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6 ―――ああ、もっと詳しい話を聞きたかったのに… …新しいお仕事って映画だったのかな。 マンションの扉を開けて、蓮は息をのむ。
椹は多くは話してくれなかったし、仕事に行く時間も差し迫っていたのでキョーコは泣く泣く追求を中断して来たのだが…気になって、ドラマのロケ地でもそわそわと落ち着かなかった。
そうして、居てもたってもいられず撮影の合間に電話をかけてみるけれど。
―――モー子さん、電話に出てくれない…
何度かけても延々呼び出し音が流れるだけだった。
溜め息をついて電話を閉じた途端の着信。
え、社長…?な、なんだろう…
「は、はい…」
「おー、やっと出たな?何度かけても話し中だったが」
「あっ、あの社長!モー…っ琴南さんの件は…」
「ん?ラブミー部の話か?なんだ、あいつだけ卒業させた事、まだ根にもってんのか?」
「え…」
もしかして、モー子さんのことはまだ社長の耳には届いてないのかな…
「い、いえ、それはもういいんです。あの、どんなご用件でしょう…」
「ああ、椹から聞いてると思うが今度の映画の件でな」
「あ…」
モー子さんのことを聞き出すのに全身全霊をかけてしまったものだから、すっかり聞くの忘れてた。
「え、映画ですか」
「やるんだろ?準主役だしな」
「ええええ!!ほ、本当ですかっ」
「なんだ?まだ聞いてなかったのか?いいか?これは決定事項だからな」
「?いいですけど…なんでそんな念を押すんですか。もしかして、なんか曰く付きのとんでもない役柄なんですか?」
私にまわって来る役なんて所詮そんなものよね…
「いーや?まっとうなヒロイン役らしいが?俳優陣もスタッフも最高だぞ?ま、仕事に私情なんかはさまないよな?おまえはプロ女優だもんなぁ?」
「は…?はあ…そうなりたいですが」
言い含めるような社長の口ぶりに、ますます訝しむ。
な、なにが、あるのかしら?
「よしよし、ならいいんだ。それじゃあな」
「えっ、な、なんなんですか…」
なんか、わけのわからない電話…
私がどうして断ると思うのかしら…?
わざわざそんなことを確認するために電話してくるなんて…
「…暇なのかしらね、社長」
とりあえず、ちゃんと仕事内容を聞いてみよう。
椹に電話をかけようとしたそのとき、また着信があった。
「あっ…!」
―――モー子さんだ!
「もっ、もしもしっ!」
凄い速さで電話に出ると、呆れ声が耳に響いた。
「なによ?着信記録、あんたの名前で満載だったわよ…ストーカー並!やめてよね!」
「ごめんねモー子さん、でも、どうしても…本当の事なのか確認したくって…」
「何がよ?」
「その…モー子さんがLMEやめるって…」
「椹さんが喋ったのね…しょうがない人ね」
「私が無理矢理聞きだしたの。ね、そうなの?モー子さん」
「…引き抜きの話が来てるのよ」
「え…っ」
一瞬、農作業姿の奏江がゴボウを引っこ抜いてる画がキョーコの脳裏に浮かんだが、すぐに我に返ってその妄想を振り払った。
キョーコは受話器を持ち直し、慌てて奏江に訊ねる。
「引き抜きって…そ、そんなの、もちろん断るんだよね?モー子さん?」
「当然、事務所にはそんなこと言ってないわ。辞めたいとしかね。だから引き止められてる。社長にはまだ伝えないから考え直してくれって」
「………」
「でももうすぐ契約期間の更新期限がくるし、継続しなければ契約違反にもならない。この機会を逃したら…次はいつになるか分からないから」
「ど、どうして?!だって、あんなに頑張ってLMEに入ったんのに。
モー子さんはラブミー部だって卒業してるしなんの問題もないじゃない…どうして、急にそんなこと言うの…」
「あんた、私の家の状況、知ってんでしょ。私は…女優としての仕事だけで今以上の収入が得られるならこだわりなんてない…その上、自分の望む仕事が貰えるっていうんなら、余計に心が揺らぐのは当然でしょ」
「…モー子さん、でも」
LMEはアカトキと芸能界を二分するとも言われる程、大きな芸能プロダクションだ。
そのLMEをやめていったいどこの事務所に所属するつもりなんだろう…
「ね、もう少し待ったら…」
「今、決断しないとならないの。チャンス、なんだと思う」
「モー子さん…」
「アンタに心配させるの分かってたから、言いたく無かったのよ…もう少し、時間をもらって考えてみてから決めるけど、たぶん…来年の今頃には、日本にはいないと思う」
「モ、モー子さん…?!」
突然の奏江の決意は、キョーコの思っていたものよりも遥かに思いがけないものだった―――
「…っ?!」
空気が、どんよりとしている…視線を落せば、そこには玄関先で両手を握り締めて、うずくまっているキョーコがいた。
「どうした?こんなところで」
「敦賀さん…」
「電気くらいつけないと」
「………」
「ほら、とりあえず靴脱いで」
よいしょとばかりにキョーコを抱え上げ、その足から靴を攫い、奥の部屋へ運び入れる。ソファに座らせてやると、キョーコは色の無い瞳で手元を見つめて小さな声で呟いた。
「私、わがままでしょうか…」
「わがまま?どうして?」
「友達が、たぶん、すごく大きな一歩を踏み出そうとしてるのに、心の底から喜んであげられないんです…」
「それは、なぜ?」
「それぞれの道があるってわかってるのに…同じスタートで、同じように一緒に道を歩いていけるような気になっていたんです。嬉しい時も苦しい時もいつでも分かり合えるような、そんな距離でずっといたくて…でも、そんな気持ち、私だけで…相談もなく離れていってしまうのは仕方ない事なのに…敦賀さん…どうしたら、私…」
キョーコは、膝を抱えて悲しげに瞳をふせる。
「どうしたら、こんな気持ちを捨てられるんでしょうか」
目を閉じ、涙を隠しながら、心の中を整えようと自分の感情を見つめてみる。
ひとつだけ。とても、強い感情が胸を占めている。
「すごく、さみしい…」
消え入りそうな声でそう言ったキョーコの隣に座り、片腕をのばして、蓮はキョーコの頭を優しく胸に引き寄せた。
そうして暫くの間黙ってキョーコの哀しみに寄り添う。
穏やかに抱きしめられながら、温もりの中でキョーコは奏江の事を思い続ける。
―――モー子さん…
どこへいくことになっても…応援するから…
だから…心配なんて、しないでいいんだよ―――
―――髪を撫ぜてくれる手が温かくて心地よくて沈んだ気持ちをさらっていくようで…大きな体に包まれ、頭を撫でられていると、自分の輪郭がなくなってしまうような安堵感に包まれていく。
そのまま溶けてなくなってしまわないよう、深く呼吸をしてから、キョーコは手の中の蒼い石を蓮に差し出した。
「…この石、やっぱり、敦賀さんが、持っていて下さい」
「え?」
「効力が、増すみたいなんです。敦賀さんがそばにいると」
蓮は、くすくすと笑う。
「相乗効果があるのかな。いいから持っていて?効力を増やしたい時に持ってきてくれればいいから」
「っ…なんか馬鹿にしてますね?!」
「いいや?全然?」
「その顔…明らかに私の言う事を信じてないじゃないですか!」
なんだか腹立たしくて、腕から逃れようともがく。
蓮はそんなキョーコの抵抗を物ともせずに笑みを大きくして言った。
「そんなことないよ。どういう効果が最上さんにあったのかと考えたらね」
「え…」
「嬉しくないはず、ないだろう?」
甘い眼差しに、自然と、頬が緩んでしまう…
キョーコは観念したように体の力を抜いた。
悲しみを吸い取ってくれるのは、コーンのくれた石だけだ。
だけど、それ以上に、敦賀さんの腕は私に安らぎを与えてくれる。
それは、とても確かで不思議な感覚。
そっと、顔を見上げる。
「敦賀さんって、睫、長いですね」
「そうかな」
唇も、艶があって、なんて綺麗なんだろう。なんだか目の前にいるのが奇跡みたいで…男の人なのに、どうしてこんなに美し…
「最上さん?」
「はっ…」
「そんな顔してると…」
「いえっ!違います!誘ってません!」
「そんな言う前から否定しなくても」
笑って、おでこに口づける。
「君に誘う気が無くても」
唇の近さに、目を閉じる。
「誘われる…」
囁きが、消える。
あとは、自分の心臓の音しか聞こえなかった―――
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