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「はああああああ…」
この仕事…請けたはいいけれど…
「…どう解釈したらいいんだろう、この役」
いくら模索してもなかなか明確にならない。何通りもの人物像を描いてはみたがどれもピンとはこなかった。
携帯電話を手に、耳に響き続けるコール音が途切れるのを待ちながら、キョーコはもう何度も復唱した自分の役柄を思い返す。
私は、超有名芸能プロダクション会長の一人娘。
仕事に厳しく、目的のためには手段を選ばない女社長…
その体には冷たい血が流れているんじゃないかと噂されるほどに強く気高い…お嬢様…とか?
「っ…っ…っいいかも…!冷血お嬢様っ。なんて素敵な響きっ」
「え…そ、そうかなあ…お嬢様ってキャラではなさそうだけど…」
「???どこから、声が?」
きょととして、辺りを見まわすが、近くにそれらしい人影は無い。キョーコの数メートル先にある屋敷へ機材を運び入れているスタッフはたくさんいるけれど…そこから聞えたとは思えない声の近さだった。
ん?気のせいだったのかな…
まあ、いいやっ、それより…っと、キョーコは呼び出し音の続く携帯電話に耳を傾け、いっこうに繋がらない相手を想って憂いの溜息をついた。
「やっぱり、繋がらない…」
――モー子さん、どうしちゃったのかな…
あれ以来、撮影にも姿をあらわさず、連絡も取れない。
哀しげにもうひとつ溜息をついたキョーコの腕をつんつん、と誰かがつついたのだった。
「ねっ、これ、キョーコちゃんにって、預かってきたんだけど…」
「え…」
またも聞えた弱々しい声。キョーコは声の出所を探してきょろきょろとする。
「こ、琴南さんからなんだよネ…」
後ろ下方から声がしてくるみたいだけど…
「…あっ」
上体をひねって視線をまわすと、いつのまに来たのかキョーコの後ろに背の低い小柄な男性の姿。申し訳なさそうな顔をしてこっちを見上げている。
童顔な上その小さな体格のせいで年齢不詳に見えるけれども彼はれっきとした成人男性で…驚く事に今回のドラマの助監督でもある。
その彼が背伸びせんばかりに精一杯伸ばしている腕の先はキョーコに向けられている。その指先には、小さな紙切れ。
「助監督!?って、それっ、んもっ、モー子さんから?!」
二つ折りにされた小さなメモ用紙を飛びつくようにして手に取ると同時にばっと中を開いた。
『しばらくあんたとは顔をあわせないつもりだから、連絡をとろうなんてしない事。破ったら絶交』
「へっ…?」
え、ええええええ?!
これだけ?!しかも、この文面って…
連絡取るななんて…ぜ、絶交だなんて…?!
「ど…どうしてぇえええ?」
顔を合わせないつもりなんて…やっぱりモー子さん、このドラマ降りたんだわ…
だけど…なんで…?!
「助監督…!モー…っ琴南さんにいったいどんな無茶を言ったんですかっ?!」
「え、えっ?む、無茶って…ぼ、僕は、何も…っ」
キョーコの気迫に圧されているだけでなく、持って生まれた性質なのだろう。
気の弱そうな口調でおどおどと答える助監督に、キョーコはさらにぐいっと詰め寄る。
「だってっ、助監督がスケジュール渡した直後に怒って何処か行っちゃったっていうじゃないですか!いったい、どんな予定を彼女に渡したんです?!」
「ぼ、僕は何もっ」
「嘘です!絶対、何か原因知ってるはずです!」
「僕は、何もっ」
小さい体をさらに小さく縮こませ、ガクガクと震えながら同じ言葉を何度も繰り返す。よく見れば、キョーコに責めたてられるのが怖いのかじんわり涙目になっている。
なんだか小猫でも苛めているような気分になり、キョーコはひとつふっと息を吹いて気を落ち着かせようと試みた。
でもっ絶対、何か知ってると思うのよね…!
こんなに怯えながらも隠さなくちゃいけないことってナニ?
もしかして…口止めされてるのかしら?
それなら、いったい誰に…?
「…分かりました、無理に聞き出そうなんてしません。でも、こんな気持ちのままじゃ…とてもじゃないけど演技に集中なんてできそうにないんです…どうか話してはもらえないでしょうか?」
キョーコは、できるだけ静かにそう言うと、願いを込めてひたと彼の目を見つめる。
彼は落ち着かなく視線をおよおよと彷徨わせたあと、やがてぐいっと下を向いて目をそらせ、申し訳なさそうに小声で応えた。
「ご、ごめんネ…今は、話せないんだ…」
「!今は、ってことは、やっぱり何か隠して…!」
「!!う、わあああん…ごめんなさい、ごめんなさい、何も聞かないで…っ」
言いながら彼は、しゅん!とキョーコの前から走り去ってしまった。
意外と、逃げ足の早い人だ…その姿は、ちょこまか動くねずみの様で、ちょっと可愛らしい気もする。年齢と性別を思い返しさえしなければ。
「…ああ~~…」
しょうがないなあ…
男の人に、可愛いとか思うのって失礼だと思うけど…なんか、憎めない容姿よね…あんな可愛らしくて助監督なんて仕事つとまるのかしらね?
彼の後ろ姿を見送り、聞き出せなかったことを悔やみつつも口元を緩めたキョーコだったが、背後からの囁くような低い声にその笑みがこわばる。
「知らなかったな…」
「は…?」
キョーコは、くるりと振り返る。
今日は後ろを取られてばかりだ。だけど、今度は背が高くて体格も良く…さっきは見下ろして話していたのが、今はその顔を見上げなければならない。
同じ男性でもこんなに違うものかしらね、と思う間もなく、聞き捨てならない言葉が上から降り注ぐ。
「最上さんに、年下を虐める趣味があったなんて」
「……あの人の、どこか年下なんですか…それに、虐めてないですけど?」
「そう?でも、可愛い人だと思ったろう?」
「それはまあ、あの容姿ですから…だいたい私、彼が怯えないようにすごく優しく接していたと思いますが」
「そうだね。それはもう、慈しむ様な眼差しだった」
うんうんと納得するように頷く彼に、キョーコも頷く。
「そうですよね?じゃあ、それがどうやったら虐めてるという発言に繋がるんです」
「いじめたあとは優しく?飴と鞭…みたいな?」
「……はあ…???」
なんですそれ…過去類の無い言いがかり……
可愛らしいと思ったのは確かかもしれないけど…でも、それはモー子さんの事を知りたい一心であって、彼自体に感心を持って問い詰めていたわけじゃない。
「そんなふうに気持ちをもてあそぶ趣味は私には一切ありませんが?確かに可愛らしい方だとは思いますけど、それはどうしても彼に言って欲しい事があったからですし」
「だからといって、あまり虐めないように」
「虐めてなんてないですっ!虐められてるのはむしろ私のほうじゃないですか!」
教えて欲しい事、教えてもらえないまま生殺し状態だもの!
そこへひょこりと、社が二人の間に顔を出した。
「まあまあ、そう怒らないで。蓮のやつ、キョーコちゃんの事、からかいたいだけなんだからさー。ホラあれだよ、気になる子はいぢめたいっていう心理でさっ、まーったくしょうがないよなぁ」
「まったくですよ!敦賀さんにとっては間抜けな後輩をちょっとからかってみただけかもしれないですけど、あまりに的外れな内容だと不快な言いがかりでしかありませんから!」
「(相変わらず見事なスルーっぷりだ、キョーコちゃん…)ほら、そろそろ準備できる頃だからさ、中に入ったら?どんな所で撮影するのか前もって見ておいたほうがいいかもよ?」
「それもそうですね」
それでなにかが掴めるかもしれないし…情景からでも役を想像できるかも?
社に促されて、屋敷に入ろうと歩き出すと、近くにいたスタッフが血相を変えて奔り寄ってきた。
「あーーー待ってーーー!今、正面口からは入らないで!」
「え?どうしてですか?」
「今入っちゃうと『何年も放置されて誰も入ることの無かった屋敷』に人が入った形跡ができちゃうから!撮るときにしか入れないよ」
「そ、そんな、入れないって…」
嫌な予感…
「じゃあそれって、まさかぶっつけ本番?!」
リテイクも許されないと、そういうことなの?!
「ほら、だから撮影機材も、裏から慎重に運び込んでるんだ」
嘘でしょう…?!どうしてそんな…追い詰めるような状況?!
絶対、ここじゃないとダメ!ここなら磁場もイイし、必ずイイもの撮れるよ!
もう何年も人の手入れがされていない古い屋敷に、助監督は強い拘りをみせた。
いわくつきの物件らしくまた面倒が起こるのではと貸すのをひどく渋っていた持主を、スタッフが強い熱意でなんとか説き伏せ、撮影使用許可をもらえたのはいいが、期間が限られているらしく、屋敷でのシーンを先に撮るというのだ…まったく無茶な話だ。
せめて順撮りしてくれればそのシーンの役の感情もつかみやすいのに…
「なーに考えてるのかさっぱりわかんないなあ監督も助監督も…まだ、役どころもはっきりしないのに。いきあたりばったりにしか思えないですけど」
磁場とか、意味不明すぎるし…!思いつきだけでその場で決めてる感が強いのよね…
「え?役は、もう決まってるだろう?」
キョーコはぎょっとして蓮を振り仰いだ。
「っ…?!敦賀さん、まさかあれだけの情報量で?!っ…そ、そうですよね…もう当然分かっていていいはずですよね…っ私、恥ずかしながら、まだ役柄を掴めてなくて…っ」
「それは、最上さんがこうと思う役を演じたらいいんじゃないか?ある程度はあるんだろう?思い描いている人物像は」
「それが…お金持ちだし…何でも意のままにできるっていうから、気高き孤高のお嬢様なんだろうなって、思ったんですけど…さっき助監督に、そういうキャラじゃないって言われたんですよね…」
「確かに…イメージ的にはお嬢様とは遠い気はするかな。最上さんには演じやすそうではあるけど」
「!やっぱり!私…自分の好きな役にはめ込もうとしてるだけなのかも…」
悶々としだしたキョーコの袖口あたりを、そのときくいくいと誰かがひっぱったのだった。
「え?」
「どうして、彼女は花を贈ったのか、分かる?」
「…え?!あっ!」
助監督!!いつの間に!?
「彼女が、秘密にしていることと、その訳は?そこだけ、外さないでいてくれたら、後はどんな肉付けしてくれても、大丈夫だからネ」
早口で言うだけ言って、キョーコに返答も与える間もなく素早く去っていく。ちょこまかと動き回り、その都度スタッフに声をかけているのは、何か指示を出しているのだろうか。容姿に似合わず、もしかして敏腕な働き者…だったりするのかもしれない…?
たとえどれだけ有能な人物だとしても、今のキョーコにとっては、混乱を煽る存在でしかないのだけれど。
「助監督…」
肉付けしてくれても…って…
せざるをえないっていうか…
そこだけっていわれても、どこを、どうしていいのか…
「ぜ…ぜんっぜん、わからないんですけど…!?」
とは言っても屋敷での撮影期間は限られている。このシーンでの役者はキョーコと蓮の二人だけ。
自分の演技で迷惑をかけるわけにはいかないが、どう頭を悩ませてもこの状態で即興なんてできそうにない。
「つ、敦賀さん…!」
縋るような目で見上げたキョーコに、蓮は仕方ないなと肩をすくめた。
「まだ撮りまで時間があるだろうから、それまで役作り付き合うよ。そうはいってもこの短時間で、何をするかな…」
ぶわっと不安と感謝の涙を溢れさせるキョーコを落ち着かせるように、手のひらでふわふわと頭を撫でてながら蓮は考えをめぐらせる。
「屋敷のところからだとつかみにくいかな…その前のシーンからちょっとやってみようか?」
「は、はいっ」
すると演技をしようと構えた二人の前に、再び働き者の小人がやってきて、例によって早口で指示を出してきたのだった。
「ここから200m離れた所にタクシー停めてあるんだ。セット完了したからキョーコちゃんはそこから始めるからネ」
助監督の言葉に、キョーコは猛烈な焦りを抱えて混乱しながらも、「無理です」とも言えず、操られているかのように不自然に、こ、く、り、と頷いた。
ちょっと待って下さい、もう少しだけ、時間を下さい――
そう言いたいのに、どうしても言葉に出来ず、口をはくはくさせるだけだった。
――っどうしよう…どうして、こんな状況に流されてしまうの?!
こんな曖昧ではっきりしない仕事、初めてで…自分に自信が持てないのに…
私…ちゃんと、このドラマで演技していけるの――?!
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