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雫雨の覚醒 20 目覚めの魔法

20

 

 

つくづく、どうかしていたと思う。
いくら気が弱ってたからって、電話口で泣くなんてみっともない事するなんて。
うっかり晒してしまった自分の醜態をきっとキョーコは絶対に忘れないだろう。
ともすれば事有るごとに友情の証と証して話題に持ち出すかもしれない…

そこまで想像して奏江はぞぞっと背筋を震わせた。
あのときはキョーコの哀しそうな声に引き摺られただけだと、改めて念を押しておこうかと考えていた所に。

『ふふふ…うふふふ…』

電話に出るなり、不気味な笑い声が響く。

「…キョーコ」

『ふふふふふふ…モー子さぁん』

「また…気持ち悪いから電話口で笑うのよしなさいって…誤解、とけたのね?」

『誤解…って?』

「敦賀さんとの誤解!アンタこないだの電話で喧嘩したっていってたじゃない」

『あーー誤解~それよりすごいことが分かっちゃったのよモー子さんっ!』

「何よ」

『聞いてくれる?驚くわよ?驚いてね?というかきっと驚かないはずがないと思うのっ』

「だから、何ッ」

『実はねっ、敦賀さんは、私が小さい頃に出会った妖精の王子様だったの…っ』

 ・・・・・・・・・

『あれ?もしもし?モー子さん?あ、もしかしてびっくりしすぎて声も出ないとか?やっぱりっ?』

「ああああ…アンタなにそれ、なんか病状が悪化してない?大丈夫?現実と妄想の区別くらいしっかりしなさいよ?」

敦賀さんが、王子様とか!!!さっむいいいいいい!!たえられない!!何なのよそれ!!(うわやだ思わず想像しちゃったわよ白馬に乗った王子姿の敦賀さん!)

「ちょっとキョーコっアンタ、もしかして…ふられたショックでおかしくなったんじゃ…」

『大丈夫大丈夫。だってね、私の大切な思い出を、敦賀さんが分かってくれたのが嬉しくて』

ああ…敦賀さん、キョーコの妄想の巻き添えくらってるのね…

「…ある意味、凄いというか、気の毒…」

よっぽどキョーコのことが好きなのね、敦賀さん…
私には出来ない芸当だわ…負けた気分にもならないわよ…

「はーーーーーーっ…アンタの妄想癖にそこまで付き合ってくれる人、他にいないんじゃない?まあ、仲良くやんなさいよ!切るわ!」

『え?!待って待ってもうちょっと話したいの、モー子さんの話聞かせて?だって、この間あんなに』

「!!!っあれはもういいの!」

恥ずかしさに、カーッと頬を熱くしながら、キョーコの言葉を慌てて遮る。

『え?』

「アンタのそのうかれ声聞いたら、悩んでるのなんて馬鹿らしくなった!」

『悩みがあるなら言ってっていってるのに…』

「っうるさいわね!………元気になったって言ってんのよ!じゃあね!今度こそ切る!」

『えっ待ってよ、モー子さん…!』

名残惜しげな声を切り捨てようとしかけたが、そのときふっと気にかかったことが口をついた。

「…あ、そういえば」

『え?なになーに?やっぱり話す気になったの、モー子さんっ?』

「あんた…来月のアレ、ずいぶん思い切ったことするのね?よくもまあ、あんな発想に賛成したわね?…よかったわ…私のときはあんな大掛かりなことされなくて」

『へ?来月って?』

「………え…」

…っ!?もしかして、アレって、本人には知らされてないの?!

『あんな発想って?』

「…あっ、あーー…なんでもない、こっちの話だったっ…忘れて!じゃ!」

『えっ…ちょっ?モー…っ?』

今度こそ一方的にぶっちと電話を切った。

…知らないんだわ…キョーコ。

私の耳にすら届いてるのに、どれだけ自分の事に鈍感なのよ…

って、いうか…!これって、ものっすごいどっきり的な企画じゃない―――?!

当日、驚愕するキョーコの顔を思い浮かべて、奏江はたまらず笑いを溢す。
自分がそのとんでもない馬鹿騒ぎに巻き込まれることになるとは一ミリも思ってはいなかった。

 

 

 

 

 


見覚えのある景色。
ほんの少しの間の記憶しか存在しないあの空間。
その一角があるマンションを静かに見上げる。

―――もうすぐ、来るだろう。

想像すると愉快で、それを可笑しがる自分も相当頭がいかれている。
背後に誰かが立ち止まる気配と、同時に投げかけられる声があった。

「いいのか?敵に塩送って」

振り返り、ふ、と軽く笑いながら応える。

「せいぜい、あいつの趣味200%仕様にドン引きすればいい」

「うーん?…それは、まあ、奴も熟知の上だろうから、そんなに気にしないだろうがなあ?それより君は納得したのか?」

「…つーか…こんなとこにまで来て…自分とこのタレントのプライベート面に深入りしすぎなんじゃないですか?」

「ん?ああ?そうだな、ちょっと、今ハマってしまったものがあってなぁ…いてもたってもいられなくなっていたところに、絵に描いたような相関図がうろうろちらちらしていたら、つつきたくもなるだろう?」

「意味わかんねーけど…悪趣味で馬鹿馬鹿しいのが好みなんだな…」

「悪趣味ではあるが馬鹿馬鹿しくなんかないさ。我がラブミー部員の乗り越えるべき試練が君だったというだけで。いや、なんだか利用したみたいな形になってしまって悪かったね?」

「別に…利用なんか、されてねーし」

涼しげな表情でさらりと応える。

結果の知れた決着なんて、持ち掛けられるまでもなかった。

―――俺は、俺の為に、動いただけだ。

「それより、あいつごときにあんな派手な募集告知…」

宝田は、にやり、と笑ってみせる。

「ああ、あれか?気になるか?君でもいいんだぞ?愛の欠落者ラブミー部第一号生の為に奔走するのが君となれば、これ以上無い話題性が攫えるだろうからな」

瞬時に嫌がるキョーコの顔が目に浮かんでくる。

「ありえねー…」

キョーコが敦賀蓮と出会う前、上京直後に心が遡るくらいに、不可能な事だ。

「わーからないーだろー?どんでん返しがあるかもしれないじゃないか?」

切り捨てようとしている。気持ちも、過去も。
だが、心の奥底では、期待していないわけじゃないんだろう?
だからこそ…呼ぶんだろう?
自分との繋がりを見せる、最後の―――

「そういうのは同じ事務所の人間にやらせればいい、俺はごめんだ」

「…嘘つきだな、君は」

「あ?」

「好きな女が喜ぶ顔を、見たくなかったわけじゃないだろう…本当は自分でやりたかったんじゃないのか?あの子の王子役を」

「…あいつの理想の王子様像なんかに付き合ってられるかっての。あいつの発想には厭きた」

俺の事はせいぜい魔法使い役にでも変換しとけ、もう、いい加減解放されてやる。
ここまで膳立てするのはシンデレラに出てくる魔女だってやりゃしねーだろうが。


「ま、そろそろ来るんじゃないか?王子らしからぬ王子の、もう一人が」


 

 












「お迎えにあがりました」

「は?」

―――な、何?誰?どこかで見た事があるような…?

「とある御方のご依頼により、最上様をお連れするようにと申し付かってまいりました」

「え、社長の…?」

とあるとか、ぼかして伝えられてもすぐに誰だか分かってしまう。
自分の所に使者を向かわせる人間なんて、いまの所思い当たるのは一人しかいない。
ということは、この男性は社長の付き人の一人なのだろう、見覚えがなんとなくあるような気もする…

「というわけで、失礼をいたします」

胸元から優雅な手付きでするりと取り出された布地をこれまた流れる仕草で頭に巻きつけられ。

「え、嫌っ?!なんで目隠し?!?!!っどこに連れて行こうって言…」

慌てるキョーコだったがそのまま横抱きにされ、停めてあったリムジンにぎゅうと押し込まれた。


ゆ、誘拐―――!!

大声で叫ぼうとした口を男が人差し指で押さえて、にこりとする。
じつに胡散臭い笑顔だが、目隠しをされているキョーコに見えるはずもない。

「大丈夫、誘拐ではございません。おそらくお連れの方は先にお着きになっているものと思われます」

「つ、連、れ…?」

―――そうだった…社長の差し向けた使者なら誘拐じゃないわよね…

「どこへお連れするのかご想像なさるのもまた一興かと」

っ面白がれっていうの?!この状況を?!
何処に連れて行かれようが、驚愕の展開が待っているのは明らかなんじゃ?!
なにせ、アノ社長のすることだし…

キョーコは真っ暗な視界の中で溜息をついた。

もう、しょうがないな…社長の考えることはいつもよく分からない…
諦めておとなしく従うしかないみたい―――

 

 

ほどなくして、車は止まり、キョーコは抱えられるようにして何処かへと導かれる。

ガチャリというドアを開ける音と、バタン、と扉が閉まる音。

聞き覚えのあるその音に、キョーコの心臓が跳ね上がる。
けれども、それが何処の音だったか、どうしても思い出せない。
記憶に蓋がされているみたいなもどかしさ…甘さと苦さの混じった思い出したくない記憶のような…

「こちらでお待ち下さい」

声を掛けられて、キョーコははっとする。

っいったい…ここは何処…?!

数歩歩いた所で、男の指先が目隠し布の結び目を解いてくれた。
けれども。やっと視界が開けると思いきや、外したのか分からないほどにそこは暗くて何も見えなかった。

「では確かに、お連れしましたよ?」

そうして、キョーコを残して扉が、再び閉じられる。

「?…?…?」

暗闇の中、あたりに気をつけながら少し足を進めてみる。
足元は絨毯が敷いてあるのかふんわりとした足触りだ。
物音もせず、目からも耳からも何の情報も得られない。

いいえ…突発的に何かが起こるに違いないわ…だって、社長がここに連れてきたようなものだもの…
いったい、どんなサプライズを…?
 

「最上さん?」

すい、と頬をかすめて、声が届く。

「っ?!敦賀さん?!びっくりしたっ、ど、何処に…暗くて、全然分からなくて…」

その瞬間、電気がついて、ぱあっとあたりが照らし出された。


「え…ここは…」

―――ここ…ここって・・・

っ―――!!!!

なにこの部屋!!

―――かっ、可愛い…っ!!


そこにある、目に映るものすべてが順繰りに、キョーコの趣味にどんぴたりと嵌っていく。

連れて来られた部屋は、そう広くは無い。
だが、その限られた空間に、フリルやレース、それからメルヘンを擬えた様な王室然とした調度品の数々が、これでもかとばかりに揃ってキョーコの賞賛を待ちわびていたのだった。

い、いやああああ―――!!

っ素敵…かわいいい!!

キョーコは、ひとしきり興奮してはしゃいで見てまわったところで、そんな自分を静観していた存在に気が付く。

「すごい…っこの部屋…敦賀さんが?」

蓮は、クス、と笑って首を横に振った。

「たぶん、不破が」

途端に、びきっとキョーコの顔がこわばる。

!?

―――っ…また、あの男の仕業なの…?!


じゃあ何?!あの鏡のフレームの装飾とか!
バラの花と天使のレリーフとか!天蓋つきのゴージャスなベッドとか!
憧れの脚付き湯船とか!っ…いやははあん可愛すぎるぅ…!!

……い、いいえ!惑わされては駄目―――!!

これを、あのショータローがチョイスしたと思うと…寒気が襲ってくるじゃない?!

キョーコが鳥肌に波打つ腕をさすって震えている横で、蓮が片隅の棚に並ぶ小物のひとつを手にとった。

長い指がそっと蓋を開けると同時に、そこから美しく優しい調べが奏でられる。
パタンと閉じると蓋の上の王女のようなドレスを纏った小さな人形が、くるりくるりとぎこちなくも優美に踊る。
ゆっくりとその人形がどこか哀しげに動きを止めるまで、キョーコは王女に釘付けにならずにはいられなかった。その僅かな時間で、王女の身の上を妄想し強烈に感情移入してるであろうことは潤んだ瞳を見れば一目瞭然だった。

「うん。確かに、最上さんがこよなく愛しそうな物ばかりだよね」

「……っ」

はっと、我に返って、キョーコはバツの悪さに黙りこんだ。

くっ…口惜しい…!あいつが揃えた物に対して、はしゃぎすぎた数分前の自分を責めてやりたい…!

キョーコは床に膝と手を付いて、がっくりと項垂れる。

「あいつ…なんで…ここに私を呼んでどうしようって言うの…」

「さあ?嫌がらせじゃないか?」

「…?」

―――なんか、おかしい……

キョーコは怪訝そうに蓮を見つつ、これまでの経緯をなぞっていたが、やがてはたと妙な事に気が付く。

「ちょっと……待って下さい?私…社長のお迎えの人に連れて来られてここに来たんですよ?」

「たぶん…そういうことなんだろうけど?」

「そういうことって!?」

「社長的に満足のいく結末には、なったみたいだけどね」

すい、とわざとらしく視線を避けられる。これは追求しないわけにはいかない。

「…敦賀さん?何か、隠してますね?!」

「うん、まあそうだね。隠してるといえば隠してるかな?俺も知ったのはそんなに前じゃないけど」

「…!?」

あっさり頷かれてしまい、キョーコは不思議そうに蓮を見上げた。

「ここに来た理由は俺にもよくわからないな。くれてやるから、ここに来い、来たなら、責任をとれ、と。で、部屋で待つように言われて…それからすぐに君が来たんだ」

…どこかいろいろと端折った話ですね…誰にとか、何処でとかがすっぽり抜けてませんか…
―――もしかして…言いたく、ないのかな…?

「…社長がここに来るように言ったんですよね?」

「社長じゃないよ」

キョーコは訳が分からず、は?と眉根を寄せて首をかしげる。
社長以外に、敦賀さんに指図ができる人物って…?誰?

―――ああ、いやだ…いるじゃない…口だけは偉ぶった、憎たらしいヤツが…
まさかあいつが、敦賀さんをここに呼んだの…?

そうなると、ますます、訳が解らない―――…

「あ、そうか…責任とるっていうのは…やっぱり、こういうことだろうね?」

蓮はひとり深く頷くと、座り込んでいるキョーコの前に片膝をついた。
右手は自分の心臓のあたりを押さえ、左手を丁寧な仕草で差し伸べる。
そうして、呆けているキョーコに、くす、と笑いかけた。

「お手をどうぞ?」

耳に心地いい声音に意識を吸い取られてしまう。
ほわーっとしたまま、キョーコはそっとその大きな手に自らの指先を重ねた。
手をとって立ち上がり、蓮はキョーコの頬に優しく触れ、慈しむように眼差しをおとした。

「愛してるよ、ずっと、好きだった。これからも、ずっと…傍に」

不意打ちも手伝って、その言葉は物凄い破壊力をもってキョーコの耳の奥底に響いた。
ありきたりでも、キョーコの心臓を一瞬停止させるのには充分だった。
吐く砂も出ないくらいの甘さに脳天を打ち抜かれて、まともに言葉が発せられない。

「は…はわわ…つつつ・・・?!」

これ、この状況…まさか…

敦賀さん…まさか、こんなところで…!?

いい、いいいえ、無い無い、私に求婚なんてありえない…

動揺しまくりのキョーコに、蓮は困ったような顔をして、ちらりとまわりを見回した。

「うん…さすがに、ここで言う気にはなれないかな。本当を言うと一刻も早くここから出たいしね」

そっと肩を抱き寄せながら笑う。

「どんなときでも、好きなものは素直に好きと言えるのは大事だとは思うけどね」

蓮はキョーコの体を抱きしめ、思う。

不破が彼女を大切にしなかったのは明らかだ…自己満足の域を超えない、独占欲の塊り。
彼女を喜ばす物も手段も知り尽くしていたくせに、できなかったのは幼馴染という括りからだったのだろうか。

こんなにも愛おしく、窒息してしまいそうなほどの幸福感を味わえると知っていれば、
知り尽くしている気になって、つまらない事にこだわる必要なんてなかっただろう。

―――それを、真っ当にされていたら俺は今ここに居ないかな…

そう思いかけて、クス、と自嘲する。
「負ける気満々かよ?!」と言っていた宝田の呆れ顔がよぎる。
いつのまにか、またつまらない敵対心を燃やしていた自分をもう一度諌めた。

―――勝ち負けじゃなく…今は、何より肝心な事を、言うべきだろう?

「…最上さん」

「…?」

「…君を好きだと自覚してから、ずっと気持ちを抑え込んできたんだ。それが俺にとっても君にとっても最善だと思っていたから」

キョーコは、自分の鼓動が遠のくのを感じる。
抱きしめられ、とろりと瞼を閉じると、全身が彼を感じて陶酔していくのが分かった。 

「でも…無駄な足掻きでしかなかったみたいだ」

―――敦賀さんの纏う空気が柔らかい。
体に響く声。とても心地がいい。頬も眦も熱くなって眩暈がしてくる―――

「何回でも、聞いて欲しい。きっとこの先何十年も言い続けるだろうけど…」

囁きとその体を近くに感じて、体中が歓喜に滾る。
触れて欲しいと焦がれるのを知るように、そっと頬に口付けられる。

「…好きだよ」

長身を屈ませて、唇を寄せる。

「好きだ…」

発せられる熱さにのまれて喘ぐ様に呼吸ができるのは好きという囁きの合間だけ。

「~~~~…っ」

やっと漏らした吐息も愛おしいとばかりに奪われてしまって、その激しさに息もつけなかった。
背中を捩って逃げようとするけれども、もはや逃すことなく抱きしめられ、奪いつくそうとするように与えられる熱をただ精一杯受け入れるよりない。

 

「…っは」

やっと息継ぎをさせてもらえたかと思いきや。
腰にまわした腕が身動きを封じるように絡んだ。
僅かに持ち上げられて浮いた足先をばたばたさせながら抵抗を試みるも、
密着した体と腕ががっちりと上半身を抱きこんでいてびくりともしない。

「つ、敦賀、さん?」

「うん…ちょっと、気が変わったかな」
「…っ?!」

「すぐにでもここを出たいと思ってたけど…挑戦には応じないとね?」

「!?挑戦って…ちょっ…?」

「さ、どうする?」

「!!!?」

逸らすことなくキョーコに向けられたその瞳は、限りなく甘く妖しい。

「え、え…ええ?!」

「好きなものは、素直に好きと言えるようになったからには、欲しいものも率直に欲しいって言える事と同じだと思わない?そう、思うよね?最上さん?」

輝かんばかりの笑みを零されて、痛む必要も無いはずの良心がちりちりと痛みを訴える。
嬉しそうに覗き込んでくる瞳に、きりきりとキョーコの胃の辺りが締め付けられた。

っ敦賀さん…さっきは一刻も早くここを出たいって言ってなかった?!
っていうか…今は私がここを早く脱出したい…!

「っなんでそんな…?!いい、いいいえ、とりあえず、ここを出ましょう!ね、敦賀さん…ここなんかすっごく落ち着かないしっ」
「あれ?どうしたの?さっきはすごく喜んでたのに?」
「あ、あれは…」

ここがどこか分からなかったし、ショータローが揃えた物だって知らなかったから…

「俺は構わないよ?不破が君の為に誂えた物をふいにできるみたいで征服感があるから」

「征服感って…何の…?だいたいこの部屋は私を喜ばす為に用意したんじゃなくて単なる嫌がらせって…さっき敦賀さんもそう言ってたじゃないですか…」

「嫌がらせ?本気でそう、思ってる?」

嫌がらせでここまで徹底して揃えはしないだろう?
そんな事に気が付かないほど、あいつと彼女の間は捩れて普通の考えにはたどり着かなくなっているのだろうか。

もし…もしも不破がここに彼女を連れてきていたら?

きっと、彼女は目を潤ませた事だろう、さっきと同じように。
好きな物にかこまれ、うっとりして夢心地の彼女を、不破はどんな気持ちで眺めただろう?
彼女の嗜好ぴったりの品を、どんな気持ちで用意したのだろうか?
…想像しただけで、それは胸の奥を熱く焦がしていく。

「…俺は、あいつの独占欲を責める資格なんてないみたいだ」

そっと首筋を撫で、耳に囁く。

「本当は…気付いてるんだろう…?」

かつて君が不破と過ごしたこの部屋。
いくら尋常でない飾りを施したからといって、彼女がそのことに気が付かないはずがない。

「っ…」

思惑のまま、キョーコが目を瞠り動揺の影を揺らす。
戸惑う表情に、懐かしみ憂う心が透けて見えている。
昔の記憶に経ち返っているだろうキョーコに対して、意地の悪い感情がなお湧きあがる。
体を震わせるほどの熱さを生むその感情に、もう抗うつもりはない。

迷うように唇を開き自分達のいる場所の過去を語ろうとしたキョーコに、蓮はその隙を与えなかった。


―――それを明らかにするのは…この部屋での記憶を全部、塗り替えてからにしようか…
 

 

 

 



 

 

 









最近、なんか雰囲気違うよなー…

表情が柔らかくなった、と社は思う。
柔らかいどころか、弛みすぎてるだろ、とつっこみたい時もたまにあるほどに。

いやぁ…やっと、平穏な春が訪れたんだな…蓮…
それもこれも、みんな…

「あ、キョーコちゃん発見」

そうそう、あの子のおかげだよーーー

何気なく見下ろしたホールにキョーコの姿を見つけて、社は自らの肘で蓮の肘をつんと小突いた。
それに反応を示さず、涼しげな顔の蓮を覗き込み、社は少し憮然とする。

「まーた、そういう何でもないような顔作って…おまえがそーやってクールぶってる間に、他の男にもってかれちゃったりするかもよ?」

ほらほら、あれあれ!と指を差した先には、キョーコとなにやら話し込んでいる男性。
二人ともどことなく上気した顔で笑いあっている。

「ね?楽しそうだよ、あんないい笑顔さらしちゃってキョーコちゃんも罪作りな」

「別に…普通でしょう」

「えーでも彼、キョーコちゃんのこと好きだと思うなー頬まっかに染めちゃって。あ、ほらあんな愛しそうな目でキョーコちゃんの事見てる!」

「…よっぽど波風立てたいんですね、社さんは」

「ほらほら、人畜無害な感じでリラックス効果ありそうな彼だよ?蓮負けるかもよ?」

「社さん…最上さんに話しかける男性全員をそう言ってたらきりがないですよ?」

「おお、余裕だねーさすがだねーやっぱり違うねー…って、おい、蓮?」

何も言わず、ずんずんと自分を無視して歩き出した蓮に、仕方ない奴だなぁと小さな溜息をつく。

なんだよ、やっぱり気になるんじゃないか…ま、暴走するようなことはないだろうけど、付いていくかー…

社は慌てて後ろについていき、自分達の存在を知らせようと蓮より先にキョーコに声をかけた。

「キョーコちゃーん」

「…!」

あ、あれ?なんか、顔がこわばった?
蓮に会ったから?なんで?

「あ…っ、お、疲れ様です…」

キョーコと話をしていた彼も、蓮の顔を見るなり気まずそうに俯いてしまう。

…な、なんだ?!この空気は?!

「あ、じゃあ、オレ、仕事に戻るねっお疲れ様キョーコちゃん」
「っはい!お、おつかれさまでした…」

彼らの話の切り上げ方がまたやたら不自然に感じられて、社は訝しむ。

「キョーコちゃん?」
「あ、わ、私も、スタジオに戻らなきゃ…」

そのまますれ違おうとしたキョーコの腕を蓮がすかさず掴んだ。
 
「…隠し事かな?」

ニッコリ笑って尋ねる蓮。
ほんの少しの嘘も大事になる種だと痛感しているキョーコは身を震えあがらせ、即座に白状したのだった。

 

 


 

「ええええ!?告白、された?」

「てっきりお二人にも聞えていたんだと…」

「どうりて顔が赤かったわけだ!それで、なんて返事したの?じつは私もあなたの事がずっと好きだったのぉとか」

「社さん…」

「なーんてないない、キョーコちゃんにはこんな最強男が彼氏にいるんだもの~」

「やしろさん…ちょっと、浮かれすぎ…」

「最上さんのことだから…いい先輩です、これからも宜しくご指導下さい…みたいな硬い断り方したんじゃないか?」

「っ!やっぱり聞えてたんですね…!」

「いや…そうじゃないかなと思って言ってみただけだけど」


―――「いい先輩」か…

嫌われてなく特別好かれてもない、希望がもてそうで期待できない、という
そういうすっきりしない振られ方だろう…それは。
かつてさんざん無意識にシュミレーションしてきた受け答えだ―――…

「敦賀さん?」

「え?」

「何か遠い目をして」

「ああ…いや、よかったなと思って」

「ああ!そうとも!蓮!よかったなおまえ!」

「社さん…なんだかむやみやたらに嬉しそうですね」

「だってー嬉しくないはずがないじゃないかぁー!」

スケジュール帳をばっと蓮の目の前に開いて、その中の予定の一つを指し示す。

「これ!聞いてたか?蓮!?」

「なんですか?」

ひょこりとのぞきこもうとしたキョーコだったが、

「ダメ!キョーコちゃんは見ちゃダメー!」

日記を見られた乙女のようにスケジュール帳を抱いて隠す社に阻まれた。

「またそんなにまでしなくても、別に無理に見たりしないですよ…」

―――見たりしないけど…

「まさか…それ…私に関係があったり…?」

「…まったく… この間の件といい…あの人は本当ラブミー部がお気に入りなんだな」」

蓮の呆れ声が、次第に笑いに変わる。

「本当、何を考えて…!」

よっぽどとんでもない内容なのか、笑いが止まらなくなっている蓮と、
それがどんなスケジュールなのか考えるだに恐ろしくて青ざめているキョーコ。
そして社は、見たことのない蓮に目を丸くするばかりだった。

―――ここまで笑い崩れる姿、見たことないぞ…
れ、蓮のやつ、幸せすぎておかしくなっちゃったんじゃ―――?!

だってこんなに嬉しい事はそうそうないよな。
こうなったら、もうなんでも、ありだろーーー!

「あ、社さんまで!もーー!何がそんなにおかしいんですっ?!」









ぽたん、ぽたんと雨粒のように。
集めたら、邪悪な魔法も、言えずにいる嘘も、解けて消えそうな。
少しずつ、少しずつ降り溜まった心。

愛溢れるラブミー部卒業式まで、あとわずか…かもしれない。
 




 

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