人っぽいというか、そういう役に嵌っているんじゃないかって思ってです。老けてるって言う意味では決して無くてですね」

「まあ、実際年相応に見られることはあまりないからいいよ。ヒロインと10歳年の差がある設定みたいだしそういう点では演じやすいかもしれないね」

頷きながらそう言った蓮の言葉に、キョーコはすかさず反応した。

「年の差…」

…――そうだ!敦賀さんの想い人も年が離れてるんだった…
もしかしたら…役を作りこんでいく過程を機に敦賀さんの恋心にも進展があるかも?

「っ…?」

「どうした?」

「あ、い、いえ。なんでも…今なんかちょっとこのへんに差し込みが…」

キョーコは首を傾げ、胸のあたりを押さえる。

「え?どこか痛む?」

心配そうに近寄る蓮に対して、キョーコは、じり、と後退する。

「いや、大丈夫なのでっもう全然なんともないですし」

「そう?無理してるんじゃないか?」

「あ、昨日もこれ遅くまで読みふけっちゃってたから、寝不足のせいかも…とりあえず、これお渡ししたら早く帰って寝ることにします」

「うん、そうした方がいいだろうね。ほら、椹さんなら今帰ってきたみたいだよ」

キョーコが蓮の指差す先を見ると、事務所の扉から入ってきていた椹と目が合った。

「お、来てたか!」

「お疲れ様です。あのお借りしてた小説をお返ししに」

「ああ!!それがだな…今、大変な話を聞いてきたんだ…」

「大変な話?」

「っ分かります。私にヒロイン役がとれなかったんですね?」

「いや、そうじゃないんだ、君が出演するのは本決まりなんだが、その、役がなぁ…」

 

 





椹から「大変な話」だという台本の概要を聞いて、キョーコは仰天した。

「えええ!!男女逆転?!」

あんなに原作を読み込んだのに!?

「と、すると…?」

私の役は、いったいどんなモノになるの?

「そうだな、君の役は、原作で言うと影から主人公を支えるあしながおじさん的ヒーローの役を女版でやることになるらしいな」

「へぇ?!な、なんなんですか、その役…」

「じゃあ今回のドラマではヒーローがメインなのかしら…これは、トンデモないわね」

「そうよね…って、あ、あれ?!モー子さんっ?!いつのまにっ?」

後ろから声がしてキョーコが振り向くと、奏江が難しげな顔をしてそこに立っていた。

「三度目ってことで奇をてらったんでしょうけど…原作のファンが黙っちゃいないでしょうね。下手すればイメージダウンに繋がりかねないものだから役者側も引き受けるのに慎重になるわ」

「で、有力女優候補陣に断られ続け、無難な配役として私が選ばれたわけね…」

「そんな捻くれる必要は無いんじゃない?主演が敦賀さんなんでしょう?ちゃんと評価の上での配役なんだから自信を持っていいんじゃないの?」

「うん、そうそう。当初から君が候補に挙がっていたんだしな。喜ばしい事には変わりないだろう」

奏江と椹に促されるが、キョーコは得心がいかない顔のままだ。

「…そうなんです、かねぇ…?」

「そうそう!やってみたらいいよ」

「こんなヘンな役、あんたぐらいしか適役いないのよ、きっと」

「~~~~っ…ちょっと、考えさせてもらってもいいでしょうか」



――と、保留したものの…なんだか、乗り気になれないのよね…どうしてだか。

「元気ないね?もしかして、この仕事、断ろうと思ってる?」

「…敦賀さん――」

敦賀さんは役逆転に抵抗ないのかしら…そういえば、原作を読んでないって言ってたから、そんなに気にならないのかもしれないな…

「俺は最上さんと共演できたら嬉しいけど?」

「は、はい…」

――それも、ネックなのよね…

っそれより、できるのかな、私に敦賀さんが演じるはずだった、カッコイイあしながおじさん、いえ、

あしながしょうじょが…


悶々とするキョーコに奏江が溜息混じりで宥める。

「悩むことなんかないじゃない、今のところ他に仕事きてないんでしょ」

 「うん…そうだけど…そういえば、モー子さんはどうして事務所に?」

「呼ばれたのよ。私もでるの、このドラマに」

瞬間、雷に打たれたように、キョーコの背筋がビンッと伸びた。

「ええっ!!ホント?!」

「まあね」

「っ…!っ…!っ!やっああああああ…!!やります!椹さん、私このお仕事請けます!絶対やります!」

キョーコは目をキラキラさせて椹の手を握りしめた。
椹は迫るキョーコの豹変ぶりに慄き、引き気味で頷いた。

「き、君、そんなんでいいのか…分かった、先方には承諾しますと伝えておくよ」


椹の微妙な言い回しに、喜びに舞上っていたキョーコは気が付きようもない。

ともあれ、一癖も二癖もありそうなドラマの出演者はこうして決まっていったのだった。






 

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