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雫雨の覚醒 13 緩い融解

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帰り着くなり、言葉よりも先にぎゅっと抱きついてきたキョーコに、蓮は驚く。


「え…最上さん?」

―――一瞬、誰が抱きついてきたのかと思った。いままでにない出迎えパターンだ…

先にマンションで待っていてくれたことはあっても、彼女から自分に対して帰りを待ちわびていたかのような意思表示をしてくることはまずなかった。
電話で、今日は何時位に帰るかなんて聞いてきたり、
自分からこんなふうに体を寄せてくるなんて…普段の彼女からするとあまりない行動だ。

―――とすると…

「もしかしてまた、今度演じる役柄に行き詰ってる、とか?」

「…っ!?すみません、私いきなり、何をして…っ」

っ信じられない…体が、勝手に…!

そんなにまで敦賀さんオーラに飢えていたというの?!

それにしたってなんて不躾な!

「おかえりなさい、敦賀さん…」

―――ああ、でも…離れがたい…

「っあの…もうすこしこうしていても…?」

「いいけど…ずいぶんと、今日は」

「え?」

「いや、いい傾向、なのかな」

そう言って背中にまわされた腕に、そっと抱きしめられながら、キョーコはぼんやりと思う。

―――プロポーズなんて…社長は、どうしてそう突拍子もない事を思いついたのかしらね…

敦賀さんが、私になんて…考えもしなかった…
社長は最初からそのつもりで話を持ってきたみたいだけど…ありえない。
だって敦賀さんほどの人が、私にプロポーズなんて、考えるだけでもバチがあたりそう。

っ!!?考えるのもおこがましい…!?

そう…そうよ!

あのとき、敦賀さんを思い出さなかったからって、何も引け目を感じる事なんてないんだわ!

「だって!結婚したい男性ランキング連続首位とってるような人なんだもの!!」

「…最上さん?」

「え?」

「もしかして結婚…したいとか?」

「め、めめめっそうもない!私なぞが敦賀さんとなんてそんな!日本中で暴動がおきますから!」

「そう?俺は、いつでもいい心構えだけど」

「え、暴動に備えが」

キョーコの体を包み込んでいる腕がゆるんで、大きな手のひらが、腕を掴む。

「そうじゃなくて…結婚のほう」

髪と、頬、それから唇に柔らかく触れられて、思わず目をつむる。
視界を閉じたキョーコの耳に、嬉しげにくすくすと笑う声が届いた。

「結婚相手、言わなくてもちゃんと俺が対象になってる時点で…かなりの進歩だね」

「っ!そ、それは…」

視線をあげ、反論しかけたキョーコだったが、すぐ近くで自分を包んでくれるぬくもりを否定できずに言葉をのみこんだ。
頬が熱くて、くらくらするのはいつもと同じ。
それから、とけてしまいそうな、安堵感。温かい体温と、優しい唇。
その腕に身をゆだねていると、自分の体がふんわりと漂うような錯覚にうっとりとしてくる。

敦賀さんって…なんて、心地がいいんだろう―――

「…っ」

頬にふわりと触れる前髪と、首筋をなぞる熱い唇の感触に、思わずびくんと震えて、はっと我にかえった。

「っ…あわわ…」

甘々しいキスを自然に受け入れていた自分に気が付いて、キョーコは慌てふためく。

―――っ!!ダメ…っ!しっかりしなきゃ!

今…うっかりラブミー部卒業をクリアできそうな気になりかけてた…!
もっとハングリー精神全開でいかないと…!
この甘さに流されちゃダメよ!キョーコ…!

「っあの…敦賀さん?そ、そんな心構え、私にはまったくナイですよ、念のため…っ」

真っ赤な顔でむぎゅぎゅと無理矢理体を押し離して、頭の回らないままにあわあわと弁明する。

「そう?残念だな。結婚したら、俺が秘密にしてることを全部、教えるのに」

「は、はは…?」

この話題は早く終わらせてしまいたい…笑ってごまかしてしまおうとしたキョーコだったが。

「でも、もし俺がプロポ「いやあああーっ!!もういいですそれはもう置いといて…っそれよりお夜食!作ってあるんです!食べましょう!ねっ!敦賀さん!」














―――っ…まずい…

私…こんな流されやすかったかしらね…

社長の言う「条件」に、思ってた以上に反応して…過敏すぎるほどに敦賀さんを意識して。
敦賀さんとこうして過ごせたら、どんなに幸せだろうなんて、考えたりして…

―――いやだっ幸せ…って、言葉、なんだかすごくくすぐったい…

だって…ずっと、私には手に入らない単語のような気がしていたから。
有り余るほどの幸福感を得ていたとしても、その感情の縁を薄膜のような不安がぴたりと張り付いている。いつも、そうだ。


かたん、と最後の食器を片付け終えて、キョーコはふうっと息をはき出す。

それから、のそのそとカバンを探って、コーンの入った小物入れを出し、ぎゅっとその手に握り締めた。

「コーン…」

敦賀さんの青い石、見つけないと…こんな弛んだ気持ちでいちゃダメなのに。
心がどうしようもなく浮かれて、うっかり自分を見失うんじゃないかと心配になってくる。

―――ああ、ホント…自分に渇、入れないと…いけないのに…

「…」

片付け、終わったし…帰らなくちゃ…

あんまり遅くなると…大将と、女将さんが…

しんぱいする………―――



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