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18
―――信じられない…!よりによってショータローに泣きつくなんて…!
血の気無く青ざめるキョーコを気にかけもせず、尚はさっき拾い上げた石を、自分のもってきた石と一緒に棚の上に置いた。
「…」
拾い上げた石と、もうひとつの青い石。
『―――役にもたたない石…』
キョーコが、そう言う前から、これは別段大差のない、ただの石ころだったはずだ。
「もう、いいだろ」
短くそう言って、尚が立ち上がる。
「ショー…?」
「行くぞ」
ぐいっと腕をひっぱられて、バランスを崩しつつキョーコも立ち上がった。
ずるずると引きずられるようにして部屋から連れ出されそうになり、必死で抵抗して足を踏ん張る。
「な、ちょ、何処によ?!」
肩越しに見下ろされる視線にキョーコは怯む。
ぐいっと、肩を引き寄せ、決意を伝えるかのように険しく見据えられてさらに狼狽する。
「っ…!?」
「おまえは、あいつに惚れてなんかない!」
きっぱりとそう言い切る尚の口調に押され、不安で拠り所の無い心がざわついてしまう。
「…っ…違う…」
「雰囲気に呑まれて恋愛してる気になってるだけだ」
「違うわ…!」
「違わねぇ!錯覚だ、あの男の雰囲気にのまれて恋愛してるような気になってるだけだろうが!」
「そんなことない…ちゃんと分かってる…たとえ、今回の件で敦賀さんに嫌われたとしても…」
きりりと痛む胸を堪えて、敦賀さんの事が好きだ、と言いかけた。
けれども、そう言い出す前に顎をつかんで上向かされ、キョーコは乱暴な扱いに抵抗して尚を睨みつける。
「おまえは俺を好きなんだろうが!」
「っ…馬鹿言わないでよ…それこそ大いなる錯覚じゃない!」
「じゃあ敦賀のことだって、錯覚じゃないってどうして言える?」
「…あんたは、私を使い捨てのボロ雑巾みたいに捨てたのよ?謝罪するならまだしも今あんたに出来る事といったら、こうやって傷口に塩を塗りたくることくらいじゃない!そんな男を好きになるわけないでしょう?あんたを憎いと思う気持ちだって克服しかけてたのに…」
…っだいたいこの体勢だって、好きだの愛だの語る状態じゃないじゃない。
どうしたって、あんたにとって私は物品扱いでしかないのね…!
「錯覚だっていい!私は、敦賀さんが好きなの…!他に言う事なんか何も無い!」
今度こそ、はっきりと口に出して宣言したキョーコの顔が赤く染まる。
熱を持った頬の感覚が切なさを誘い出して、思わず涙がにじんでくる。
「…そうかよ」
放り出すように手が離された。
「…っ!」
ぎっ、と尚を睨んだキョーコだったが、そのとき信じられない光景が目に入る。
―――な、何が起きたの?
どういうサプライズ―――?!
「っ…何してんのよ…?」
復讐心に満ちていた頃の自分ならば喜びに打ち震えたことだろう。
けれど今更、あの頃には帰れはしない。違和感のある、心地の悪さしか感じない。
―――どうして、跪いてるの!?
尚が、床に膝を付いたまま、腕をのばす。
ウエストを引き寄せられ、さらりとした前髪の間から見上げる眼に、キョーコの心臓が跳ね上がる。
―――というか、ナニ?!この体勢!?
「…離しなさいよ…っ」
「…嫌だ」
手の甲に唇を落とした後、ぐいと左手をつかまれて、キョーコはぎくりとする。
「!!!!!?…ちょ、ちょっと待ちなさいよ、それをどうするつもり…っ?!」
跪いた尚の右手には何故か燦然と輝くゴージャスな指輪。
大粒のダイヤと思わしき輝石の周りにこれでもかとばかりに散りばめられた極細工は、見るからに手が込んでいて尋常ではない存在感を醸し出している。
―――いつの間にそんなもの…?!っな、なに…なにげに凄いけど…まさか、本物じゃないでしょうね…
場違いな宝石と不可解な行動で呆気にとられていたキョーコだったが、尚がそれをキョーコの薬指にはめようとするのに気が付いて手を引っ込めようともがいた。
「な…ナニコレ…っなに企んでるのよ…っ?」
「なにも、企んでなんかない。見てのとおりだ」
「っ…私をどうこうしたって敦賀さんは傷つかないし抱かれたい男NO1の地位があんたに廻ってくるわけじゃないわよ?」
「あの男がどうしようが知ったことじゃないし、そんなくだらねぇランキングにも興味ない」
「じゃあなんでこんな事すんのよ?」
ギロリと睨み上げられて、キョーコはがんと睨み返す。
「…わかんねぇのかよ」
「まったくもって理解不能よ…!分かる訳が」
ざっ、と尚の腕が動いて、キョーコの体を引き寄せた。
突然のことに固まり、極近な尚の顔を驚きのまま見つめる。
「おまえの、恋愛に関わる脳細胞を蘇生させてやろうっていう親切な試みだ」
「…そんなの、あんたにしてもらわなくてもいい!だいたい、ほとんどはあんたのせいじゃない!」
「だから、責任とってやろうって言ってんだろが」
ぐいぐいと指輪を押し付ける尚を、キョーコは青褪めた顔でぎゅうぎゅうと押し返して拒否する。
「いい、いらない。必要ないいいい!」
っ…この戦慄の恐怖感覚…!
なんかこれ… お か し く な い ・・・?!
跪いてプロポーズとか…!ショータローがそんなことするはずない…!
だいたい、そういうムードなの?これって?!こんな殺伐としてるのに!?
きっと…これが敦賀さんだったら、きっとしっくりいく…
…ああ、想像したら、胸が苦しくなってきた…
だって…私―――
こうしている間も、ずっと―――…
胸が、痛くてたまらないんだもの―――…
―――敦賀さん…
っ・・・
気が付けば、カーテンの隙間から差し込む朝日。
頭の上では、目覚まし時計が鳴り響いている。
よ
よかったっ、夢?!なんて酷い悪夢…な…の
ほっとするのも束の間、目線を上げた先、棚の上に青い石が二つ揃っているのを見てキョーコは青ざめた。
―――っ嫌!!まさか!?
飛び起きてそこらじゅうを見てまわる。幸い、指輪の方は部屋の何処にも見当たらない。
キョーコは、ほうっと胸を撫で下ろした。
そうよ…夢に、決まってる。あいつが、あんなものを私に持ってくるわけないじゃない―――
安堵と共に部屋を出て女将の所へ行き、店の掃除を途中で放棄してしまった事を詫びると、意外な言葉が返って来た。
「キョーコちゃん…あんた、ちゃんと掃除してたじゃないか」
「え…」
「だけど昨日の夜は驚いたよ、てっきり彼氏が来たのかと思ってたら…幼馴染だなんて」
「…」
「いい子じゃないか、見た目からは思いもかけないね。あんなに心配して…キョーコちゃんの事、相当大事に思ってるんだねぇ」
「……は…?」
いい子って…心配って…
女将さん…それ何処かの誰かと間違えてます…
あのカッコつけ…相変わらずソト面だけはいいんだわ…っ元凶の癖に…っ
怒りよりも疲労感が先立って、全身に脱力を覚えつつ、キョーコは大きく溜息をついた。
仕事に向かう途中、キョーコのカバンの中で、携帯電話が鳴っている。
「はいっ」
何も考えずに、すぱっと電話に出たキョーコに、突然の狂喜声が襲いかかる。
『いい案を考えたぞー!最上君ーーー!』
受話器を耳に当てなくても聞えるほど大きな声に、キョーコはくわんくわんと目を回す。
「社長…すみません…昨日はあまり寝てないので…あまり耳元で大きな声出さないで頂けると…」
『…ほおん?寝てない?それは好くないな、悩み事か?仕事か?それとも恋の悩みか?』
「…社長…私、一生ラブミー部でいいです。昨日一晩で結論は出ました」
『おいおい…なんだその生気のない声。まさか本当にそう思って言ってるわけじゃないだろう』
「…あの、ご用件は何です?からかうだけならもう失礼させて頂きたいのですが…」
『いや…まったくからかってなんていないんだが…いや、まあ、ちょっと卒業計画のいい案件を思いついたから、な』
「…………………」
沈黙に殺気を感じて、宝田は苦笑する。
『何かあったみたいだが…話してみろと言っても、おまえのことだ、正直に話はしないんだろうなぁ…まあ、いい。あっちに話を通してみるから。どうせなら、楽しく派手にやらないとな!』
「え…な、何です?!あっちって…ちょっと、社長?!人の話聞いてます?!だいたい、ラブミー部卒業の件は考えさせてくださいって以前にもお伝えしたはずですが…っ」
「まあ、期待しててくれ」
―――ま、まさか、社長…
敦賀さんに何か聞こうって言うんじゃ…?!
自分の与り知らない所で何か妙なことを言われてはたまらない。
一方的な電話が切れた後、キョーコは慌てて携帯に向かい合う。
―――社長が何か言う前に、私から敦賀さんに…っ!
そう思いつつも、まったく指は動かなかった。
―――だって…昨日の今日で、電話…できない…
私、昨日、コーンにこだわるあまり、敦賀さんにすごく失礼な事言ったもの…
きっと、呆れるか怒るかしてるに違いない―――…
これ以上凹んだら再起不能になりそう…仕事前にそんなことしなくてもいいよね…?
きっと敦賀さんだって私からの電話なんて、迷惑だ…
後ろ向きな理由をつけては自分の意思を胸の中に折り込むと、キョーコは携帯をカバンにしまって先を急いだのだった。
―――兄の憎しみに満ちた目は、ステージの上のヴォーカルに向けられていた。
探して探して、あの時も、やっと見つけたと思ったのに…
私の前から再び行方をくらます直前の、あの表情が気になってならない。
―――あの人に話を聞けば、何か分かるかもしれない。
そう思い彼が仕事を終えた所を待ち構えるがどうあっても出待ちのファンに紛れて待つことになった。
熱狂的なファンが多く、いつも護衛するスタッフや警備員がいて彼との距離を遠ざけている。
一人でいることがほとんど無い彼に、兄の事を聞くのは至難の業のように思えた。
―――人気、あるんだ…そんな人が、兄さんとなんの関わりあいがあるっていうの…?
数メートル先にいるのに、声をかけられないもどかしさを感じながら、彼が通り過ぎるのを見つめる。
と、そのとき偶然にも、彼の視線が私の顔を捉えたのだった。
「…!」
私の顔を見た瞬間、彼はわずかに目を見開いた。
唇が、私の名前を発して動いた気がした。そのことが、私に衝撃を与える。
ああ!知ってるんだ…私の事を、この人は、知ってる!
どうして…?!
思わず足を止めた彼に向かって、何かに弾かれた様にして私は身を乗り出し必死に叫んでいた。
「っ…お願い…!教えて欲しいの!」
あなたは、兄さんとどんな関わりがあるの?
あなたは…誰?
―――私から、兄さんを遠ざけたのは…
「…っきゃ…っ」
すぐに警備員に押し返され、黄色い歓声の一群へ戻される。
慌ててもう一度彼のいた方を見れば、周囲に促がされたのか、もうその姿は見えなくなっていた。
―――兄さんが、変わってしまったのは…あなたのせいなの?
もしかして、その理由をあなたは知っているの…?
聞きたい事ばかりが頭を巡る。
駆け出して、追いついて、彼に聞かなくてはいけない。
兄さんを見つけるまではどんな手がかりも逃せなかった。
「!」
走り出した私の腕を、誰かの手が掴んだ。
振り返り、彼の真摯な眼を見たと思った瞬間―――
私の目の前で、彼の体を銃弾が貫くのを、見た。
寝不足だろうと、気分が最悪だろうと、映画の撮影がはじまれば役に集中する事ができた。
物語の中では出生の秘密といえる『実の兄』であることが証明されるシーンを前にして、演技の中で直接尚と対面しなければならなかった。『義理の兄(主役)を想う妹』役にしっかりと入り込んだキョーコは、撮影が終わった後も暫く妹役がなかなか抜けなかったのだ。
だって…っ!
あの男が『兄』なのよ?!あいつと血の繋がりがある役なんてマトモでできるはずないじゃない!
通常の何十倍の入魂が必要だったものだから、抜けるのも時間がかかってしまったみたい…
その集中が解けてから、キョーコは慌てて尚の姿を捜す。
―――しまった…あいつ、もう、帰ったかしらね…
当ても無く廊下をうろうろとしていた所を、祥子が見つけて声を掛けた。
「あら、キョーコちゃん…」
祥子のその声に、先を歩いていた尚が振り返る。
キョーコも尚に気が付くと、じわじわと挙動不審に警戒しながら近付いていった。
頭が尚を拒絶しようとするのをキョーコは自ら叱り付けて目を見開く。
―――いいえ!ちゃんと確認しておかなくちゃ!
現状把握は、大事な作業だって昨日学んだじゃない!!
耐えるの…何言われたって、耐えるのよ…!
「おい…その凶悪な目つきやめろ…」
「つまらない事聞くけど…あんた…昨日の夜」
「ああ―――みっともなく泣いてるかと思ったらいつの間にか寝くさりやがって」
は?根腐る…?
「…なんだよ」
「…」
ふーん…別にいつもと変わりないふてぶてしい顔ね。
あんな非現実的なことをしてたら、今こんなふうに普通にはしていられないはず…
ってことは、やっぱりあの前代未聞の偽騎士あたりは夢だったのよ…!
あの流れでそんなムードになるわけないし、あんなショータロー、夢以外で見るわけないし!
ほっと胸を撫で下ろすも、顔を背けたままの尚が低く静かに言った。
「本当は、おまえを連れて行きたいところがあったんだ…そこで、渡そうと思ってた」
「…………………………………………何を?」
伏せていた眼を、キョーコに向ける。
「昨夜の」
ゆ う べ の …?!
即座にあの指輪と尚の表情が甦ってくる。
ぎょっとして強張った顔をしたキョーコを、尚はかぶりを振ってからじとっと見つめた。
「…俺は!慰め役になんか絶っ対ならねぇ!!」
「は?何、いきなり…」
「今後一切!おまえに里心なんか出してやんねーからな!金輪際、期待すんな!」
「…誰がいつ里心なんか出したって言うのよ…?」
だいたい期待できるようなモノも無いくせに…何?その言い草は…!
「ま、あれだけ煽られても動かないようじゃ、望み薄かもな…」
とりあえず、憐れまれているのだけはよく分かった…!
「悪かったわね、せっかくの滅多にしない限りなく解り難いお気遣いを無にしたみたいで…っ」
…まったくたちが悪い…あんなに小道具に凝る奴だったかしらね…紛らわしい。
あのとき…ほんっの少しだけだけど、もしかしたら本気なのかと、思ってしまったじゃない―――
「…どうせ、考えてる事はまるわかりなんでしょう!あんたからしたら迂闊で間抜けな女の世話を焼いてやったつもりなんでしょうけど…悪趣味だわ!…でも、おかげでよーく分かった事があるのよ?」
キョーコはずいっと近付いて、尚を睨み上げる。
「すっごく大事なコト、気付かせてくれて、どうもありがとう?」
「…あ?礼にはおよばないぜ?この後のおまえの修羅場を思えば、な」
そう言ってふいっと顔を背け、お互い逆方向に向かう。
ほんのわずかな間だったが、交わした眼差しには、側で見ている祥子には読み取れない含みがあった。
どんな意思の疎通があったのかは分からないが、いままでに見ることの無かった和解のようにも思えて、祥子は歩き出した尚の隣に足を揃えた。
―――和解…というよりは、決別、みたいなものかしら…
「…何があったの?…随分、あっさりしてるのね?」
「つまらねぇ…俺はあいつの保護者じゃねーんだよっ」
「保護者…いくらなんでも無理があるんじゃないかしら…」
―――どうやら、尚的には捨て身だったみたいね…
拗ねた顔を作る尚に、祥子は肩をすくめ、それ以上は何も聞かなかった。
連れて行きたい場所があった。
昔と変わりないようでいても、もう何ひとつとして元通りにはならないと知っていても。
柄にもない行動を止む終えずしたのも、いつまでも引き摺っている感情を捨て去るためだ。
キョーコの前に、膝をついて見上げる。
ひとつひとつ、キョーコの反応を見る。
泣きはらして赤く潤んだ瞳。
弱らせた心に、強烈に自分を刻みこませたい。
―――これでキョーコが心揺らすようなら…
キョーコを軽蔑するのか、それとも…もっと得たいと思うのか…
何にせよ、それで気持ちをすっきりできるに違いなかった。
結果、キョーコは猛拒絶し、あの男の名前を繰り返し呟きながら、一度治まった嗚咽をぶり返させた。
受け取り手の無いガラクタが、何の価値もなく放り出される。
涙が、ぱたぱたと、降る。
何を思って泣いているのか、簡単に解る。
泣き続ける間も、キョーコを占拠しているものはひとつだけだ―――…
―――指輪なんて、くだらない。
必要とされていないものならば、なおさらに。
これでよく分かった。
ここにいる女は、昔のままのキョーコじゃない。
心射止めるような仕草、いかにも好きそうなジュエリーも眼中にない。
王子とか、妖精とか。青い石とか、小奇麗な思い出とか。
妄想や形ばかりに前ほど心を動かされはしないだろう。
それは、自分が望んでいた結末のひとつだったはずだ。
それなのに、胸を掻きむしりたくなるような苦しさに、どうしてまだ苛まれている…?
―――なんだよ…これ…
結局、痛みが、増しただけじゃねぇか…―――
泣き疲れて眠るキョーコを、尚が女将に頼んで布団を出してもらい寝かせてやると、女将はその側にそっと座ってキョーコの涙の後を見つめながらしみじみと言った。
「まったく…キョーコちゃんは、本当に頑張りすぎるくらいに頑張り屋で…いい加減にまわりの心配にも気が付いて欲しいもんだね」
「……」
立ち上がり口を開きかけたが、何故か何も言葉がでなかった。
「ねぇ?さっき、幼馴染っだって言ってたね?キョーコちゃんは小さい頃からずっと、こんな素直でまっすぐな子だったかい?」
「……はい」
「そう…しっかり者と思いきや、かなり夢見がちなところがあるから…うっかりすると悪い男にでもあっさりだまされちまうんじゃないかって思ってたけど」
「…」
「でも、あんたみたいな幼馴染がいたから大丈夫だったんだろうねぇ。守ってやってたんだろ?キョーコちゃんの事、ずっとさ」
「……」
口元が、ゆがむ。
笑いたいのか、泣きたいのか、よくわからない。
執着を振り切れないようにわざわざ掻き乱すのも、それくらいで壊れてしまうなら、また拾ってやってもいいと思っていた。
もしくは無防備に、ただ愛やら恋やらに浮かれるようなキョーコに戻ってしまうのなら、引き戻してそのくだらない幻想を叩き潰してやろうと思った。
それでも壊れないなら…?
そんなことは、考えないでいたかった。
そうなれば、自分についた嘘を貫くしかない。
そんなのは嫌だと、逃れようとした成れの果てで…
―――嫌気がさすほどに…俺は、嘘を成就させることができたのだった。
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