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青ざめた顔のキョーコを心配して、隣を歩いていた蓮はふと立ち止まった。
相当追い詰められているのだろう、キョーコは覇気の無い様子で蓮の横を通り過ぎ、そのままゆらゆらと前を歩いていく。あのままでは演技ができるようには到底思えない。
蓮はキョーコの肩に手をかけてひきとめ、その顔色を窺った。
「最上さん、大丈夫?」
問いかけに答えるようにキョーコはぶつぶつとつぶやく。
「なぜ、花を贈るかって…」
「うん?」
さっきの助監督の言葉の答えを探しているらしい。
蓮は俯いたままのキョーコの口から漏れ出る声に耳をかたむけた。
「それは…励まして支えるために、ですよね」
独り言かと思ったが、どうやら確認を求めているらしい。
蓮は肯定も否定もせず、キョーコに問いかけた。
「励ましたいならじかに会って、声をかければいいのに。それをしないのはなぜ?」
「自分のプロダクションの俳優のライバルといえる相手だから…商売敵に正体を知られたくなくて…」
「敵を励ます必要はないはずだろう?」
「それは…敵とはいえ好意を持ってしまったからじゃないですか」
「どういうところを好きに?」
「それは、並ならぬ演技へのこだわりと表現力に心を囚われたんだと…」
「そんな役者は自分のプロダクションにも掃いて捨てるほどいるんじゃないか?そういう役者達と何が違うの?」
「何が…違うかって…」
演技力とか、ひたむきさとか、寝食忘れるくらいの没頭力とか…?
演技に入り込むと周りが見えなくなってしまうところは、他の役者と違う所ではあるけれど、
変人ともいえるくらいの固執ぶりは、普通にいたらちょっとひいてしまいそう…
「そうよね、なんで…あんな演技馬鹿男の、いったい何処に魅力をかんじたのかしら…」
「………」
演技に魅せられたとはいえ、影から援助したくなるほどの、単なるファン以上の感情が生まれるものなのかしらね…
単純に好みのタイプだったとか、ただ好きになったのなら、へんな意地を張らずに初めから自分のプロダクションにでも誘い込んでしまえばいいのに。
そう、だ。自由に動き回れない理由が彼女にはあって…
「…負い目を感じているんです、彼に」
芸能界を父親への復讐に利用しようと画策して、それを知った彼に軽蔑されているのを知っているから…
「ん…?」
キョーコは首を傾げる。
――あ、あれ?
今、何かが心の中で接触して、じりっと一瞬火花が散った。
「芸能界を復讐の道具に…?そんな話でしたっけ?」
混乱してキョーコが迷いに揺らぐ目を向けるが、蓮は困ったように眉を寄せるばかりだった。
なんで…?考えれば考えるほど、話の輪郭がぼやけてくような気がする…!
こんなつかみどころの無い話だったかしら…?!
「やっぱり、もう少しだけ、時間をもらおう?」
「っ、は、はい…」
キョーコは返事をしながらも困ったように手を組み合わせていたが、すぐに思い切ったように顔を上げた。
「あの、でも…やっぱり、こんなことで、お時間をとらせてしまうのは心苦しいんですが…私なんかのせいで…」
キョーコがちらりと目を向けると、蓮は少し肩をすくめてみせた。
「俺もね、実を言うと、それほど役を把握しきれていないみたいだ。さっき最上さんと話をしている間にも、自分の認識にずれが生じて、少し分からなくなってね。だからこれは、俺のためでもあるんだよ。それに最上さんが役をつかんでくれないと、撮影はじめられなないだろう?」
「…!は、はいっ」
敦賀さんの役柄像にまで悪影響を及ぼしているなんて…とキョーコが深く落ち込んでうなだれたそのとき。
前を歩いていた蓮が、突然ぴた、と足を止めた。
「わ!きゅ、急に止まらないで下さいよ?」
「じゃあ、ここに横になって」
「え、あ、はいっ…」
言われるがままに、すとぺたん、と雑草の生えた地べたに仰向けに横になったキョーコだったが、あれ?と首を傾げた。
って?なんで、横になる必要が…?
「あ、あの?」
「そこは、病院のベッド、台本の最初から」
「え?あ…」
最初っていうと……病中の先生を見舞うシーン…?
このシーンでの私は先生役…?と、なれば、私は、お見舞いに来る彼をピクリとも動かず眠って迎えなくちゃダメよね…
私の出番は全く無いはずだし、どうしてこのシーンから演じるのかよく分からないけど、敦賀さんには何か思惑があってのチョイスに違いないもの。
伝説的な役を演じた女性。
彼女の相手役として『天女に魅入られた男』の役を、もう一人の候補と争う最中、
演技指導の途中で倒れた彼女が入院している病院…
イメージしながら仰向けのまま目をつむった所で、敦賀さんがこちらへ近付いてくる気配がした。
――あ…れ?なんか、変…
そう思う間もなく、ふわり、と瞼が重くなり、自分の意識が遠のいていく。
「…っ」
その間際に、誰かの切迫した感情が頭の中に浮上してくる。
「っ!!」
その感覚の異様さに青褪め、キョーコは、ばっ、と目を開けて蓮にそれを訴えようとした。
けれども瞼はぴくりとも持ち上がらず、意識は下へ下へと吸い取られるばかりだった。
――あ、ダメ…
遠くから…
遠くから、声が響いて、くる、みたいな、感じ…する…
…敦賀さんの声…なのかな――……
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