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3 「最上さん、眠るならベッドで寝ないと風邪ひくよ」 呼びかけながら、華奢なその肩に手をかけて起こそうと、そっと揺り動かす。 とんとんと、控えめに背中を叩くが、やはり、目を覚ましそうにない。 身を屈めて、なぞるように唇に触れてみる。 無防備に繰り返す呼吸と、柔らかな感触が、唇に触れる。 まずい… 止められない…かも――― 心地よい温かさに包まれて、ぼんやりと目を開けたキョーコだったが…視界に映るものが何なのか、定められない。 あ…近すぎてなんだかわかんないんだ… 漠然とそう思いながら眠気にたゆたっていると、声もまた至近距離から聞こえてきたのだった。 「最上さん…いったいどこまで探しに行って来たの?」 がばっと立ち上がって、視界の全体図を確認し、キョーコは自らを防御するように、両手で自分の体を抱きしめた。 いま味って?!味って言った?! 「ひ…ひあああああっ」 は…恥ずかしすぎる! 「そういう事言うの止めて下さいーー…!だいたい、わ、私は…美味しくなんてないですからーーー!」 突然ふりかかった恐怖、もとい羞恥に目を回しつつ、必死で抗議する。 「それは…美味しいか美味しくないかといったらそりゃ美味し…っ」 キョーコは慌ててしゃがみこみ、蓮の口を両手で塞いだ。 「っやめて、下さい、ね…?」 彼との距離の近さと、思わず触れてしまった唇にどぎまぎしながら、キョーコは恐る恐る、そおっと手を離すも… 「…美味しいけど?途中で食べるのを止められない位には」 ―――神々しさの爆撃に遭った怨キョ達の断末魔の叫びがいくつも聞こえてくる… 「…っ」 キョーコはへたへたとうずくまり、顔を真っ赤にして頭を抱えた。 「っそういう意地悪するのやめて下さい…っ私がいまだにそういうこと苦手だって知っててワザとするんですから…!敦賀さん、最近そういう所…っ」 「え?」 何かを思い出したようにはっとして、ぴしりと固まり、口元を押さえた。 「いえ…な、何でも、ないです…」 「何?気になるじゃないか」 「いいいえっ、ほんとうに、なんでもないんです!」 「いや、何か言いかけただろう?俺がどうだって?」 「…っ」 最上さん、何か誤魔化そうとしているな…目が泳いでる… 「最上さん?」 「いっ言えません…っ」 言ったらどうなるか想像がつく…っ がくがくと震えながら隠し通そうとするキョーコ。 「ふうん…言えないんだ?」 きらり、と蓮の眼底が光る。 ―――それは、是非とも聞かせてもらわないとね? 「あっ?キョーコちゃん!今帰ったのかい?随分遅かったんだねぇ」 午前4時半。 仕込みをするために店に起き出してきた女将が、どんよりとして帰ってきたキョーコを出迎えたのは夜ももう明けようかという時間帯だった。 「だけど大変だね、昼夜ない仕事ってのは」 「あ、あんた…キョーコちゃん、今帰ってきたんだよ。なんだか様子がおかしくて…いったい、どうしたんだろうねぇ」 大将はくだらない話だとばかりに、何も言わずに店の奥へひっこんで黙々と作業を始め出した。 ―――なんだかね…あの様子みてると、来たばかりの頃のあの子を思い出してしまって…心配なんだよ―――… 一方のキョーコは、よれよれとした足取りで階段を昇って、部屋に入るなりぱたりと倒れこんだ。 「ふはあああああああああああああああ…」 ひどい疲労感にどっぷりと身をひたして、キョーコは空気が抜けて萎んでいくみたいに息を吐き切った。 ―――怖い…敦賀さんは、やっぱり怖い…っ 「っっっい…いやあああああ…」 蓮とのやり取りを思い出したキョーコは、途端にばくばくと拍動する心臓を抱え込んで、茹で上がらんばかりに顔を赤くして枕の下に頭を隠す。 なんでっあんなこと、さらっと言えるんだろう…! そうよ…!私はっ、敦賀さんに迫られると、どうしていいか分からなくなるんだわ…! 「…っ」 ―――もう…確実に、寿命が縮まっている気がする…心臓に悪すぎる…っ ―――昨日もずっと探してまわったけれど、砂浜にもロケバスの中にも局内にもコーンを見つけることはできなかった…
泣き疲れると、スイッチが切れたように眠りに落ちてしまうのは、どうしてなんだろう。
まるで、悲しい気持ちにそれ以上耐えられない自分を護るかのように。
深い、深い眠りに誘われていく―――
うつらうつらと舟を漕ぎ、座ったままの姿勢で眠り込んでいたキョーコは、揺すられて体を預けるようにくったりと蓮にもたれ掛かってきた。
熟睡しているのか、少々肩に振動があっても起きる気配はなかった。
「…最上さん?起きて?」
ふんわりと柔らかな密着に耐えかねて、蓮は仕方なく一旦そっとその場にキョーコの体を横たえた。
キョーコはラグの上ですぐに寝返りを打ち、居心地良さげに背中を丸めて、すやすやと眠りにおちる…
「まったく…」
呆れながら膝をついて、ベッドへ運んでやるために抱きかかえようとして、蓮はふとキョーコの顔を見つめた。
その頬は、砂ぼこりに白くくすんでいる。
そっと拭うようにして触れると、キョーコは心地よさげに寝息をもらした。
息の詰まるような愛おしさに、蓮は眼を眇めた。
―――この子は…頬の汚れにも気が付かないほど懸命に、小さな石を探して、どれだけ走り回っていたのだろう…
必死で探し続けて、疲れ果てているのだろう。何の反応も示さない。
―――何を、しようとしてるんだ…俺は…
起きてくれることを祈る理性と、このまま彼女に触れたいという欲求に揺れ動きながらも、華奢な肩口に唇を寄せる。その肌は、かすかに汗と砂と、潮の香りがした。
いや…起きるだろう?いくらなんでも…
だが、首筋の感触に少し身じろぎし、睫を揺らしただけで、なおも起きる様子は無い。
視線を上げれば、ふっくりとした唇が僅かに開くのが見えて…
「………ん…?」
「え…」
「海の味がする…」
「っ…?!」
あんな薄汚れた姿でぐーたら寝ているのを見られたうえに、そそそ、そんな…!
そんなキョーコを見上げるようにして、座ったままの蓮は平然と答えた。
「っーーーーー!!!」
つかの間の封印も虚しく、彼はにこやかに笑って言い切ったのだった。
ひいいいいいぃ…世にも恐ろしい…っぎゃああああっ…
おっ…恐ろしくて…っ絶対、言えない…
「はい…ただいま…帰り、ました…」
「ええ…まあ…」
「とりあえず早く体を休めなよ、今日も仕事に行く気なんだろ?」
「…はい…そうします…おかみさん、おやすみなさい…」
「おやすみ…しっかり眠るんだよ?」
ゆらありと、覇気の無い様子で店舗の奥へ去っていくのを見届けた女将は、入れ違いで店へでてきた大将に気が付くと心配そうに言った。
「………」
「昨日だって昼過ぎに一旦戻ってきてから学校へ行くって言ってたのに帰ってこなかったし…もしかして、仕事じゃなくて、彼氏と何かあったのかも」
「……あいつに、そんなものはいやしねぇだろ」
「そりゃあ、あんたの願望でしょうよ。噂を信じるわけじゃないけど、キョーコちゃんだって年頃の女の子なんだから彼氏の一人や二人…あの子の性格からして二人ってのはまずないだろうけどさ」
女将は、なおも心配そうに二階を仰いで、キョーコを思う。
なんとか誤魔化したけど、その後が収集付かなくなって…!
目を背けたいのに、釘付けにされてしまって背けられないほどの神々しい笑顔で…!
あの殺人的な輝きで、あんな事言われたら、どんな女性だって動揺せずにはいられないと思う…
さっき、送ってくれた車の中でも、私がどんな反応をするのか窺うような、艶のある視線で―――…
ぶんぶんと、思念を振りはらうように首をふって、キョーコはぐっと枕の端を握り締めた。
ああ、それよりも、コーンだわ…!
―――っコーン…!!
じわりと、目尻に涙がにじむ。
海辺で落としていたとしたら…砂浜の上にコーンを残してきてしまったとしたら。
あの強い風にさらされて、砂に埋まってしまって、もう探し出すのは困難かもしれない…そう思うと、いてもたってもいられなかった。
けれど、今日は早い時間からの仕事があるから、探しに行くのも叶わない。
コーン…ごめん…ね…きっと、見つけるから…
枕を抱きしめ、染み入っていく涙と一緒に、キョーコは再び眠りに落ちていった。
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