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雫雨の覚醒 10 靄を追う雲



10 





―――あの石がキョーコの心を捕らえている理由が知りたい。

キョーコが心を寄せている青い石は、過去のキョーコを知る為の鍵だと直感していた。

―――どうやら、あの男に貰った石よりも、思い入れは強そうだ。

それがなおさら、興味をひいた。

何か、肝心なことが…知るべきことがそこにあるように思えた。

 

消えかけていた何かが、ふつふつと湧き上がる。

どこから崩していけば、あの頃の「キョーコ」にたどり着くのだろう―――…













悪い癖というものは、なかなか抜けないものだ。
時折、それが地雷を踏むはめになっても、まったく懲りないし気が付きもしない。
自己陶酔が、今回それにあてかまるのかどうかは定かではないが…


「きゃーー不破くーん!!」

きゃあきゃあと、エキストラすらも自分に群がるのはどこででも同じだ。
かわすのにも慣れ、いつもなら別段気にかけることも無いが、ふいに軽薄で自慢げな声が耳に届いてその内容に思わず足を止めた。
「まさかクラスメートが二人も芸能界入りするなんてぇ~あたし実はぁ最上さんとぉ結構仲良しだったんですよぉ」

尚はくるりと振り向くと、自称キョーコのクラスメートをじっと見つめた。
隣のエキストラと談笑していたが、見られているのに気が付いて一気に顔を赤らめる。

「え…あっ!きゃあああ、目、目が合っちゃっ…」

こんなやつ、いたか?本当に、同級生か?まったく記憶にない。
顔も分からなければ、当然口をきいた事も無い、と思う。
自分の本名までばらされてはたまったものではないが、そんな考えはその時にはまったく思い浮かびもしなかった。

「ああ、あの、私っ、不破くんのファンなんです~」

「ね、さっき言ってた、クラスメートとかいうの…」

「あっ、もしかして、私の事覚えていてくれた?やだっ、転校で少しの間しか一緒のクラスにいられなかったのにすごい感激~!」

いや、さっぱりわかんねーから。

―――とりあえず、聞くだけ、聞いてみるか…

中学までのキョーコの事は、おそらく誰よりも自分が知っているだろう。
第三者に聞くなんて数年前の自分が見たらどれだけ馬鹿にすることか… 愚かだと分かりきっているのに、気になりだすとほんの少しの手間も惜しんではいられなかった。








「え?どうしてそんなこと聞くの?不破くんと最上さんって…その、やっぱりつきあってるの?」

面倒くさい方向になりそうな話の気配を遮るために、尚は視線を落とし影のある表情をしてみせる。

「ああ…ごめん…そこは聞かないで欲しいんだ…俺のこと、理解してくれるなら…」

「え」

頬が赤く染まった相手の顔を、じっと見つめる。

「お願いだから、このことは誰にも言わないでくれないかな…」

「えっ、ええ?」

「こんな格好悪い俺…君以外に見せたくないんだ。察してくれるだろ…?」

「!!っ!う…うん、分かった…!不破くんとの秘密にするから!」

ぶんぶんと首を縦に振るのを見て、尚は内心にやりと笑う。
こういうタイプは俺の聞く以上の事をべらべらしゃべりだすに違いない。
ふ、ちょろい。これくらいわけねぇ。さすが俺。

「あ、でも、私っそんなに最上さんと話したことなぁい」

この女!さっき言ってたことと違うじゃねーか!

「ああ…なんでもいいんだけど、変わった行動とか」
「えーーさあー?変わった行動っていうか…時々学校の屋上へ行く階段にひとりで座ってたくらい?…だってあんま気にかけてみたこと無かったしぃ」
……なんでか無性にムカつく…喋り方のせいか?
「…他に誰かそういうの知ってそうな人いないかな」

「あーないない、他の友達に聞いてもたぶん私とおなじ情報量だと思うなぁ。あの子と仲良くする度胸のある子なんていないよぉ。一緒にハブられんのもいやだったし~」

―――あいつ…マジで友達少なかったんだな…
この女だって、単に同じクラスってだけキョーコと仲良くなんてねーし。

「だってぇ、あの子不破くんにまとわりついて目障りだったし、話も合わないし…あっ、もしかして、今でもあんな風にストーカーっぽい付きまといをしてるとか?!」

「…違うよ、ただ…彼女をあんな風にしてしまった俺に責任があるんだ」

「え…」

「俺は、その責任を果たさなきゃ、いけないんだ…別の男と付き合っても俺を忘れられずにいるあいつを、救ってやれるのは俺しかいないから…」

ふっと自嘲気味にうつむいて。
辛そうに目を閉じて、ぐっと堪えるように手を握り締めてみせる。

「ふ、不破くん…そんな…!そんなふうに苦悩する姿も素敵…!それになんて慈悲深いの…!」

案の定、尊敬と同情の眼差しが自分に注がれるのを感じる。
ふっ、そうだろそうだろ、俺はどんな女をも翻弄できる男…不破尚だからな…!

「普通の男だったらあの敦賀蓮と天秤にかけられたらそんな事言えないと思うのに…!」

悦に入ってた尚の腕がぴくりとする。相手は尚の変化に気が付きもせず、溶けるような目をしてぶるぶると震えている。

「不破くんって、男らし~い!やーんもぉ!惚れ直しちゃう~!」


―――っ…この女…!俺のファンとか言っといて実は馬鹿にしてんじゃねーのか?!
あの男の名前を出してくる時点で最悪だっつーの、ものすげぇ不愉快…!

憎々しい顔を押さえ切れずにその場を去ろうとしたが、甲高い声で呼び止められた。

「あっ、待って!いた!キョーコと話してた子!」

「あ?」

自分を取り繕う事を忘れかけていた尚だったが、足を止めて振り返る。

「最上キョーコと小学校も一緒だった子なの。ちょっと、待ってて!すぐその子と連絡とるからっ」





『さあ?石もらったなんて話、したことなんかなかったけどさ。なーんか王子様がどうとか、とうもろこしがどうとか独り言言ってたかも』

『あ、そうそ、妖精!妖精の国とか!いつだったかそんな感じのこと言って自分の世界はいってた!あのときはさすがにこの子って頭どうかしてんじゃないのってどん引いたわよぉ』

待たされて得た情報はそんな他愛も無いものだった。

―――なんだ…王子様とか、妖精…とうもろこしとかはよく分からんが…
そりゃいつものあいつの妄想癖じゃねえか…
なんの手がかりにもなりゃしねぇ…

「やっぱ聞けば聞くほど変人よねぇあの子…」

「他にはなんか言ってなかった?」

今まで聞いた話を無かった事にして、さらに手がかりを探ろうとするが首を横に振られてしまった。

「ううん、他には知らないって…ね、それより不破くん、せっかくだし、この子も呼んでよかったらこのあと食事でも…」

―――がああああ!さっさと口止めして切り上げる!

時間を無駄にした気がむんむんとしてきて、イライラを抑えつつ優しげに首を横に振っってみせる。

「ごめん、俺、もう戻らないといけないんだ…」

「そう、そっか。そりゃそうだよね…」

残念そうにしている彼女の耳元にふうっと囁く。

「今話したことは誰にもいわないでくれる?」

「っ…ふぁい…それはもう」

「サンキュ」

爽やかを装って去る。

「やーん!やっぱ、素敵…」

とっくにいなくなっている尚との会話の余韻にぽわーんとしているのを電話の声が遮る。

『ちょっとっ!何なのよー!こっちほっとかないでよっ、私も尚と話させてー!』

「あ、ごめぇん、まだ繋がってたんだぁ…っつーか現実にもどさないでよぉ」

『ずるいじゃん!あたし、最上キョーコの奇行しか話してないじゃん!ていうか、何でそんな話?!』

「それは言えないわぁ、だって尚とのひ・み・つだから」

『わけわかんない!むっかつくー!』

「うそうそ、話すって。でも…ホントに内緒だよ?」





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