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菫色の恋 4 未知なるインプロ



「で、台本はこれなワケ?」


っなんなの、これ…ほとんど、台詞が書かれていない…

大雑把な設定と、それぞれの役柄の大まかな人物描写のみだ。

始まりは、主役が師と仰ぐ男性を見舞う所から始まっているのだが…ページを捲ると、シーンの概要だけが数行ずつ書かれているだけで、台詞とか感情とかそういった演じるのに重要な事が何も書かれていないのだ。

初顔合わせの出演者達が口々に戸惑いの声を上げる。

「ど、どういうこと?」
「台本、間に合わなかったんですか?監督?」
「にしても…これ…役つかみようがないですよ…」
「あらすじとかそういうこと?仮台本とかそういうこと?」

役者陣の反応に、監督は浅黒い肌に蓄えた黒髭をなでながら満足げににかにかと笑った。

「まあ、あれだけヒットしてる作品だからさあ。みんな、知ってるでしょ?読んだ事あるでしょ?この筋書き通り、なりきってみせてよ。ま、宜しく」


え、ええええ?

なりきれって… ? !

そんな演劇スクールの課題でも出すみたいに!それって、どうなの?!

キョーコ同様驚きを隠せず、出演者達は今始めて知った情報に大騒ぎだ。だが、彼らに質問攻めにされても、監督は面白そうな顔をして、ああ、追々分かるよ、とか、それも心配ない、とか時々受け流すだけでそれ以上の撮影進行を語ろうとはしなかった。
「っいいんですか?敦賀さん。さっきから黙ってますけど…これ…無茶すぎませんか?」

キョーコは一番荷が重そうな役の蓮が、どう思っているのかが気になり、傍に寄ってこそっと囁いた。

蓮は小さく息をはいて、わずかに肩をすくめて見せた。

「いいも何も…現時点では何も分からないしね、やっぱり戸惑うかな」

戸惑うドコロではないと思う。だって、脚本家になれと言われている様なモノだもの。単発ならまだしも、連続ドラマ撮影で即興劇のような演技を求められるとは思っても見なかった…

「だいたい、原作通りといえず、男女逆だなんて。それってもうまったく違うお話じゃないですか…」

「うん。でも、あらすじがあるだけいい…かな。それでもやっぱり原作に目を通しておかないと駄目みたいだけど」

なんだかんだ言っても、原作ありきのドラマ撮影になりそうだ。出演者とスタッフ総出でどれだけオリジナリティ且つ魅力的な原作の風味を付けられるかに作品の出来がかかっている。

――原作を、読み込まないと…あの作品の空気というか雰囲気というか、そういうのは感じられるように演じたい…だけど、難しいなあ…

この仕事を請けたことをちょっぴり後悔しながら、キョーコはきょろきょろと辺りを見回す。

「モー子さん、どこ行ったのかな?さっき見かけたのに、いつの間にかいなくなっちゃった」

「琴南さんだったら、助監督に撮影スケジュールをもらって、それを見るなり烈火のごとく怒って飛び出していったけど?」

「えっ、もう撮影スケジュールもらったんだ、モー子さん」

そんなに怒るほど、スケジュールまでもが無茶モノだったのかしら…

キョーコの胸で、不安がむくむくと大きくなっていく。ちょっぴりの後悔が盛大な後悔になってしまいそうな予感…

――どうしよう、それでモー子さんがやっぱり降りるわ!なんて言ったら…

「最上さん?」

「あ、はい。頑張りましょうね…敦賀さん…」

生気の抜けたキョーコの顔。考えている事がまる分かり過ぎて、蓮は苦笑して応えた。

「うん、引き受けたからには何があっても一緒に頑張ろう?」

ぼそぼそと、キョーコから返事が返ってくるが、聞き取りにくく、繰り返して聞き返す。

「え?不安じゃないのかって?」

こくこくと頷きながら、縋るような眼差しを向けてくるキョーコに、蓮は安心させるように笑ってみせる。

「それは…不安に決まってるだろう?でもきっと大丈夫だよ。まったくゼロから作ろうっていうわけでもないんだから。監督には何か考えがあるんだろうしね」

蓮は、嘘と本音を織り交ぜて、キョーコを励ます。


――不安なんて感じてない。

なぜだか、根拠の無い自信があった。

何があっても役を演じきることができるはずだ。

――それとも…

何があるか、わからないから、こんなに胸が騒ぐのだろうか――…




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