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――ああ…疲れた…
ずっと自宅にいるなんて、この家を建ててから初めてのことではないだろうか。
奏江は疲労感のあまり、がくっと膝をついた。が、床の上にふわふわと灰色の綿埃が転がっているのが視界にはいってしまい、きいっと眉をつりあげて立ち上がる。
「もー!掃除機くらい誰かかけなさいよね!当番決めたんじゃなかったの!?」
「あーーごめんねぇ、ちょっと今忙しくってぇ~奏江ちゃん、手が空いてたらかけといてくれるぅ?」
しばしの間をおいてから部屋の奥からだらしのない声が返ってきて、奏江はむっとしながらも仕方なく掃除機を取りに納戸へ向かった。
遊んでもらいたくてしつこくまとわりついてくる姪っ子達をぶんぶんとふりはらいながら、手早く部屋に掃除機をかける。
「………はぁ…」
――どうしたって、ため息が漏れる。
常に仕事に芝居の稽古に駆け回り、出かけていることのほうが多かったから、家でのんびり過ごすことなんて皆無だった。
だいたい、家にいたらやることが際限なくあって、のんびりなんてする余裕はない。
仕事に出かけていたほうが、精神的に疲れないというものだ。
「あああああー!もうっ、仕事行きたい!演技したいいいいっ!」
こんな頭の痛い状況に陥ってしまったのは、たった一つの仕事を受けてしまったがためだ。
その仕事が終わらない限り、他の仕事をこなすのもままならない。
その役を降りたいと申し出たものの、その要望は受け入れられず、今に至る。
ぶちぶちと嘆きつつも掃除機のスイッチを止め、廊下に出ようとしていると――
「うおっ!?なんだよ、こいつっ!!」
隣の部屋から兄が叫ぶ声が聞こえてきて、また何をふざけて大声出してんのかしら、近所迷惑なのよ!と思いながら何の気もなしに部屋を覗いた奏江は、そこで兄に負けず劣らず大声を張り上げないではいられなかった。
「っああああ!あんたっ!なんで!?」
家族の多い琴南家。各々友達を呼び入れて室内の人口密度がいくら高くなろうとも、見ず知らずの人間が勝手に自分の布団に入り込んで寝ていればいくらルーズな兄でもさすがに驚くだろう。
布団にもぐりこんで気持ちよさそうに眠っている不審者に、なんだなんだと集まってきた兄弟達が騒然となる。
「え、なに?奏江の知り合いなの?」
「なんなんだよ、そいつ。っはっ…!ま、まさか、おまえ…」
「い、いやだっ、奏江ちゃん!!違うわよね?違うわよねぇ?」
「か、彼氏かっ、彼氏なのか!?」
「えええええ!ま、マジでかっ!?」
「そうか…!それで最近いつも家にいたんだな?こいつと一緒にいたかったんだ?でも、おまえ、ちょっと…」
「……い、いや、俺は兄として応援してやる!彼氏を連れてくるなんて初めてのことだもんな…この際、お前の男の趣味は二の次っってぇえっ」
ポン、と奏江の肩に手を置き、うんうんと理解を示すように首を振る兄のその後頭部を、奏江は持っていた掃除機の柄で力いっぱい叩いた。
「そんなワケないでしょううううっ!もー!ちょっとあんた、いつの間に入り込んだの!?ずうずうしいのよっ、勝手に人んちで寝ないでくれる?!」
「……ううん…?こんなに朝早くに掃除機かけるのやめナイ?まだ眠ってるのにサ、迷惑ダヨぅ…」
「寝ぼけてんじゃないわよ…!起きないならその布団ごと丸めてゴミ清掃車に突っ込むわよ?」
「ひっ…ご、ごめんなサイ…!」
「あー?なんだ、奏江のコレじゃなかったんか」
「ちょっとでも安心したわ~奏江ちゃんにはもっと、こう、ホラ。カッコいい感じの男性が似合うと思うのよね」
「知り合いならいいじゃん、寝かしといてあげれば?」
「ちょ、俺の布団なんですけど!」
「大丈夫よ…いますぐつまみ出すから…!」
ぞろぞろと、兄弟達が各自の部屋へ帰って行ったところで、奏江はぐいっとその髪の毛を掴みあげた。
「さ!さっさと私の役柄を訂正しなさいよっ!もしくは、この変な現象を解消させてちょうだい!!」
「っ琴南さんは、コワい…いつもコワい…」
この私が、稼ぎにも出かけられず、自宅に軟禁状態になっている原因は、この男!
「アンタ…だいたい、何なのよ?私の行く先々に出現してっ!ストーカー!?警察に突き出すわよ!」
「現実的だなぁ、琴南さんはぁ。そんなだから、役にはいって行けないんじゃナイ?もっとさ」
「夢を膨らませろ、って、言うんでしょ!いい加減にしてくれないかしら!私が働かないとこの家はやっていけないの!夢で生活が成り立つっていうんならいっくらでも妄想にふけって過ごすわよっ、もうっ、それより何より!演じたいのよ!仕事がしたいの!」
「でも琴南さんだってすることあるデショ、妄想トカ」
「馬鹿じゃないの?そんな暇がこの私にあると思う?」
「え、だって、最上さんに誕生日プレゼント買ってあげるときとか、仲違いしたときとか、妄想してたじゃない?」
「あれを妄想って言わないでほしいわね…そんなの誰だってする想像でしょ! 」
って、いうか…
「あ、あんた…なんで私があの子にプレゼントあげたり喧嘩したりしたこと知ってるわけ?気持ち悪いわね…!どこで見てたのよ…!?」
やっぱり、ストーカーだわ…!
「見てなくても知ってるヨ?君はあの子のコトすっごく大切に想っているんだよネ。だって、言うなれば、ボクは…」
険しい顔で睨んでいた奏江は、相手が急に動かなくなり訝しげに眉を顰めた。
話の途中でぽかんと口を開け、ままネジが止まったかのように、ぴたりと固まっているのだ。
「は?何?どうしたのよ?」
「――ゴメンね?阻止されちゃったみたいダ。君の要望、聞いてあげたかったんだケド~」
にかっと笑って奏江を見ると、嬉しそうにその場でぴょんと飛び跳ねてみせる。
「楽しみだネ!やっと、演技ができるねェ?」
どういう意味なのか、奏江が聞き返すことも出来ないまま、その姿はテレビのスイッチをOFFにしたかのように一瞬で消えてしまったのだった。
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