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4 ―――ちっくしょ…どこ、いったんだよ… 「尚、そろそろ時間よ」 溜め息ばかりつきながら、キョーコは仕事へ向かう。 「えっ…ええええええ!!!?っ敦賀さん、これ…!」 こ、コーン…!? 目を凝らしてみて、すぐに気が付く。 いいえ…違う… 「最上さん?」 潤んだ瞳で、蒼い石を朝の日差しに傾ける彼女。
―――暗い…何処だ、ここは…
ゆっくりと視線を上げてみると、行く手を塞ぐかのように、鬱蒼とした木々の枝が伸びて視界を遮っている。
静寂と、心に潜む少しの恐れ。
この感覚には、覚えが、ある。
俺は…ここで何をしている?
軽く頭を振るとくらりと眩暈がしたがなんとか思い出す事ができた。
ああ、そうだ。俺は、キョーコを探しにきたんだ。
あいつ、またいつの間にかいなくなって…あいつは、母親が帰ってくるたびに喜んで、そうしてまたどこかで隠れて泣くんだ…
それで、俺は、またあいつを探してる。
別に探したからといって、なぐさめるつもりなんてない。
だけど、あいつがどこで泣いているのかをいつも俺は知っていた。
いや、知っていたんじゃない。こうして探していたんだ。
そうせずにはいられない気まずさというか、義務感というか…なんとも言えない重苦しい気持ちに包まれるから―――…
大抵はあいつの行動に予測がついてすぐに居場所を把握できるのに。
いつからか、どうしても見つけられないことが増えてきていた。
家にはいなかった。
近くの公園にも、どこにも。
それなら、どこへ?
こんな森の中へ来るだろうか?
あいつなら来るかもしれない。
誰にも見つからない場所で、ひとりで泣くために。
母親に受け入れてもらえずにいる自分を責めるために、自分を…その存在を消し去るために―――…
そうして、最悪の事態が頭をよぎる…あいつに限ってそんな事はしないとは思いながらも不安に苛まれる。
見つけられない焦燥感に突き動かされて、暗い木立ちの間をを縫うようにして走る。
息が切れて、喘ぐように呼吸をしながら。馬鹿みたいに必死になっている自分を顧みる余裕もないほどに。ただ、キョーコの泣き顔ばかりが胸を占めていた。
「!…っキョーコ!!」
俯いて歩いているキョーコを見つけ、思わず、声をかけてしまってからはっとする。
こんな必死な姿をキョーコに見られるのは不本意だ。
なんとか息を整えてから、その小さな背中に近寄り問いかける。
「おまえ…どこ行く気だよ?」
「…………」
返答はない。
「おい?」
「わたしに…何の用?」
「え…」
「何も出来ないなら、ほうっておいて」
振り向いたキョーコは、幼い頃の姿ではなかった。
冷えた眼差しで、軽蔑したようにこっちを見る。小さな頃の面影など無い。
俺は、何かを、キョーコに伝えなければいけないのに、
やはりこのときも、それを口に出す事は出来なかった。
そして、現実に、引き戻される。
浅い眠りは、碌な夢を見せない。
尚は、軽く舌打ちをしてごろりと寝返りを打つ。
むっすりと黙り込んで不機嫌そうなのは睡眠不足のせいだけではないと思い、祥子はさらりと尚の髪を撫でて言った。
「尚、いい加減機嫌直して起きなさい?」
「…あの話は嫌だって言っただろ?どうして請けてきちまったんだよ」
ふて腐れて、尚はそっぽを向く。
祥子は子供みたいな仕草をちょっと可愛いと感じながら彼を宥める。
「仕方ないでしょう?先方の機嫌を損ねるわけにはいかないもの」
映画の主題歌にするための新曲を依頼されたのは昨日の事。
映画の内容をイメージした曲を作るのは、あまり気乗りするものではないが別段苦になるというわけでもなかった。
望まれるものを作れる自信はあったし、その映画でのゲスト出演もミュージシャンとしてであって役者としての要素は薄かったからそう悪いものでもない。
まあやってもいいか、と妥協していたところへ、その映画の主演相手がキョーコであると聞いて…もともと少なかった意欲は半減した。
さっき見た夢も、それに影響を受けているのは間違いない。
「悪いけど尚?これはもう決まった話なの」
「―――キョーコは…あいつは、きっと、この仕事を断るだろ」
「キョーコちゃんが?まさか。こんないい配役、断るはずないわ」
「ねえよ。ぜってぇ、断る」
復讐にしても、のし上がるための踏み台としても。
あいつにはもう、俺と仕事をする意味がない。
それどころか、極力接触を避けてくるだろう。
病院以来、面と向かって顔を合わせたことなんかない。
キョーコを階段下で見かけたあのときが、久方ぶりの再会だったのだから。
「くす…なあに?キョーコちゃんと一緒に仕事したくないわけ?」
「…祥子さん」
「え?」
「いや…なんでもねぇ…」
あんな拾い物ひとつも、どう対処しようか迷うなんて…どうかしている。
別に、迷う事なんか何もない。
さっさと、返してしまえばいい。それだけのはずだ。
「はあああああああぁあぁ」
幾日経っても依然としてコーンは見つからず、キョーコの心はコーンの行方にとらわれたままだった。
だるまやを数歩離れたところで、ぴたと足を止める。
「コーン…」
おもむろに瞳を閉じて、祈るように手を組み合わせる。
そうして強く、強く願う。それはもう、怪しげなオーラが立ちのぼるほどに強く念じる…が…
「なーんて、出てきて、くれるわけないよね…」
それでも期待を込めて、そっ、と視線を上げるキョーコ。
「最上さん?」
「ひゃああっ!」
後ろから急に声をかけられて、過剰に驚く。
「…そんな事しててもコーンは現れないと思うけど」
「な、何のことですかっ」
「わかりやすい…」
見透かしたようにくすくす笑われ、キョーコは赤くなりむうっと口をとがらせた。
「…っ何がです」
どうにも誤魔化しようも無く、夢見がちな自分を見られたことを密かに恥らっているキョーコに、蓮はくすくすと笑う。
「まあ、いいけど。君らしくて」
「敦賀さん…?」
「ん?」
「なんでここにいるんですか?」
「俺がここに来る用っていったら君に会いに来る以外何がある?」
それはそうだけど…
ここはキョーコの下宿先、だるまや店舗付近。
出掛けにメルヘンな行動をしているのを誰かに見られるような時間帯でもない。閑散とした静かな早朝。
だから、不思議なんじゃない…
「これを渡そうと思って。早く君に届けてあげたかったから」
「へ……?」
「手、出して?」
素直に手のひらをさしだすと、その上に何か小さい欠片がのせられた…
暫し、思考停止するキョーコ。
よく見ると、形も大きさも違っている。
だけど、これって…!
コーンのくれた石とよく似ている。同じ質感の蒼い石…
「君の持っていた石とたぶん同じ種類だと思うよ。だけど、これがあの石のかわりにはなるとは思ってない」
「え…」
「これはね、俺が今の君が抱えてる悲しみを半減させるためにあげるんだから」
「敦賀さん…」
「あの石を見つけるまで、君の心の支えになればいいけど」
キョーコにそう告げつつも、蓮は思う。
あの頃の自分は…「コーン」はもういない。
海で失くしたというあの石が、彼女の手に戻ってくる可能性は少ないだろう。あのとき彼女に渡した石が、この世から消滅したものと同じであるなら、いっそうの事もう彼女の中の「コーン」が戻ってこなければ…自分にとっては好都合だ。
すり替わってしまえば、いい。
綺麗な想い出も、なにもかも全部、今の自分が塗り替えてしまえれば、いいんだ―――…
「は…はい…」
「…光に、かざして?」
その頬が淡く染まり、やがてこちらにむかって微笑を投げ掛ける。
幾度でも魔法にかけられるその純粋な輝きに、蓮はもう一度微笑み返したのだった。
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