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8 時間の流れと同じで。 いまだにラブミー部員で、マネージャーの付いていないキョーコは、その業務も自分でやらなければならなかったから、この日も打ち合わせに本人自ら出向き、そのまま撮影に向かう。 ―――ああ…この仕事、ほんんんんっと請けたくなかったわ… 立場上、決定事項で選択の余地は無いと告げられては断りようも無い。 集まった人と個々に挨拶を交わす。彼らとはもう幾度か顔を合わせているが、今日はこの日初めて加わる女性がいた。 「…あいつ、また無茶なんかしてませんか」 「元気よ…心配?」 「全っ然!祥子さんにいまだに迷惑かけてるのかと、ほんのちょっと気になっただけです」 「はふうぅ…」 社長が念を押したのが、分かる気がする。 すれ違いざま肩をぽんとはたき、にこやかにキョーコに声をかけてくる。主役である今売り出し中の若手俳優。演技力には定評がある彼の相手役に抜擢されたのがキョーコだった。 ―――ああ、こんなに順調かつ円滑な撮影風景は初めて…なんて理想的なのかしら。 それなのに…っ 今日は…今日はとうとう、主役の弟役として… ヤツが…!!!ヤツがくるわ!! り、臨戦態勢!? 念を押しされた、もう一つの原因。うっすらと、私とショータローの関係を知っているらしい社長。あの口ぶりだと、私がヤツとの共演を嫌がるのを分かっていたのかもしれない… ホントに。 「宜しくお願いします」 「おー頼むぞー」 「……」 ―――視線合わせないようにしとけば大丈夫よきっと。 「キョーコ」 「っっっ!?」 「おい…見えてないふりすんな!」 「………」 「つーか…おまえ…なに精根尽き果てたようなツラしてんだよ」 「…………それはたぶん、今あんたの顔見たからよ…」 なんともいえない最悪の気分に襲われる。キョーコは心底落ち込んでしまった。 「ツイてない…こんなハッピーな職場でこれ以上見たくも無い顔はないのに…」 「なあ、こないだおまえ、これ…」 ぶつぶつと愚痴るキョーコを気に止めず、ごく普通に側へ寄ってきた尚に、キョーコは、びしっと指を突き立てる。 「これ以上近付かないでよね!」 「あ?近付かなきゃ見せらんねーだろうが」 「な、なな何を見せるっていうのよ…っ」 ずんずんとこちらへ足を進める尚に慄いて、キョーコはじりじりと後退する。 「ほら!これ!おまえんだろーが!」 即座に尚がすっと腕を引っ込めたので、その手はすかっと空を切る。キョーコは、ばっと身を返し、尚をぎりっと睨むと戦闘態勢に入って叫び声をあげた。 「どうしてそれ…!あんたがっ?!」 ずっと探し続けていた…あんな奴の所にあったなんて…!!どうして…っ? 『へっ、返してくださいって、跪いてお願いしてみろよ』 とか、言うに違いないわ! くっ…言われる前にやってやるんだから… 「っか、かえしてくださ」 覚悟を決めて土下座しかけたキョーコに、尚は実にあっさりとそれを差し出したのだった。 「へっ?」 キョーコは立て膝をついたまま両手をすくうように差し出し、それを尚から受け取った。そうして、胸に震えを感じながら、ぱくんと、がま口を開いて中を確認する。 「…!」 以前の輝きのまま、きちんと納まっている。大切な蒼い石。 ―――良かった…コーン!帰ってきてくれた…! 「どうして、あんたがこれを…」 「この間…スタジオ行く途中の廊下で、アホみたいにへこへこ挨拶してるヤツがいると思って見てみたらおまえだった。その時、それが落ちたのが見えた」 「…あ…ありがとう…っ」 「………」 「よかったっ…戻ってきてくれて、本当に、よかった…!」 「…ソレ、そんなに大事だったのか?」 キョーコはいつになく素直に頷いて、さも大切そうに手の内を見つめた。 「…何でそんなに大事なんだよ?」 「何でって…べ、別に、いいじゃない!あんたにそんなの関係ないでしょ!」 「そんな石ころ用に、わざわざ入れモンまで作るくらいだから、相当入れ込んでんだろ」 「石ころって…あ、あんた!勝手に中見たわね?!なんてデリカシーが無いの!そんな人間に教える理由なんてないわ!」 「アホか!今だって丸々見えてんだろーがっ。だいたい、俺は拾ってしかも届けてやったんだぞ、それくらいは話すのが筋だろが!さてはそれ…あの色ボケ男に、関係あるものなんだろ?」 「はっ??色ボケって…?」 「決まってんだろ、奴だ」 「奴…」 「他にいるかアホ!敦賀蓮だよ!」 「違うわよ!もっと、ずっと昔の…大切な思い出で…」 キョーコは過去を思い返しながら石を見つめる。 「おまえ…あいつの性悪見えてねぇな…ああいう男はなぁ博愛主義に見えても実際自分の都合を最優先するような人間なんだぞ」 「んなっ、なんですってぇ!!分かったような事言わないでよね!敦賀さんの事あんたがどうこう言う権利なんてないんだから!敦賀さんはね、あんたなんかと違ってそりゃああストイックで紳士的で」 蓮を褒め称えだしたキョーコに辟易し、尚は会話をさっさと打ち捨てる。尚にしては珍しい気遣いを見せていたが、腹を立て、躍起になって蓮の擁護をしているキョーコはそれに気付かない。 騒がしくがなりたてるキョーコを放っておいて、尚は自らの顎に手をやり考え込んだ。 敦賀に関係ないのだとしたら、心当たりは限られてくる。 ―――あのときに関係あるのかもしれない… 「おまえ、どこいってた?」 「はっ?」 「時々、どこかへいなくなってただろう。誰かと会ってたのか?」 「何よやぶからぼうに。何言ってんのよ?何の話?」 「ガキんときの話だよ!いなくなってたじゃねーか、時々!」 「はぁああ?…なんで、そんなこと今更聞くのよ?」 ―――こいつが私がいないことに気付いていたなんて。 「もしかして…その石、それとなんか関係あるんじゃねーのか?」 「………………………違うわよ」 「そうか、関係あるんだな?」 「あんた…耳悪いんじゃない?! 違 う って言ってんのよ!」 「勝手に嘘とか決めないでくれる?!」 「誰かにもらったんだろ?」 「ちょっ、聞きなさいよっ話進めないでくれない?!だいたい、そんなこと聞いてどうしようっていうのよ!」 「おーーーい?そろそろ二人の世界から戻ってこーい?始めんぞー?」 監督に呼ばれて、はっとする。 「す、すみません!あ、あんたのせいで迷惑かけちゃったじゃない!和を乱さないでよね!」 「…俺だけのせいかよおい」
キョーコの意思なんてはかないものだ。
詳細を知るにつれて、キョーコは社長の電話の意味を知る。
断るすべもなく、然るべき手順を経て、映画の撮りは速やかに進められていた。
久しぶりに目の当たりにしたナイスバディな打ち合わせ相手を前に、キョーコはぼそりと訊ねた。
倒れたと聞いて病院に行ったとき、この世界から消えてしまったのかと思った、あのときの喪失感が忘れられないだけで、今のあいつの状況に興味なんてない。
一時でも同じ時間を過ごしてきた人間が、いきなりいなくなったりしたらそれがあいつじゃなくったってうろたえるはずだ…
ちゃんと生きて生活しているならそれでいい。それだけのことだ。
そして、それ以外の事なんて、思い出したくも無い―――
「暗い顔ね…?キョーコちゃん、そんなに嫌ならどうして断らなかったの?」
「それは…断りたくても、断れなかったんです…」
「そう、まあ私達も同じようなものかも…なんだか、似てるわね」
「なにがですか?」
「あなたと尚」
「…はっ?」
ななな、なにを言い出すのかしらこの人はっ…!
「やっぱり幼馴染って、どこかそういうところがあるのかしらね」
「待って下さい…!私のどこがどうヤツと似てるっていうんですか…!」
「うーん、どこがって言われるとどう言っていいかわからないんだけど。なんていうか…感情の起伏とか行動パターンとか?」
「祥子さん…?私への嫌がらせはこの辺で終わりにして、本題に入りませんか…」
「嫌がらせ…?」
そんな事を言ったつもりは微塵もないのだけれど。キョーコの鬱々とした顔を見て祥子は慌てて話題を切り替えたのだった。
絶対ステップアップできる。この面子であれば。
確実に、俳優としてのスキルは上がるに違いない。
「キョーコ、今日もがんばろなー」
現場にさらりと馴染んで、一緒に演じていてなんの違和感も無く、役に入り込める。共演者も彼のムードにひっぱられるように自然と生き生きしてみえた。
スタッフも監督も、以前から共に仕事をしてきた仲で実に雰囲気が良い。役者にとっても、彼らと仕事をするれば確実に好い作品が作れると分かっていたから、この映画に出演するのはとても望ましいことだった。
自分の役者としての自信に繋がるこの好機を、断るほうがどうかしている。
「不破さん、到着しましたー」
い、いいえ!構うもんですか!
普通にしてればいいのよ!普通に!
意識する方がおかしいわ!
別に。関係ない。ショータローがどうだろうが。
「やーん!不破くんかっこいいいー」
「楽しみだったんだよな、生歌聴けるの」
「ま、いつもどーりやってくれればいいからー」
だいたい、偉そうよね!遅れてくるなんて!社会人の風上にもおけないわ!
―――なんでまっすぐこっちくんのよ…っ!しっ、しっ!
ここはさりげなく、目を合わせないようにして…
「!!!!!!?」
驚きで口を大きく開け、頭をぶん殴られたような衝撃に目を見開く。言葉も出せないまま、キョーコは尚の手に飛び掛かった。
いいえ、今は取り返すことを考えなくちゃ…
こいつのことだからきっと、
まだその方が屈辱も軽減されるってものよ…!
「おまえのだろ、これ」
「ほら、手ぇ出せ」
キョーコは金具を閉めなおすと、ほうっと息をついてぎゅっと握り締める。
尚は、淡々と告げる。が、キョーコが自分に向かって深く頭を下げ、なお感極まった声で礼を言うのを見て、目を瞠った。
嬉しさに頬を紅潮させて微笑むキョーコを、こんなに近くで見たのは…いったいどれくらい前のことだろう。
「……うん…」
尚はキョーコの手元を覗き込む。
―――俺に、そんな顔で礼が言えるほどに…?
それほどまでに、キョーコが想いを込めている理由が、知りたい。
―――まあ、たぶんどうせ…こいつのことだから…
…コーンのことを、ショータローに話す気にはなれない。
こいつに私とコーンとが過ごした大切な時間を、知られたくないもの。
絶対に…
「…っていうか!!敦賀さんを、あんたと一緒にしないでよ!いつも色ボケてんのはあんたの方でしょーが!!」
「ああ、そーかよ…せいぜい盲目ってろ。ま、悪かったな、忙しくて返すのが遅くなって。そんな大事なんだったらもう落すなよ」
―――空白の時間、自分の知らないキョーコ…
思い当たるのは、上京したあとか、遠い昔のことだ。
上京したときは暫く一緒に住んでいたからそこまで何か入れ込むようなことがあれば分かっただろう…あの頃の自分はキョーコを気にかけることがあまりなかったが、何か自分の事以外に入れ込んでいるような様子はなかった、と、思う。
それよりも考えられるのは、キョーコが、母親の事で度々辛い想いをしていた幼い頃だ。
自分が探し出せなかった場所で。キョーコが過ごした時間。
何とはなしに気になっていたのは、そんなときに帰ってきたキョーコがいつも元通りのほわほわした元気さを取り戻していたことだった。
実のところ、小さい頃から私がすることには感心なさげで、私の動向まで気にかけるようには見えなかったから。
尚の問いかけに少々面食らうキョーコ。尚はキョーコの手元をとん、と指差し、さらに重ねて訊ねる。
キョーコは苛立って、眼前の男を睨み上げる。
「嘘だろ」
「知りたいんだよ!おまえが、執着するものは全部!」
覆い被せる様にして声を荒げる尚に、キョーコは眉を顰め、理解しがたいといった顔をした。
「………馬鹿じゃないの?」
何を今さら、そんなことでむきになる必要があるの?
呆れたようにぽつりと吐き捨てるキョーコを、尚は強い眼差しで見つめた。言葉を続けようと、口を開きかけたそのとき。
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