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雫雨の覚醒 1 輪郭のない空







何も、言い返せなかった。

何も、真実を伝えていなかったから―――













キョーコが社と話をしている間、社長室に呼び出されていた蓮はあいかわらずの彼の扮装に目を奪われていた。
いったい何世紀頃の貴族の服装なのか…今日もなかなかこだわりに凝った格好をしている。レパートリーの尽きない人だ。

「で?どうなんだ?」

開口一番にそう訊かれて、一瞬何のことかとつかみかねたが、彼に隙を見せたくなくてすぐに切り返す。

「新しいドラマの役ですか?それなりに掴めてきたと」
「違う!しらばっくれてんじゃねぇよ。分かってんだろう?あの子の事だっ。ラブミー部卒業はできそうかって聞いてんだ」

「……ああ」
「『ああ』じゃねーよ、気の抜けた返事しやがって…あの子が心開いてきてるからって安心しちまってるわけじゃねーだろうな?」

「……」

「…さては…あの子を一生ラブミー部のままでいさせるつもりなんじゃないだろーなぁ?」

「そんなはずないでしょう…」

「いいや!おまえ…そういう不安定なまんまで自分の手元に置いておきたいんだろう…疎いまんまなら他のヤツにちょっかいかけられても、あの子がそれと気付かないだろうから」

「そんな事、考えもしませんよ。だいたい、それは俺がどうこうできる問題では…」
「できるんだよ!愛があるならな!あの子を愛してるなら狡い手を使わないでもっと正々堂々愛してやれ!」

「…っ」

恥ずかしげもなく「愛」という言葉を自分に向けて連呼する宝田を直視するのも耐え難くて、蓮は目を背けて黙り込んだ。

「言ったろーが…独占欲だけじゃ人は愛せねーんだよ。あの子のラブミー部卒業はおまえにかかってるのを忘れんなよ、まさかあのピンクのつなぎ姿に惚れてる訳じゃねーだろうが」

「………」

―――社長の言いたいことは、理解できる。
彼女の中で、自分の存在が変わってきている。
自分の想いが彼女を変えたと、正直なところでは、そう思っている。うぬぼれているのかもしれないが、彼女の心が自分にあると実感することが多くなったのは確かだ。

だからといって、彼の望むような「ラブミー部卒業」が今の彼女に当てはまるかと言えば、何故なのか、そうも言い切れない。
何かが、しっくりとこないから、自分が及ぼした彼女の変化を、彼に主張しきれないのだろう…

「…そんなに、気にかけなくとも…大丈夫ですよ」

見定めるような彼の視線を受けながら、蓮は言葉を繋ぐ。

「俺がどうこうしなくても、あの子は自分の力で切り抜けるでしょうから」

さらりとそう言う蓮は、以前と何も変わっていない。
宝田は、内心、溜め息をついた。

俺が必ず彼女をラブミー部から卒業させてみせます!くらいの勢いを見せて欲しいものだが…そんな事、こいつが言うわけないな…そうそう簡単にこいつのペースを崩すなんて無理な話か―――

 

 

「ったく…危なっかしいな…」

あいつを、あの子が変えることができるのか、もう暫く注意して見守る必要がありそうだ―――…
















―――その日の撮りは、海辺でとても風の強い場所での撮影だった。
ロケバスから降りて、局の控え室に着いたキョーコはあることに気が付く。

「あれ?」

鞄の中に入れたはずの物が無い。
キョーコは青ざめて、がさがさと鞄の中を探ってみるが、見当たらない。

その場にしゃがみこんで中身を全部床にぶちまけてみるけれども…


ない…!

どうして?!

朝、確かに入れたはずなのに!


コーン…!どこへいったの…?!


気が狂わんばかりにそこらじゅうを全部ひっくり返し、それでも飽き足らずに、歩いてきた廊下を這うようにして探し回っているキョーコを、気まぐれロックの収録を終えたばかりのブリッジロックの面々が見つけて声をかけた。

「ど、どうしたの?キョーコちゃん…」

「な…ないんですぅううううう!」

「何が?」

「これくらいの!小さながま口に入った!大事なモノなんです…!」

「小さながま口?」

「これだけ探してもないんだもの…きっと、今日のロケ地に落としてきたんだ!」

「えっ、どこいくの?キョーコちゃん!」

「探しにいかなきゃ…」


「じゃ、お、俺も一緒に行くから!大丈夫だよ、きっと見つかるよ。俺も気をつけて見てみるからさ。ね?」

「そんな!一緒になんて駄目です!ご迷惑かけられませんから!」

「いや、俺、キョーコちゃんの為なら、ね、だから…あの、ちょっと待って?」

猛烈な速さで駆け出したキョーコを、必死で駐輪場まで追いかけるも…彼女はわき目もふらずに自転車に乗ってあっという間に走り去ってしまったのだった。
「あ、待っ…キョっ…」

「リーダー…やっぱり不憫だね」
「あきらめちゃだめ!追いかけなきゃ!リーダー!」

…もうこうなっては、しっかり付いてきて、置いてけぼりをくったさまを見届けていたメンバーに八つ当たりするよりなかった。

「ちくしょーーーーおまえら…面白がってんなよ…っ」



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