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―――いったい…
「なんだったんだ?」
今日の最上さんはなんだか、おかしかった…
いつになく甘えて来るかと思えば、変な言動で慌てたり。
まあ、そのくらいまでは普段と変わりないか…
いつもなら緊張して体を硬くしている彼女が愛情を示すかのようにすりよってきて…
とくにここ最近、やたら警戒されていると思っていたのに…不意打ちだろうあれは。
―――しかも…
「居眠りの常習犯だな」
一日中、仕事で動き回ってからここで食事の支度をして下宿先に帰る。
疲れきっているから、ついこうして眠ってしまうのだろう。
―――だからといってなにも、台所で居眠りしなくていいものを…
気が緩んで眠気にその体を預けているのかと思うと、それだけ心を許しているのだと感じられて嬉しくなるが、無防備に寝込んでいるところをついついちょっかいをかけたくもなる。
「…最上さん?」
台所の隅に背中を預けて、首を傾げた状態で眠りに入っている。
ぶにぶに、指先で頬をつつく。ほんの少し口の端が上がっただけで、やはり起きる様子はない。
―――「結婚」なんて言葉が彼女の口から出るなんて思いもしなかった。
おそらくは、それを望んでいて口に出したのではないのだろう。
誰かに何か言われて、必要以上に気にしているのにすぎないとしても…彼女が、自分をその対象に見てくれたことに喜び、たまらなく愛しさが胸に湧き上がった。
「―――プロポーズなんて…できもしないくせに」
からかうのも、彼女がそんな願望を持っていないからできることだ。
さらりと、髪をかきあげて、その耳に囁いてみる。
くすぐったげにちょっとだけ首を動かした。その仕草が無意識なぶんだけ、心が騒ぐ。
―――駄目だろう、予定にもない事を戯れに言うのは…早く起して送っていってやらないと…
自戒しつつ視線をそらして、ふと、彼女が握り締めていたらしき小物入れが、手のひらから落ちそうになっているのに気付いてそっと拾い上げた。
相変わらず丁寧で器用に作られている…自分の渡したものを大事にされることが、こんなにも嬉しいのだといつも教えてくれる。
手にしたついでに、何の気もなしにがま口を開けてみる。
―――…?
…違う?
この間渡した石じゃない…よな?
これは…彼女が失くした方の石じゃないのか?
どうして―――…
パチン、と蓮ががま口を閉めた音で、キョーコが目を覚まして身じろいだ。
「ん…?」
「石、見つかったんだ?」
「え…」
ぼやーとした意識が、一気に目覚める。
手の中にあったはずのものが蓮のもとにあることに、キョーコはひどく慌てた。
「!!」
―――しかも…!!
中を、見られた…!?
「あの…っ!あの…っ」
「今日、なんだかいつもと様子が違ってたのって、このせい?」
「っそ、そうなんです!石見つかって…っ嬉しくて敦賀さんに一番に知らせたくて…」
「でも石の事なんて言ってなかったよね?」
「その…っ会ったら、会った嬉しさの方が大きくなってしまってそれでその…言うの忘れてしまって」
「…」
―――っ…この、沈黙…
お、怒られる…
―――敦賀さんに、嫌われる…?!
「あ、あのっ」
「最上さん」
二人同時に口を開いて、声が重なる。
キョーコは言葉を飲み込み、ぎこちなく聞き返した。
「は、は、い?」
「やっぱり…言わせてもらおうかな」
「な、なにを…」
神々しいまでににこやかな蓮を目の当たりにして、キョーコは青褪めた。
「俺は…」
ドクンドクンと、キョーコの胸が不安に高鳴る。
―――…今度こそ、見放されてしまうのかもしれない。
嘘をついたり、隠し事をするような不誠実な私だもの、見捨てられて当然だ…
敦賀さんに、嫌われたら…
私は…大切なものを、また、失ってしまうの―――…?
「…っ」
全身の、血の気が引いていく。
―――きらわないで―――…
震えて、子供のように怯える。
きゅっと、目を閉じて下を向かずにいられない。
顔をあげたら、彼が冷たい眼差しをしているんじゃないかと思うと、怖かった。
ふう、と感情を落ち着けるかのように溜息をついて、蓮は、俯いたままのキョーコを見つめる。
「君とは…やっぱり別々に住むのは、耐えられそうにない」
「…?」
―――え…?
キョーコは、恐々目を開ける。
―――聞き間違い?今、なんて…?
「最上さん?」
「…っ?」
「一緒に…またここに住んでみないか?」
「…!?え…?」
キョーコは、ひどく驚いた様子で顔を上げて蓮を見た。
その目が潤んでいるのを見て、どうやら悪い予想をしていたのだろう、と察した蓮はくすりと笑ってみせた。
「君の負担を考えればすぐに分かったことなのに。気が付かなくて…ごめん」
「そ、それは、ど…どういう…」
「前にも言ったと思うけど…わざわざ俺に合わせようとしなくてもいい。仕事だってあるし、自分のためにすべきことは沢山あるはずだ。食事を作りに来てくれるのは嬉しいけど、それじゃ体力的に大変だろ?」
「っ大変なんて!思ったことないです!私は、作りたくてここに…っ」
「料理をしたいなら、ここでなくても出来るじゃないか」
「!そうじゃなくて…敦賀さんに、ちゃんと食べて欲しくて」
「いい大人なんだから体を壊さない程にちゃんと自分で食べるよ、君は俺の専属管理栄養士か何かのつもり?」
意地悪げな視線に気が付き、キョーコはきゅうと小さく身を竦める。
「そ、そんな偉ぶるつもりではっ…ただ…」
「ただ?」
促がされて、キョーコはもごもごと口ごもる。
―――ああ、何か、誘導尋問されているみたい…!
「もしかして、義務感だけで来てるのかな?」
視線が刺さるような気がして、キョーコは追い立てられるように、気持ちを吐き出す。
「っただ…!敦賀さんに、会いたくて、来てるだけ、ですから」
「…会いたくて?」
キョーコはこくん、と、頷く。
すると、また、大きな溜息が聞えてきた。
それから、優しく、頭をなでる手。まるで子ども相手みたいな…それでも、相手の体温を近くに感じてキョーコの頬が熱くなる。
「理由なんて、それだけで、いいよ」
どうしてこんなに胸が高鳴るのに、敦賀さんに触れられると安心するんだろう。
頬の熱さが、目から涙になって溢れる。蓮は、ぼろぼろと涙をこぼすキョーコを抱きよせた。
「一緒に住んだからって、何もかも完璧にやろうとしなくてもいいんだ。言っただろう?ゆっくり、急がないでいい。何かに怯えることなんて何もないから」
囁かれ、涙を唇ですくわれて、かああああ、と顔を紅潮させるキョーコを見て、蓮は肩をすくめた。
「それとも…怯えさせているのは、俺なのかな?」
―――怯えてなんて…
もっと、触れていて欲しいくらいなのに―――…
「こうしていても平気?」
抱き寄せられて、キョーコは胸の中でこくん、と、また頷く。
その仕草が、蓮の胸を疼かせる。
―――可愛い。前は過剰反応してパニック状態だったのに…
「…」
キョーコの頬を、手のひらが優しく包む。
次にされることを待つように、キョーコの胸が高鳴り出す。
以前よりも自分を保てているどころか、もっと彼の近くにいたいと願っている自分にキョーコはすこし驚く。
―――っもしかして、私、免疫力ついた…?
敦賀さんにこうして触れてもらうことに…
心臓が持たないと思ってたけど、もう、平気なのかもしれない―――
それなら、またここに住んで…いつも敦賀さんのそばにいられる…?
前みたいに、演技の指南を受けたり、一緒にご飯食べたり。
―――眠るのも一緒に…?
「…!!」
唐突に浮かんだ考えに、キョーコの顔にかっと血がのぼる。
…―――っ!!!わ、私っ何を考…っ!
目をふせかけていたキョーコは、自分の妄想を打ち消しつつ、触れてくる唇にわたわたと慌てた。
「っっ…つ、敦賀さ…待っ」
「平気って、言ったよね?」
「平気って、それはっ、っ…っ」
それからの嵐のようなキスと、囁き。
後ろには壁、逃げ場もなく、目を閉じても、開けていても、近くに感じる熱。
全部の感覚が彼に向かっている、感じた事のない衝動。
締め付けられるような切なさと…この気持ちは何…?
…ああ、だけど…
口付けの合間に淡く目を開けば、同じように瞼を上げた敦賀さんの瞳が見える。
その長い睫毛を、綺麗だと思いながら、また瞳を閉じてしまう。
どちらのものかも分からない、熱を含んだ呼吸は、すべてを奪うように甘い。
抑制なんてできない。
何かが壊れていく気が、する。
「敦賀さん!ここでやめないと、同居の件は永遠に保留のままかもしれません…!」
そんな事、よく言えたものだと自分でも不思議なくらい…気持ちを止め難かった。
―――いったい…
どうしてこんなことに…?
そう、ちょっと頭の中を整理しないと…
社長→ラブミー部卒業→条件→結婚
で、
コーン→ショータロー→不快→敦賀さん?
違う違う、なんか簡単にしすぎてよけい分からなくなってきたわ…
そもそもからして、
恋愛オンチ→敦賀さんと同居→耐え切れず転出→やっぱり同居
同居理由さっぱりわからない!
迷惑になるという気持ちから辛うじてここに留まってるこの気持ちは?!
これは単に、
離れる→不安→敦賀さん怖い→言われるがままお泊り
だと…それより、
コーン→ショータロー→敦賀さんのくれた石→行方不明→コーン→見つかったのがばれた!
と、こっちが問題なのよ…敦賀さんはさっき何も言わなかったけどどう思ってるんだろう…本当は怒ってるんじゃないかしら…
それで、
怒ってる→同居→嫌がらせ→結婚
い、いやだっいい加減結婚の二文字から離れなさいよ、この頭っ
考えたくないことから思考をそらそうと、まるで意味不明な自問自答をぐるぐると繰り返して、キョーコは蓮のマンションのゲストルームで朝を迎えたのだった。
「おはようございます…」
「あ、あれ?キョーコちゃんだ!」
「社さん…」
マンションへ蓮を迎えに来た社は、心配そうにキョーコをのぞき込んだ。
「どうしたの徹夜明け?なんかやつれちゃって…はっ!もしや蓮…おまえ…」
「違いますから。社さんの考えているような事は」
「いーや!あるね!またキョーコちゃんを悩ますようなこと、言ったんだろ。可愛そうに、あんな状態で一晩中悶々と考え込んでたに違いない」
「…」
「キョーコちゃん、待って!一緒に蓮の車に乗っていきなよ、そんなふらふらして危ないって!」
「いいえ、私…仕事前による所があるので…」
「じゃあ、そこまで送るから!な、蓮?」
「ああ。下宿先に一旦寄りたいんだよね?」
「…はい」
へろへろと、自分達についてくるキョーコ。
―――だ、大丈夫かな…あんな調子で仕事にいけるのかなキョーコちゃん…
心配しつつ、キョーコをちらちらと見ていて、社はふと気が付いた。
―――あ。あれ?
蓮と目を合わせようとしない彼女に…不安を感じる。
車の中でも、必要以上に話もしない。
―――蓮は…いつものとおりだけど、キョーコちゃんは…何かおかしい!
なんか…また何か一波乱起きそうな予感…て、いうかもう何かあった―――?!
―――ああ、もういい加減、普通に恋人同士として落ち着いて欲しいよ…!
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