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19
思い知らされた。そうして、妙に安心してしまった。
今でもショータローに感じていた気持ちは思い出せるけど、
すり込まれてるだけで、今の私が抱えている想いじゃない。
何かの拍子で、あいつの事が頭に浮かんだからって、たいした理由なんてない。
昨日の夜のどす黒かった感情が、自分でも意外なほど清々しく回復していた。
ぐるぐると感情が翻弄されすぎたせいか、今は自分の気持ちがすとんと体の奥に落ち着いて安定している。
好きなものは好きなんだから。
誰に何言われようと変わったりなんてしない。
妙に腹が据わったキョーコは、マンションで蓮を待っていた。
待ちながら、二つの青い石を握り締める。
効力なんて無いなんて、石に八つ当たりしたりして…
―――ごめんね、コーン…
そっと手を開いて、青く清廉な色を見つめる。
夢を見せて、強い心をくれた、大切な石。
大丈夫、今も、変わり無い。
きっと、大丈夫!
帰り着くなり、開口一番に謝ったキョーコに、蓮は無表情で訊ねた。
「どうして…悪いと、思ってるの?」
「はい…身の程も知らず…コーンのことでショックを受けて…どうしてそんな事を言うのかと腹を立てたり…自分の考えを敦賀さんに押し付けたりして」
「普通、それは怒ってもいいんじゃないかな」
「…」
「大切にしていた思い出を粗雑にされたら怒るのは当たり前だろう?最上さんは悪くない。むしろ悪いのは、勝手に勘繰って当り散らした俺のほうだろう」
「…そんなことは」
「いいや、そうだろ?でも、俺は謝らないから」
「…っ?」
自分が悪いと言いながらも、非は認めないと告げた蓮の意向が分からず、キョーコが戸惑っていると。
「へ…っ?え、えっ…ゃ…っ?!」
ウエストを攫われ、軽々と抱え上げられた。抵抗する間もない。
「???!」
―――な、なんで…?抱き上げられて…?!し、しかも…!
「つ、敦賀さん?!」
「ん?」
「ど、どうして、そんなに」
物凄い、いい笑顔を…っ?!
棘も悪意も無い…どういう意図があるのかと窺うキョーコだったが、包み込むような優しい眼差しにそのまま囚われてしまった。
…なんで…そんなに柔らかい表情で、私を見るの―――?
これ以上、何も言わなくても分かって、くれる?
怯えていた心が溶かされていくような温かさに、胸がきゅっと締め付けられる。
―――こうしてそばに、いられれば…
抱き寄せる腕も温かくて、キョーコはとろりと眼をまどろませた。
体をあずけて、寄り添うキョーコを蓮もまた愛しげに見つめる。
「…こうして優しくしていたいのも、本音だけどね」
「?っ…!!!?」
くすっと笑われたかと思うと、いきなり、どさりと体が落とされた。
ほんわりしていたキョーコは、意表をつかれた降下に驚いて声も出ない。
手のひらが、シーツに触れる。
抱き上げられたまま、奥の部屋へ連れて来られたのにまったく気が付かなかった。
声を上げかけた唇に割り入るように唇が重なる。
いつもみたいな優しい唇じゃない。荒々しさに怯えて、その体を押し返そうとするけれども、腕を掴み上げられてシーツに押し付けられる。
…敦賀さん―――
キスをしたまま、肌に触れる手に、身をすくめる。
「…!」
熱い手のひらが切なくて、逃げ出したくなる。
「…っ」
唇を離して、囁く。
「俺を…もっと嫌っていいから…」
胸が、痛くなる。
―――どうして、そんな表情…?
…敦賀さんは、優しいから。
同じ気持ちを、私がしているとは知らないで、触れれば、嫌がると思っている。
「…っ」
泣くのを我慢して、腕を肩にまわしてしがみ付く。
「っ…嫌いになんて、なれるはずないじゃないですか…っ」
放されたら、どうにかなってしまいそうなのに。
「好きなんです…敦賀さんが…」
子供のように駄々をこねて泣いて欲しがるみたいに、言ってしまおう―――
「嫌いにならないで…」
言い終わるより先に、きつく抱きしめられた。
繰り返し応えてくれる囁きに、キョーコはぎゅっと目を閉じる。
「つるがさんの、うそつき…」
泣かせたくない。
笑っていて欲しい。
笑顔を見せてくれるなら、どんな嘘をついたっていいとそう思っていた。
失う事を恐れてついた嘘を、彼女もまた付いていたのだとしたら
俺は騙されるふりをした方がよかったのかもしれない。
「…馬鹿だな、本当に」
誰が、と聞かなくても、誰もかれもに向けられた言葉だと気が付く。
―――それよりも…
好きだと、たくさん囁いてくれたその声が、耳の奥にこびり付いて離れない。
私…ただ、好きだって言うのでいっぱいいっぱいだったのに…
なに?!あの豊富な「好き」のバリエーションは…!
敦賀さん…あなた、やっぱり、相当の場数をふんで…
「まぁ…今回一番の馬鹿は社長だろう…」
さっきの事を思い出しては恥ずかしくて顔をふせていたキョーコだったが、蓮の思いがけない言葉に頭を上げた。
「え?なんでです?」
「…もしかして、知らない?」
「何を?」
「今日…事務所から連絡来てない?」
「え?え…何です?!」
「知らないのか…まあ知らないままのほうが幸せな事もあるって言うよね」
うんうん頷いて教えようとはしない蓮に、何か、大変な事に違いないとふんでキョーコはくいくいと腕をゆすった。
「そんなわけないじゃないですか…!意地悪しないで教えてください」
「意地悪なんかじゃないよ…そうだな、知らないほうが幸せな事の例えとして、こういうのはどう?」
「え?」
頬に、大きな手が触れる。
「子供の頃…俺は、君に、会ったことがあるんだ。妖精のふりをして、君を騙した」
「また、そんな突拍子もない嘘を…」
「本当だよ」
優しい嘘で、触れる唇。
この唇から零れる言葉は、どれだけ安らぎを与えてくれれば気が済むのだろう―――
「…本当にそうだったら、いいのに」
「ん?」
「あの時の男の子が、本当に敦賀さんだったら、いい」
「じゃあ、そういうことにしておいて?あのときの妖精は、実は俺だったって」
キョーコはほけーっとしていたが、突然、ぶほっとふきだした。
「っ…!敦賀さんが、妖精っ…」
「…そこは笑うところじゃないと思うけど」
「だってっ…なんか似合わない…っイメージがっ…」
「……失礼な」
実はものすごい重大事を暴露してるっていうのに。
本当なら目をキラキラさせて感動するところじゃないか?
社さんと同じ反応っていうのが…微妙な気分だな…
信じていないからこそだが、全く気が付かないのも少々憎らしくもある。
「まあ、そうだろうね。こんな大の男が妖精だなんて、君の妄想上、認めたくも無い設定だろう」
「っいいえ、そ、そういえば…どことなく敦賀さんに似てるかも」
「そんな無理しなくても」
「無理じゃなくて、本当に…」
「まあ似ているも何も、本人なんだから当たり前だろう。ね、知らないほうが、良かっただろう?」
くすくすと笑うキョーコに、蓮は囁く。
「君に再会した時、俺にはあの時の女の子だとすぐ分かったのに、君は全く気が付かなかった」
「…え?」
「体が成長しようと、髪の色が変わろうと、俺には君だって分かる」
「…っ?!」
ななな、なに…!?
もしかして今、敦賀さん、コーン役を演じてる?!
「ふ、ふあ…」
ココ、コーンはこんな艶っぽい男の人ではないはず…っ
なのに…どうして…?コーンが大きくなったらこんな感じかもって、思ってしまうのは…その並外れた演技力のせいなの…?!
さすが、敦賀さん…!
密かに尊敬の念を燃やすキョーコには、それが演技ではなく、的外れな感動であることは分からない。
それは他の感情と入り混じり、胸の高鳴りを大きくさせていた。
「どんな姿に変わっても、きっと、分かるよ」
唇が、おでこに触れる。
「コーンのこと、知りたい…話して…?」
耳や首筋にかかる息に、胸がドキドキする。
動悸が激しくなって、とても話をするどころじゃない。
「っっっ!コーンは敦賀さんなんでしょう…っ?じゃあ話を聞かなくてもいいんじゃないですか」
「残念ながら、その頃の記憶が薄れてるみたいなんだ。もう一度君が話してくれたら思い出すかもしれない」
しれっとそう言う蓮に、キョーコの心が薄紅色に染まり始める。
むずむずとした幸福感を感じる。
それは見る間に大きく膨れ、たまらなくなって笑い出さずにはいられなかった。
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