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16
映画の撮影は順調。
前回の仕事の評判も上々だし、新しい仕事の依頼も沢山きてる。
自分にはもったいないほどの恋人に、心優しい下宿先の夫婦。
不穏な影なんて何もない一日が、今日も終わろうとしている。
「ふーーー…」
二日ぶりの、敦賀さんのマンション。
顔を合わせるのも、この間、朝に送ってもらって以来だ。
玄関の鍵を開けながら、決意を繰りかえす。
もう一度、敦賀さんに言おう。
同居は、だるまやへのご恩返しが出来てからさせて下さい、って。
それから敦賀さんへも恩返しをさせて欲しい、って言おう…そう考えたところで、キョーコは首を傾げる。
?敦賀さんへの恩返しって、何をしたらいいの?
―――敦賀さんが、喜ぶこと…
ご飯を作る…のはあまりスペシャルな感じがしないし、
プレゼント?も、何をあげたら一番喜ぶか…思いつかないな。
もしプレゼントするなら、こう心を渡すようなものじゃなきゃ駄目よね。
そうそう、よくあるじゃない、こういうとき、ドラマとかだと「私をプレゼント」とか…
あっ、それだって食事と同じで今すぐにだって出来るか―――…
・・・・・・って!!!
「じゃなくて!!」
っ私らしくもない、何ヘンなこと考えてるのよ…!?
だいたいそんなの、貰っても困る物の最たる物じゃない!
自分の貧困な想像力に顔を赤くしながらキョーコは靴を脱いで中へ進む。
―――電気がついてる…敦賀さん、帰ってるんだ!
リビングに蓮の姿を見つけて、顔をほころばせた。
「あ、もう帰ってたんですね、おかえりなさ…」
そう言って蓮に近寄っていった途端、ぴりり、と鋭く尖った感情を受信して、キョーコは、びしりと固まる。
な、なに…っ?
敦賀さんから、怒りのオーラが…?!
「ああ、最上さんの方こそ、おかえり。遅かったね?」
「ど、うしたんです?」
久しぶりに感じるわ…この気…
間違いない…敦賀さん、すごく怒ってる…!
「何が?」
「い、いえ…っ何か、ご機嫌がよろしくないように見受けられるので…」
「うん、機嫌は…良くないかな、確かに」
「そ、それは…何故…?」
「ああ…ちょっと、仕事場で面白くない事があったから…気にしないで?」
「は…はい…いえ…」
「ちょっと」面白くない事?
敦賀さんがこんなに怒りを持続させてるくらいの事…ってどんな事!?
ものすごく、気になるし…何より…自分が悪いわけじゃなくても怒ってる敦賀さんの側にいるのは…
すっごく、こっ、こわああい…!
「それより…さっき、なんで赤い顔して叫んでた?」
あ、アレ見られてた…っ!?
あああ、言うのよ!私をあげる…じゃなく!!
同居!同居の話…っ!
「っは、はい!あ、あの…っ同居の件ですがっ」
「できない、って言うんだよね?」
―――な、に?
刃物のような鋭さで光る視線に射抜かれて、キョーコはびくりと震える。
「…っ?できない…というか、いずれその…」
させていただきたいと言いたい、けど…これは、な、なんだか…
―――言える雰囲気じゃ、ない…?
「っ…あの…?怒っている理由を、聞かせてくれませんか?」
「…怒ってなんてないよ」
「嘘です!怒ってるじゃないですか、敦賀さんがそんなに怒るなんて相当ひどいことがあったに違いないんです…!」
―――まさかとは、思うけど。
敦賀さん…もしかして…
仕事とか面白くない事とかじゃなく―――…
「今日の仕事で嫌な人でもいたんですか?そ、それともまさか私が原因なんて事は…」
もしかして、私に対して、怒ってるの―――…?!
キョーコは、おどおどと不安げに蓮の顔を窺う。
そのとき、その小さくなる語尾にかぶせる様にして蓮が答えたのだった。
「昨日、スタジオに、不破が来たんだ」
はっきりと、静かな口調でそう告げられたのに、キョーコは一瞬聞き間違えたかと思った。
「…?!…は?」
―――なに?
いま、なにか、すごく嫌な名前が敦賀さんの口から…?
面白くない事って…ま、まさか、あの男のせいなの…?!
という事は…やっぱり関連として…私の事で怒ってるの…?
「あ、あの…?なんで、あいつが?一緒のお仕事だったんですか?」
「いや、不破はミュージシャンだろ?ドラマの撮影の俺と同じ仕事場になるはずがない」
「っそうですよね、じゃあ、どうして…」
「あいつが…持ってきたんだ。俺のところにね」
「え…?何を?」
「それは…」
蓮は、感情を押さえ込むようにしばらく掌で顔を覆っていたが、
再び言葉を繋ぐときには、隠し切れずに指の隙間から鋭い眼光でキョーコを見すえた。
「君が、一番よく知っているんじゃないのか?」
「!!!!!!?」
一瞬、心臓が、止まった気がした。あの時感じた嫌な予感が、強烈な危険信号を放って蘇ってくる。
―――あ、あの男…いったい何を敦賀さんに?!
「あいつが持っている訳を…聞かせて?」
「…?!」
「俺は、不破の言う事は信用していない。君の話が聞きたいんだ」
「話って…あいつ、いったい何を敦賀さんに言ったんです…?」
「いいから、話して?」
「っ…」
―――敦賀さん…
本気で、怒って、る…
どうして―――…?
「どういう、経緯であいつの手に渡ることになったのか」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!?
もしかしてーーーーーーーーーーー!!
「あ…!」
―――石…!きっと、あいつ、敦賀さんの石も拾ってたんだわ…!
「そっ、それは…私にもよく、わからないです…たまたま、収録の合間に私が落としたのを、偶然、あいつが拾ったとしか思えない…」
蓮が表情を硬くしたのが見えて、キョーコは言葉を呑む。
「あ、あの…?」
「…この間、見つかったって言ってたよね?」
「コーンは、見つかったんです…なかなか言えなかったのは、敦賀さんにもらった方を失くしてしまったから…で、でも私…っ」
「言わなかったのは、あいつの所で失くしたからなんじゃないのか?」
「……え?」
話が飲み込めず、どう応えていいか分からないでいるキョーコを、蓮は探るような目で見る。
「君が…あいつの部屋で、落としていったんだって聞いた」
「は…っ?」
あまりにも突飛な話についていけず、ぱかっと開いた口が閉まらない。
あいつの部屋?って、どういう事?どこからどうしてそんなコトに…??
「ずっと、君が不破の家に出入りしていたって」
「っ!?そんなの…!誤解です!そんなとんでもない作り話、敦賀さん、信じないですよね…?!」
「そう、だね。勿論、俺もそう思った…不破にどんな興味も感じなくなったと言っていた君の言葉を信じて、あいつの家に行くなんてありえないとその時は思ったんだ」
その時は…?じゃ、今…敦賀さんは―――…
「だけど…時間が経つごとにあの石を不破が持っていた事実と、君が俺に嘘をついていたのを知ったら…疑う気持ちが出たとしても仕方がないと思わないか?」
―――疑ってるの…?あんな男の、分かりやすい嘘を信じて…?
私…敦賀さんに、かつて復讐しようとした男に、隠れて靡くような、そんな女だと、思われているの?
「…あの男が石を持っているって言うのも本当かどうかわからないじゃないですか」
ふつふつと、別の感情が胸に湧きあがってくる。
蓮に恐れを抱きながらも、何かに憤慨している自分がいる。
お腹の中を押し上げてくる憤りが、体中から溢れそうで、ひどく苦しい―――
「さっき、何を拾ったのか、俺は君に言わなかったけど…あいつが持ってたものが、石だってすぐに気が付いたよね」
「え…」
「それに…心当たりがあるから、そんなにうろたえているんじゃないのか?」
話すごとに、冷たさが増していく声。
一言一言が、悪意を持って自分の心に突き刺さるようで、
キョーコは、ついにやり切れなくなり、声を荒げて叫んだ。
「そ、んな…違います…!そう誤解されるのが嫌だったんです、だから、言えなくて」
キョーコが泣きそうな顔で反論しても、蓮の態度は変わらない。
―――っどうして?どうしてそんな誤解を…?敦賀さん…!
蓮はそんなキョーコから視線を外し、自分の感情を押し止めようと必死に抵抗を試みる。けれども、口からついて出る言葉は止まらなかった。
―――駄目だ…
「別に、そんな事で怒ったりなんかしない。言えないのは、違うことでじゃなかったのか?」
わかっている。こんな事、彼女に言うべきじゃない。
「石を拾ったのは不破だとして、俺に話せない何の不都合が何がある?」
「そんな!不都合も何も、あいつが拾ったのを、知らなかったんですよ?!」
会話が、嫌な方向に向かってるのがわかる。
「ああ、気が付かないうちに落としてそのままにしていたわけだ?大事にすると言っておきながら、その程度だったんだよね?」
「…!」
これで完全に、彼女の口を封じ込めてしまったらしい。
その瞳から涙がこぼれ落ちるのが見えて、胸が焼け付くように痛む。
冷めた目でそんな彼女を見ているに違いない自分を、制御できない。
―――嫉妬心、だけか?
不破と交わした会話の一片が何度も蘇る。
『…二個とも、俺が見つけてやったんだぜ?
まあ、こっちの石は最初の石ほど必死になって探しちゃいなかったみてーだけどな?』
にやりと笑って、指先に持っていた石を真上に投げ上げ、掌にキャッチして収めた。
すれ違いざま、悪魔のように囁く。
『感謝して欲しいくらいだ、俺が、あいつに教えたんだからな』
俺は、どうして冷静でいられない…?
―――どちらの石も、彼女に手渡したのは自分だ。
あんな単純な挑発に、簡単に乗ってしまうなんてどうかしている。
あいつが、何を彼女に教えたのかなんて、何も言わなかったじゃないか…
勝手な解釈で、彼女を責めるなんて…
―――最低だ。
沈黙の中、車はだるまやに着く。
永遠の別れが迫っているかのように、車内の空気は冷え切って重苦しい。
歩道脇に停車させてすぐに、蓮はぽつりと言った。
「ごめん…」
「………え?」
思っても見ない突然の謝罪に驚いて、キョーコはぱっと蓮の方を見た。
沈んで伏せた眼を車のハンドルに向けたまま、こちらを見てはいない。
幻聴かとも思え、なにかぼんやりとした夢のように感じながら、キョーコはその唇がゆっくりと動くのを見つめた。
「君が…不破の家へ行く理由がない事を分かっていて…さっきは、酷い事を言った」
「………」
「俺は…いまだに君と不破の過ごしてきた時間が妬ましいんだと、思う…」
黙ったままのキョーコにちらりと視線を向け、蓮は自分を嘲笑う。
「悲しませたくはなかったから…電話じゃ冷静に話せない気がして直接会った時に話すべきだと思っていた。その間に…考えが他に及ばなくなった…あんな風に責め立てずにはいられなくなっていたんだ」
蓮の声が車内に響くのを、安堵の音色が奏でられているかのように聞いていた。
次第に、壊れかけていた心が自分の中でじわりじわりと再生されていくのに気が付く。
気付いた途端に、悲しいのか嬉しいのかわからない涙で、キョーコの視界がどんどん滲んでいった。
「…っ」
「もう、泣かないで…?最上さんが、許してくれるまで、何でもする…」
頬に触れられ、キョーコは、ぼろぼろと涙を溢れさせた。
「…っ敦賀さんが信じてくれて…よかっ…っ」
―――本当に、よかった…
あんな酷い誤解を受けたままじゃ、気持ちが塞いでしまって、きっと何も手につかなかった。
「…あんまり、ですから…っあんな…っ」
「うん…心が狭い、嫌な男だと思ったろう?」
拗ねる様に言った蓮の言葉に、ふっと笑顔がでた。
「っ…もう、疑ってないですよね?」
問い掛けに、視線がぶつかる。
切なく潤む瞳と、熱を佩びる双眸。
―――もうこんな表情、見られないかと思った…
気持ちの重なりも知らないまま、手のひらを伸ばす。
キスされ、る…
頬を包む手に触れながら、キョーコが目を閉じたその瞬間―――
がんっ、と大きな音が車内に響いた。
驚いた拍子に蓮に縋り付いたキョーコは、音の方に目を向けて慄いた。
助手席のドアを蹴ったその踵を車体にのせたままで、来いというかのように人差し指を立て、ウインドガラスの向こうからこちらを睨みつけているのは―――
―――シ、ショータローーっ?!
な!なんでこんなとこにいんのよ…?!
「つ、敦賀さん…」
またよからぬ誤解を招くのではと不安がるキョーコに、蓮は、大丈夫だ、と頭を撫でて車を降りる。
「ストーカー行為もいい加減にしたらどうだ?」
「…誰がこんな女ストーキングするかよ、てめーじゃあるまいし」
「ああ!君が付きまとっているのは俺だったね?そんなに俺の事が気にかかる?」
「へぇ…いいとこ邪魔されたのにそんな冗談返せるなんて余裕だな?なら、なおさら楽しみだ…」
「楽しみ?何故、彼女に関わろうとする?もう、いい加減したらどうだ?」
「はっ、最初からそういう凶悪な顔してろってんだよ、嘘くせえ顔振り撒きやがって」
尚は、ジャケットのポケットから小さな欠片を取り出す。
「交渉、しにきてやったんだぜ?」
指先につまみあげた石が、街灯のあかりに煌めいた。
「ああ!!それ!やっぱりあんたが…!!」
助手席から不安げに見ていたキョーコが、瞬間移動並みの速さで車から降りて尚に詰め寄る。
「っ…返しなさいよ…っ!」
「ああ、もちろん。ただし、交換条件がある」
「…はあん?なんですって?」
挑むような光を宿して、尚は蓮を強く睨み付けた。
「あんたの、一番大事にしてるモノと引き換えだ」
「なっ!なんであんたなんかに敦賀さんの大切なものあげなきゃなんないわけ?寝言もたいがいにしなさいよ!」
キョーコの抗議も聞かず、尚はあくまでも蓮を標的に睨み続ける。
「まあ、もともと俺のだし、貰ってやらなくもないぜ?」
「ちょっと!勝手なこと言ってんじゃないわよ!っていうか、何の話?!」
ぎゃんぎゃん叫ぶキョーコの首に、尚は腕をまわして引き寄せる。
「ちょっと黙ってろ。これ以上、ばらされたくないだろ?キョーコ」
「っ…な、なにをよ?」
「おまえがこいつに秘密にしてる事」
「だから!何の話をしてるのよ!」
「…いいのか?こいつに隠れてしてること、ばらしても」
そう耳元で囁くと、いきなり、キョーコの耳たぶに唇を寄せたのだった。
即座に、全身の毛穴が開くような戦慄がキョーコの体をかけ抜ける。
「!!!!!?な…っ?」
慌てて払いのけて尚を睨むと、不敵に笑いながら甘く笑う。
「今さら、そんな演技しなくてもいいだろが。俺とキスするのが初めてでもあるまいし」
あまりに読めない展開に、キョーコは放心せずにはいられない。
だが、尚のペースにのまれまいとする気持ちが、ハクハクと開け閉めしていた口をむぎぃっと閉じ、出て行こうとしているエクトプラズムを引きとめ、思考が停止しそうになるのをかろうじてくい止めたのだった。
わ か っ た わ ・・・ !!
でっちあげた話を押し通して、私を敦賀さんから引き離し、
私を不幸への道へと引き込もうとしているのね?
気に食わないからって理由だけでそこまでするなんて、なんて性根の腐った男なの…!
―――ふっ、でも馬鹿ね、敦賀さんがそんなの信じるわけ…
顔をあげて、自信満々蓮の方を向いたキョーコは、またも衝撃に打ち砕かれる。
「…敦賀、さん?」
―――どうして、そんなに怖い顔を、しているの…?
「初めてじゃ、ない…?」
蓮の低い呟きに、キョーコはゾクリと背中を震わせた。
―――嘘…でしょう?
まさか…疑い再燃…?
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