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―――ああ、すごく気が重いけど、聞いてみないと…石の事…
前回は、セリフや歌うシーンがあるわけでもなく、画面上に姿を現す程度だったが、今日は、スタジオをライブフロアに変えて歌手としての出番がある。
きっともう楽屋に来ているはずだ。
ついつい、とひじをつつかれた。
「あ、おはようございます」
挨拶を返すキョーコの耳に、彼女はひそりと耳打ちする。
「なーんかさぐってたよぉ?」
「は?」
と、相手の顔がくにゃんと笑みにゆるんだ。
「ふ・わ・く・ん」
「…やわらかいイカのくんせいの商品名?」
「ちっがうわよもぉーう!分かっててそんなくだんない誤魔化しかたしてぇ!不破くんよ!不破尚!!」
―――ああ、またなのかしら…もう…このところなんだか妙にからまれるのよね…
共演者の一人で人なつっこくて場を明るくする彼女だが、ゴシップ好きなのがちょっと難だ。
大抵キョーコの噂の相手との真相を探ってくるのでちょっと辟易したりもするが、裏表のないあけすけな性格は嫌いではなかった。
曖昧にしないではっきり応答しておけば、それほど嫌なことは言ってこないはず。
今回も毅然として詮索をかわそうと、キョーコはきりりと相手を見た。
「その不破尚の何を聞き込みしてるんです?また熱狂的なファンでもいるんですか?」
へーーまーま、ご苦労なこと。キョーミなーい。
「キョーコちゃんたら!不破くんが、キョーコちゃんの事を聞き込みしてるんだってば!」
「へーえ、それならそうと最初から分かりやすく言ってくださいよ……」
ショータローが、私の事を、聞き込んでる…って…
…え?
「は?!ち、ちょっと待ってください。なんですか、それ!気持ち悪い!!」
「なんでか、それをキョーコちゃんに聞こうと思って…(気持ち悪い?)」
「ただの噂ですよ。あいつが私に関心持つなんてありえませんから」
「そんなコト言って、そんな顔しちゃって~実は思い当たること、あるんでしょ?」
『―――知りたいんだよ!おまえが、執着するものは全部!』
「キョーコちゃん?」
呼びかけに思考を遮られ、はっとしたキョーコはあわてて首を横に振る。
―――おお嫌だっ!気にしたくもないのに…!なんであの顔が浮かんでくるのよ…!
「ありません!そんなの!」
あるわけがない。気にする必要も、ない。
今は石の事と演技に集中する事を考えるだけ―――
開演前の小さなライブハウスは観客で溢れている。
その中に、たった一人を探して、探して。
「兄さん!」
呼びかけに気が付き、私を見た彼の表情は硬く冷たい。
観客に紛れて私の目から逃れようとする兄を、必死で追いかけた。
「待って…!待って!」
人をかき分け逆送する兄の足がもたつき、距離が縮まる。
必死で伸ばした私の手は、出口近くのところで彼の袖口に届いた。
すがりついて引き止める。
血の繋がりが無くても、たったひとりの大切な家族なのに。
突然、私を遠ざけるようになった兄。理由も聞かせてくれないなんて納得できるはずがない。
「もう俺の前に姿を現すなって言っただろう」
私を見ようとしない兄が悲しくて、腕に抱きついたそのとき、歓声がひときわ大きくなった。
「…兄さん?」
兄が憎しみの目を向けた先で、熱狂的な観客の叫びをかき消して演奏がはじまる。
―――アイツサエイナケレバ…
一瞬の暗転の後に、逆光の中から影が浮かび上がり、体を滑らかに翻して歓声を集める。
その輝きに気をとられた一瞬に、兄に手を振りほどかれてしまった。
「頼む…もう俺の前に姿を現さないでくれ…」
…オマエヲシアワセニデキタノニ―――
騒がしさにかき消され、兄が何を告げたのか分からなかった。
人のうねりに逆らえず、あっという間に姿を見失う。
熱狂する観客の中で、呆然とステージを見つめる。
兄の、憎悪のこもったあの眼。
そこにいる誰が、兄と関わり、何かを知っているというのか…
「あ……」
ライトに照らされたボーカリストの顔に、見覚えがある。
兄の部屋でみた、写真の人物に、間違いなかった――
―――溢れる音と熱気に、圧倒される。
ああ、そういえば…ショータローの歌聞いたの、久しぶりだ…
あいつ、こんな、声だった…?
目が合った瞬間、尚がにやりと笑うまで、ステージに魅入っていたことに気付かなかった。
演奏が続いていても、もうとっくに、演技のシーンは終わっているというのに…
―――ああ、またこの、嫌な感覚…
何度も、何度も、心を奪われた。
何度も、同じ人に恋に落ちる感覚。
『なんでショーちゃんはあんなにかっこいいの』なんて。
馬鹿の一つ覚えのように繰り返し、繰り返し。
あれは錯覚だったと分かっているはずなのに、何故、今またあの男相手にこんな感覚を味わう羽目になっているのだろう。
上辺だけの格好良さなんて内面の最悪さを知っていれば抹消されるはずなのに。
まるで、遺伝子にでも、すり込まれているみたいでタチが悪い―――
収録後、関わりたくない意思を押し止め、自分を奮い立たせたキョーコは、不機嫌極まりない様子で尚を呼びつけた。
「ちょっと!そこのスケコマシ破廉恥男!話があるのよこっち来なさいよ!」
「スケコマシって…おまえ…いつの時代の人間だよ。つーかだれそれ構わず手ぇ出してるみてぇな言い方すんな」
「出してるから言ってんのよ。それよりあんた…性懲りも無くまだなにかたくらんでるわね?」
「あ?」
「私の弱みをつかもうと思ってるんでしょうけど」
「おまえの弱みなんて知り尽くしてるつの」
「あんたなんかが知ってる弱みなんてたかが知れてるのよ」
「ああ。例えば、おまえが、さっき、俺に見とれてうっとりしてた事とかか?」
「っなんて自意識過剰なの…っ!あんたにかかったら女の子はみんな自分に惚れると思われちゃうのね、ああ怖い!」
キョーコはふるると頭をふるうと声を荒げて話を戻した。
「じゃなくて!あんた、何を探っているわけ?また変な噂を作らないで欲しいわね」
「探してるだけだ」
「何をよ」
「おまえの、青い石の君とやらを」
「はあ?!」
「そいつの名前、どうせおまえ知りもしねーんだろ?そいつ、ぜってぇ迷惑してたろうなぁ」
「あんた馬鹿?そんなの妖「妖精界がどうのとか言うんじゃねーぞ、相手をよく知りもしないで、妖精とか役にはめこんでそのふわついた妄想を押し付けられたソイツに俺は同情する」
「…っ!?」
「おまえが会っていたのは実在する人物だろうが。会おうと思えば会える生身の人間じゃねーか!そんなただの人間をいつまで崇め立ててるつもりだよ」
「ただの人間?!分かったような事言わないで、何も知らないくせに!人間だろうが妖精だろうが関係ない!つらい時もいつも一緒にいて見守ってくれたんだから!」
「それは石の話か?俺は、それをおまえにやった人間に話をしてるんだ。妖精とか見えない力とかそういう非現実的なモノはおまえを助けてやしない。おまえの思い込みだ」
「…それを私に思い知らせてどうしようっていうの?あんたにとってはちっぽけでも私にとっては誰にも言いたくない大切な思い出なのに!」
誰にも言いたくない大切な…俺の知らないキョーコの記憶。
最近、夢に見る、泣いているキョーコを探す夢。見つけたところで、いつも目を覚ます。 隠れるようにして泣いているのを知っても、目に付かない所にこいつがいるのをいいことに素知らぬふりをした。 けれど、泣いているキョーコを、そいつはなぐさめたんだ…弱りきった無力な状態でどんな甘い言葉も受け入れるに違いない馬鹿素直なあの頃のこいつを、どうやってそいつは―――… 「?ちょっと…どうしたのよ」 様子のおかしい尚を薄気味悪く思い、距離を置こうとしたそのとき。 がっ、といきなり尚の両手がキョーコの両腕をつかんだ。 「ひえあっ、ちょっと、なに」 「間違いない…そいつ…」 「え…?」 ぐわっと顔を上げ、尚はこわばった表情のまま確信を得たように言い切った。 「そいつは、とんでもない変態だ…!」 「っ…はあ?!!」 「そうだろうが!頭のおかしいガキのたわ言に付き合いつつ弱みに付け込んで…!っ…!」 「ちょっと…何言ってるのよ?」 「おまえ…そいつに、なにかされなかったろうな…?」 普段の尚からすると耳を疑うような発言だが、キョーコにはあまりにもピンとこないものだった。 「な、なにかって…なによ?」 「っ!!ま、まさか、その口封じにその石…!」 わけがわからない…が、さっきから尚がロクでもない想像を勝手にどんどん膨らませているのは間違いないことに気が付いた瞬間、切れる切れると思いながらもキョーコのなかでかろうじて繋いでいた堪忍袋の緒が、ぶっつ切れた音がした。 「キョーコ…もう、思い出を美化するのはやめろ…早く忘れ、ぐあっ?!」 「そう…どれだけ、私の綺麗な思い出を辱めれば気が済むのかしらね?」 ―――やべぇ…話、通じてねえ…… 「は、どこが綺麗な、おも、いで…っ」 恐ろしくもよく知っている非現実的な暗黒の空気にぐびりと息をのむ。見えない力を操っているのは…紛れもなくキョーコ自身だ。 「ショォータロォー…あんた、覚悟は、出来てんでしょうねぇ?だれが変態ですってぇ?私の知ってる変態は…っ」 「!!!!」 「ショータロォォォーーーーーあんた一人よぉおおおーーーーーーーーー!」 無造作に床に転がしたままの尚を指差し。 「祥子さん、これ、いつも通り引き取ってってもらえます?」 「ああ…キョーコちゃん…ちょっとコレいままでで一番ひどいんじゃない…?」 「こいつはそれだけの報いを受けただけです。大丈夫。息の根は止まってませんから。」 「………」 「演技の上でだってこんな男といたくなんかない…っやっぱり私、この仕事、断ればよかったって後悔してるんです!」 「え…キョーコちゃん、まさか…」 「いいえ!一度受けたお仕事を私情で降りるなんて事はできませんから!そいつ、せめてもう少し正常な人格になるよう、祥子さんの力でなんとかしてください!失礼しますっ!」 ―――キョーコちゃん…地獄の番人みたいな顔してた… 諦めの溜め息をついて、祥子は尚の頭を膝にのせてやり目を覚ますのを待つことにした。 「怒らせるばっかりで、ホント、馬鹿な子…」 ―――まったく…いい加減に引き際か前進か、見定めて欲しいものだわ、尚…
そうやってやり過ごすのが、一番だと思っていたのに、夢の中の自分は必死でキョーコを探している。
何度も夢に見るのは、その時の自分をやり直したいと願うからだろうか。
見つけたとところで、なぐさめの言葉なんてかけられないのに。夢の中でさえも。
「そういうわけで」
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