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雫雨の覚醒 9 天国か地獄









撮影が終わったあと、誰もいない休憩所で一人あらためて喜びを噛みしめながら、キョーコは二つの青い石をそっと取り出す。

テーブルに並べ比べてみると、とてもよく似ていると思っていた青い石は、やはりコーンとは違う石だとわかる。


おもむろに、コーンの方を手のひらに乗せ、包み込んでみる。

ああ…この感じ―――…

なんて落ち着くの…

やっぱり…コーンに勝てる子なんて他に無いのかしら…


ほうっと、何日かぶんの息をつく。

ああ、もぉおう!!コーン、あんな男の手を借りてでも戻ってくるなんて!

なんてっミラクルな子!

「よく、戻ってきてくれたわ…コーン…!」

感極まってぎゅうと握り締めていると頭上から声がして、テーブルに伸ばされた手が視界に入った。

「…おまえ、石の収集趣味なんかあったか?」

「っ?!あっ、あんた、まだいたの?もう今日の役目は無いでしょ、さっさと帰んなさいよ!」

猛然とふり仰ぎ、尚の指先につまみあげかけられたもう一つの青い石をキョーコはふんぬっと奪い返す。

「いやっちょっと!さわらないでよね!」

「………」

キョーコに物凄い顔で睨みつけられて、すぐに気が付く。
馬鹿らしいと感じながら、尚は冷めた視線を返した。

「ああ、ヤツにもらったのは、そっちかよ」

おおかた無くなったと大騒ぎしてるキョーコをなだめる為にあの男が見繕ったんだろう。

「本物は、俺が見つけてやったのになぁ?」

「見つけてやった?!あんたが持ってたせいで私がどれだけ探し回ったとおもってるのよ?!」

「ほぉう…そんな事言っていいのか?」

「な、何よ」

いびり顔の尚に警戒しながら更に睨みつけるキョーコに、尚はぐいと近付く。

「あいつに…言ってやろうか?俺が見つけたって教えてやったらどんなツラするか」

「?!」

苛立ちながらも、キョーコはじりりとしながら尚の次の言葉を待つ。

それをネタにゆすったりたかったりさげずんだりおとしめたりそのいずれかをこいつは確実にする!
何かしら無理難題をふっかけてくるに違いない…!

油断無く気を張り巡らせているキョーコを、尚はじっと見ている。
さっきまで浮かべていた薄笑いも消えていて表情を見る限りでは何を考えているのか分からない。
が、やがて、すっと目をそらした。同時にその唇が、静かに動く。

「言わねーよ」

はっ…?!

肩すかしをくらって、キョーコの目が点になる。

「その石。返すのが遅くなったのは悪かった。忙しくてなかなか返せなかったんだ。おまえが必死になって探したのはよく分かってる。すまなかった」

「っ…?」

な、なに…?どうしたの?なんか、変…

「どんなヤツだ?」

「は…?」

「拾った方の石をおまえにやったヤツ」

「な、なんで、そんなこと聞くのよ…」

「どこのどんな人間か、敦賀には話したのか?」

「コーンは、人間じゃないわ!」

「つっかかるのはそこかよ…ああ、じゃあどこぞの王子かなんかか」

「明らかに馬鹿にしてるわね…あんた…」

「おまえが教えねーから言いそうな事言っただけだろが」

「今初めて聞かれた上に話す必要もないでしょう!!」

「…まあいい。じゃな」

「は?あ、ちょ、ちょっと?!」

話の途中であっさりひきさがられてしまった。
実に理解しがたく、追う気にもなれなくて、尚の後ろ姿を見送る形になったキョーコだったが、もやもやとした気持ちの悪さが後に残った。

―――あいつ…またおかしくなってる…

いつもの性悪かと思えば、気味が悪いくらい素直だったり…反応がころころ変わるのもあいつらしくない。

しかも…!

あの男…!!

「すまなかった」って言った…!?

あ の 男 が、こ の 私 に す ま な か っ た っ て …!!

あいつが、本気で謝るなんて!ありえない!!

「ああ…絶対、何か悪い事の起きる前触れに違いないわ…」


―――だめ…なんだか、どっと疲れてきた…もう、帰ろう…

 

このあとは敦賀さんのマンションへ寄って夕食を作ったらすみやかにだるまやへ帰る予定だ。

そう。夕食を作るだけ。

それ以外の事は、何も考えないように。

でないと…敦賀さんの顔を見ただけで、へりょへりょになってしまいそうだから。

―――はい。己の邪念を封印し、魔王光臨防御に全霊をかけます…

宣誓も弱々しく、のたのたとカバンを肩に掛けたところで、手にコーンを握り締めたままなのに気が付く。

そうだ、コーンが戻ってきたんだもの。
敦賀さんに話そう。
もちろん、天変地異並に変なショータローのとこは省いて。
そうそう!最強パワーストーンがこの手に二つもあるんだから、悪い事なんて起きっこないわよ!

「きちっとしまっとこ……ん?」

これは、コーン。もうひとつ、敦賀さんがくれた方は…

「…………っ!!」

やだっ私、テーブルの上に置いたままにしてきたの!?

振り返り、テーブルまわりを確認する。

嘘…っ

無い?!

敦賀さんに貰った石が…!!


「っどうしよう…」


コーンを失くした時同様、真っ青になってそこらじゅうを探したが、青い石は見つからなかった。

 

あああああ…馬鹿!私の馬鹿!!どうして同じ過ちを二度もするの?!どうしてなくしたりなんて!!っ嫌ああ…やっぱりあいつが謝るなんてろくなことじゃなかったんだわ、不吉の前触れだったのよ―――!!!














「最上さん…今度は何があった?」

今日は、なんだか来てからずっと落ち着きが無い。


「何か困った事でも?」

 

 

心配そうに蓮が顔を近付けると、キョーコはぎくりとして目をおよおよと泳がせた。

 

「っ…あの…」

言いたい事と、言えないことが交錯し、言葉につまる。

石…!見つかったって、言いたい…!

コーンが手元に戻ってきた喜びを、敦賀さんに聞いて欲しい。
だけど…見つかった事を、うかつには話せない。
コーンをショータローが見つけたなんて敦賀さんに言いたくない!
その上…!敦賀さんがくれた石を失くしたなんて!
あああ、自分の管理の甘さを、悔やんでも悔やみきれない~!

「…っ」

「どうした?」

言えない…でも何かの拍子で、本当のことがばれたときを考えると…すごく、怖い。
ショータローのことだからあんな口約束を守る確証もない。
いつばらされるかびくびくするよりは、話してしまったほうが安心できるのに、どうしても話すことができなかった。

―――だって…もし、話したら、今度こそ、嫌われてしまうかもしれない…


「最上さん?」

「っいえ!なにもないです!っそうだ、これ見てください…敦賀さんに頂いた石用に新しく作ったんですよ」

咄嗟に、もらった石用に新しく新調したポチがま口を見せて、笑う。中に入っているのは、コーンだ。
もちろん、中は見せられない…

…コーンを失くして悲しんでる私を一番心配してくれたのは敦賀さんだ。

気持ちが軽くなるようにとくれた石は、コーンがない間、私を癒してくれた。
今もとても大切に思ってる。
それを心から信じてもらうには、どうやって言えば一番いいんだろう。

「大事に、しますね…?」

どうしていいか分からなくて付いた嘘と敦賀さんの微笑みが、胸に痛い。

―――ああ、コーン一つで嘘を突き通せる自信、無い…

絶対、見つけなくちゃ…

気は向かないけど、あの時あの場にいたショータローにも聞いて―――…

と、いうかむしろ、あれだけ探しても見つからなかったから、あの男が持ってったんじゃないかという疑念も湧いてくる。
けれども、ショータローが持って行く理由がさっぱり思い当たらない。
私を困らせるためだとしてもあの男がそんなはっきりしない事をするとは思えない。
アイツなら、絶対、もっと単刀直入、明白な言動で嫌がらせしてくるはず。

―――でも…あのときのショータローは、何を考えているのか全く分からなかった。

なにか、予測に反した行動をしていてもおかしくなさそうだもの…でも、なんだか、あいつにそんなコトを聞くの、気が進まない―――…






 

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