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玄関の扉を開いてからも愕然とする。
撮影のスタッフどころか、人っ子一人いる気配がない。
屋敷に入る前には道脇に停めてあったロケバスも、敦賀さんの車も、ない。
かさかさと風に揺れる草のふれあう音だけが、やけに大きく聞こえる――
ぞっと、背筋を寒気が奔りぬけた。
こっ
こわああああああい…!
訳の分からない恐怖感が湧き上がり、慌てて屋敷の中に引き返す。
車がなくても、屋敷から出てくるのを見ていないんだから、まだ中に敦賀さんがいるはず…!
「つ、つるがさん…っ」
必死の形相で蓮を呼び、その姿を屋敷を駆けて探し回ったが、部屋という部屋をどんなにくまなく探しても見つけられなかった。
い、いないの?!
「う、嘘…」
敦賀さんの姿も、消えてしまったなんて。
玄関まで戻ってきたところで誰もいないことを思い知り、恐怖の最大値に達してがたがたと震えだしたキョーコの後ろから。
ちょん、と誰かが肩をつついた。
「ひっ、ひゃあああああああああっ!」
取り乱し、キョーコは這うようにぺたと床に膝をついてしまった。逃げたいのに、恐くて四肢に力が入らない。
「お迎えにあがりました」
背後からさらりと告げる声は抑揚がなく、キョーコの今のこの状態では非常に恐ろしげに聞こえる。
っ…お迎えって、わわわ、私を何処に連れて行こうっていうの…!
「ひゃ…ひゃあわあああわあわ…(し、しにがみ…!?)」
腰をぬかしたまま、キョーコがひいひい言いつつ見上げると、見慣れない男がそこにいた。
浅黒い肌に、ウエーブがかった艶やかな黒い短髪…無表情ともいえる冷静な様子でキョーコを見つめている。
――だ、誰?!冥界へと導く案内人にしては普通すぎ…
い、いいえ、待って…!なんだか、見覚えがある、ような――?
「っ…!!あ、ああ!あなたは…」
この人――名前は知らないけれど…社長さんのところの御使人、よね?!
どういう経緯で彼がここにいるのか分からないが、とにかく知った顔に会えた事でキョーコはやや落ち着きを取り戻す。
――でも、なぜ、この人がここに?
よくよく見ると、手にはキョーコのカバンを持っている。
ロケバス内に置いてあったはずだけど…あの消えてしまったバスに――
「っそ、そのカバンは」
どこに?
「そこの道端に落ちておりました」
腰が抜け、いまだ歯の根が合わずにみなまで言えないキョーコの問いかけを察し、男が淡々と答える。
「み、みみ、皆さんはっ?どこに行ったかご存知で?」
「………」
表情のないまま、首を傾げて黙ってしまった男にキョーコは戸惑う。
「あ、あの…」
「いいえ。ここに車で来るまで道一本。何方にもお会いいたしませんでした」
「……」
――誰にも、会わなかった…?!
青褪めて固まってしまったキョーコに、カバンが差し出される。
わななく手でカバンを受け取り、はたと気がつくと同時にすごい勢いで中を探り、携帯を取り出した。
――敦賀さん……お願い、でて!
電話に、出てください――!!
結局、蓮に連絡がつかないまま、キョーコは戦慄で真っ青にこわばった表情のまま迎えの車に乗るしかなかった。
「そんなはずないんです!敦賀さん、どこかにいるはずなんです!」
「………それは…かくれんぼ、というものでしょうか」
「違います!いなくなっちゃったんです!」
「先程も申しあげましたが…ここへ来るには一本道で、何方にも」
「だから、屋敷にいるはずなんです!お願いです、一緒に探して欲しいんです!」
男性一名に協力を仰ぎ、もう一度、屋敷内を探したけれども、その姿は見つけられなかった。
どうして?!確かに、いたはず!
私を置いて何も言わず先に帰るなんて事、敦賀さんにかぎって有り得ないし、
神隠しにあったとしか思えない――
いったい、何が起きたっていうの――?!
「とりあえず、お乗りください。最上様をお連れするよう仰せつかっておりますので」
不安に怯えきったキョーコの表情が、車がたどり着いた先でその人の顔を見た途端、そうか!全部コノ人に仕組まれたことだったんだ!と、きりりと目を吊り上げ険しくなった。
「いったい…これは、どういうことなんです?!何がなんだか私わけがわからないんですが…!さてはドラマ撮影なんて、嘘だったんですね?!」
怒りをこめてさらに責めたてようと息を吸い込んだキョーコだったが、その人、宝田の返答は困惑に満ちたものだった。
「そういわれてもなぁ…誰からも君が言うドラマの依頼を受けたっていう報告はないんだが…」
「は?!でも!迎えを下さったじゃないですか!知らないとはいわせませんよ?!」
「いや…俺にも全くわからん。わからんが、『最上キョーコ』がとある屋敷にドラマロケで一人でいるから迎えをよこしてやってくれという電話があったんだ。俺の携帯に、非通知で、だ。誰もが知る番号じゃない。不審に思って君の携帯に確認を取ろうにも、全然出ないじゃないか。悪戯にしては具体的過ぎる。それで万が一を考えて言われた住所に急いで行かせたんだが…何があったんだ?そんな辺鄙な場所に一人で行くなんて」
あらかた社長の仕業だろうと踏んでいたキョーコは、どうやらそうではないと知るや、再び背筋に冷たいものを感じて震えあがった。
「ひっ一人じゃありませんでした!撮影スタッフも助監督も敦賀さんだって!確かにいたんです!」
キョーコは涙目になって自分の身にふりかかった奇怪な出来事を、初めから今日までの経緯を交えて訴えた。
宝田は相槌をうって聞いてくれたが、訝しげな表情をしたままで、キョーコの話を信用しているのかどうかは窺い知れない。
「敦賀さんにも電話が繋がらないし、モー子さんになんてその前からずっと連絡取れないですし」
カバンから紙片を取り出し、ばっと宝田の前に広げてみせる。
「モー子さん、こんな手紙を残したまま私の前から消えてしまったんですよ?あのお仕事の依頼があってからです!電話も繋がらないですし何かあったとしか思えません!」
「ふ…ん?」
キョ-コの訴えを聞いて、宝田はスパッと自分の携帯を取り出すと即座に電話をかけてみる。
「確かに繋がらないな…おかけになった番号は…だ」
「えっ、えええっ?!」
繋がらないと訴えた本人のくせに大仰に驚いて、キョーコは自分の携帯から奏江にもう一度かける。
宝田の言うとおり、現在使われておりません、のアナウンス。
自分がかけまくっていたたときは、まだ呼び出し音が鳴っていたのに……
「妙だな…」
「ま、まさか、どこかに拉致されてるとか、危険なめにあってるとか、ないですよね?!」
「……」
思案に目を光らせて、顎に手をやり押し黙ってしまった宝田に、キョーコは不安感を強める。
「いやああああああ!そんな!!モー子さんん?!」
発狂した金切り声ではたと引き戻され、宝田はキョーコを宥めた。
「あーいや、いやいや、無いだろう、そんな手紙を残しているくらいだ、何か理由があんだろうよ」
「…そうでしょうか」
「ああ。それよりその、助監督って言うのはどこのどいつだ?さっきから話を聞いていてもそいつの名前がでてこねぇのはどうしてだ?」
「え…」
「そいつが、おまえらを謀っているとしか思えんだろうが」
「あ…え…えーと…」
助監督、は。
顔が、童顔で、可愛らしくて…それで――
あ、あれ?!
「っ…わ、忘れてしまいました…」
「はあ?!なんだ、そんなに印象の薄い奴だったのか?肝心なとこだろうが」
「お、おかしいな、そんなはずないんですけど…」
どうやっても、思い出せなかった。
そういえば、携帯の番号も、連絡先も聞いてない…気がする。
「じゃあ、監督は?」
こちらもまったくもって、思い出せない。
ぼんやりとした輪郭と、なんとも適当な声しか、覚えていない。
な、なんで?!
私…どうしちゃったの――?!
「じゃあ、蓮に聞いてみるか」
「え、でも、何回かけても、繋がらないんですよ?!」
「そうなのか?………うん?いや、出たぞ?」
「へっ?」
宝田がキョーコの話の概要を掻い摘んで喋り、相槌をうつのを、キョーコは固唾を飲んで見守る。
…どうしよう、何か、とんでもないことが敦賀さんの身にふりかかっているんじゃ――
「ああ、ちょっとまて、かわるから」
差し出された携帯を前にして、キョーコは緊張した面持ちでそれを受け取る。
「お、お電話かわりました、最上です……えっ」
「む?!どうした?!」
「あ…あの、お電話切れてしまってます…」
「ああ?切れた?」
「あ、いえ、もう一度、自分の携帯でこちらからかけてみます」
――でも、よかった…!普通に電話ができるって事は、敦賀さん無事でいるんだ!
キョーコは胸をなで下ろし、蓮の声を待った。
そうして、声を聞いたらきっともっと安心できると、思っていたのに――
「繋がらない…」
「はあん?話し中か?」
キョーコの顔がみるみるうちに青褪めていく。
「違います…番号も、間違えて、ないです…」
宝田に向けて携帯の受話器を向ける。そこから漏れ出るアナウンスに、宝田は眉を顰めた。
――おかけになった電話は、現在、使われておりません……
「間違えたんだろ?」と宝田がもう一度かけて見るが…「駄目だな、繋がらなくなってる…どういうことだ?」
不可解な現象に顔を見合わせるが、どちらの口からも理由なんて出てこなかった。
不安要素が重なりすぎて、もうどこに真実を見つけていいのか分からない。
「…敦賀さんは…っ、あのお屋敷でのこと、敦賀さんは何て言ってました?」
「ああ…それがなぁ、そんなところへ行ってないって言い張っていたんだが。それで君に替わろうとしたんだが…切れたんだな…」
「っ…!そんな!」
「とにかく、琴南くんのことはすぐにでも居場所を把握できるように取りはからって、分かり次第君に知らせるようにするから、とりあえず今日は家に帰っとけ。蓮への電話も、混線でもしてるかなにかしら理由があるはずだ。そんなにびくびくするようなことじゃねぇから心配しなくていい、と思うぞ…おお、俺だ」
呼び出し音の間にキョーコに指示を出し、宝田は電話口に出た誰かと話をしはじめた。
何を話しているのか聞き取るわけでもなく、宝田が次々に誰かと電話でやり取りを交わすのを、キョーコは愕然としたまま眺めていた。
「ふーん、こんなところか。あとは報告待ちだな」
電話を終えた宝田に、ぽんと肩を叩かれる。
「今、社にも確認したら、その時間帯は仕事が入っていないフリーの状態だったから、蓮がどこにいたのか知らないらしいしはっきりしねーんだ。うーん…」
そう言って宝田が苦い顔をしたので、キョーコはどこか居心地が悪くなり、おずおずと尋ねた。
「あの…私の言う事を、本当に…信じて下さるんでしょうか。こんな荒唐無稽なこと…自分でも頭がおかしくなりそうで…」
「なんだ、そんなこと気にしてるのか?大 丈 夫 !どんなに奇っっ怪な話でも調べてみたら原因の無い話なんて実際のところはそうそうないんだぞ?ま、心配するな。何かの行き違いがあっただけの可能性が高そうだから」
「は、はい…」
行き違い…どこをどうしたら、この謎が解けるのか、キョーコにはさっぱり検討もつかなかった。
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