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雲下の楼閣 10 リミットゲージ

10  

 


―――約束…って…?

 

「……敦賀さ…」
首筋に、彼の大きな手が触れ、引き寄せられる。躊躇もなく、唇にふれる感触。
目を閉じる間もなくて、伏せられた彼の睫が、唇が離れると同時に静かに上がるのを見ていた。

そうして一度離れたぬくもりが、もう一度、唇を閉ざす。
「………っ」
吐息も漏らせないほどに深い口付けが熱を伝えてくる。
背中にまわした腕で痛い位に猶予もなく迫られ、キョーコはぎゅっと目を閉ざした。

……敦賀さんじゃ、ない―――………

こんな風に粗野な扱いをされた事なんていままでになかった。
それだけ彼は怒っているんだと、頭の端で考えている冷静な自分に驚く。

私の一番苦手な方法で、敦賀さんがこうして報復するのは仕方がないことなのかもしれない…だけど…


―――だけど…お願い…
「…………っ」
心で呟いた言葉は、また僅かに喉を震わせた。
―――嫌わないで……

触れた唇から伝わるキョーコの懇願に、胸に包み込む蓮の腕が、ビクリと震えた。
瞬時に、背中へ回された掌が、かき抱くようにキョーコの肩を包む。
愛しげなその仕草に、キョーコは強張っていた体から、力が抜けていくのを感じた。
崩れるように柔らかに身をあずけると、口付けはさらに深まる。

くらくらとする頭はもう思考能力なんてない。
彼に包み込まれて、自分が息をしているのかどうかさえも、分からなくなるほどの幸福感が麻薬のように襲ってくるのだ。

この間の、リハビリみたいなキスとは比べようもなかった。

想いを曝き出すような甘さに、キョーコの意識は逃れようも無く絡め取られる。
唇が、ひたりと離れたのにも気が付けないくらい熱に浮かされていた。
他の事に意識を向ける余裕も、このときにはもう無くなっていたのだ。

「……最上さん…」
耳元で低く震える声を聞いた途端、キョーコはビクッと体を震わせて半眼を開いた。

熱のこもった、真摯なその囁き。

「……っ」

―――…そんな声で…いま、名前を呼ばないで、欲しい…

…だって…なんだか…もう―――……

「え、も、最上さん?!」

…だめ―――………

  限…界……―――……
         
キョーコは、きゅーーーっという湯沸しポットのような音を耳元で聞いたような気がした。そのままくたりと体の力が抜けてしまい、意識も薄らいでいく…

…なんでこんなに胸が締め付けられるように苦しいんだろう。
好きで、好きで好きで仕方ないのに。

ああ…そうなんだ…
私は、敦賀さんが、好きなんだ。

すごい簡単な…事実、だったのに―――…

 

 

 

 


―――嫌わないで…

そう、彼女は呟いた。
自分の正体を打ち明けられなかったのは、彼女の想いの表れだ。
だが、騙していたことに変わりはない。

目を回して崩れ堕ちた彼女をベッドに寝かせてやり、ほにゃ…ともう一度目を開けるまで、その寝顔を見ていた。目が合うなり、ぴしっと彼女の表情が固まる。

「そんな…怯えた目で見つめないでくれないか…」

まだそうたいしたこともしてないだろうに……
と、そう言いかけて、やめた。
言えば、彼女の反応が今以上に硬化するのは明らかだ。

「暫く留守にしてたけど…君は、俺に会いたくなかった?」
「それは…もちろん…」
キョーコはもごもごと口ごもってしまう。
会いたかった。一週間がとても長く思えた。
どうして、すぐにそういえないの―――?

「言って?」
ふいに近くに体温を感じ、シーツと衣擦れする音に、キョーコははっとする。

―――こ、こんな真ん前に敦賀さんの顔が!
敦賀さんのベッドで!
何!このシチュエーション…!

「アノ…キオクが定かではないのですが…っ」
「なに?」
「わ、私はナゼ敦賀さんと同衾いたしているのでしょうか…!」
「仕方ないじゃないか…のぼせた君を、そのまま床に放り出しておくわけにもいかないだろう」
「は…」
思い出したのか、キョーコは即座にかあああああっと赤くなる。
「で、返事は?」
「もちろん、会いたかった、です」
「どうして?」
「どっ…どうしてって…そ、それは敦賀さんは」
「大切な先輩だからっていうのは却下。俺の欲しい答えを言って欲しいな」
「す、すすす」
「…好?」

「す、崇拝してるんです!尊敬です!敦賀さんは私にとって…神様のような存在で!!!」

…相当期待をしていた分、蓮はかなり気を削がれた様子で、むっとした表情をして言った。

「それは…かなり不満のある回答だね」
「へ…?ゃ…っ」

罰と称して。

額に。
頬に。
鼻先に。
それから、首筋に耳朶に―――
蓮の唇が、触れていく。

「ひ…っ…!会えて嬉しいです、会いたかったです、ゆるしてくださいぃ~~~」

―――まったく!最上さんには「好き」とか、「愛してる」とか…そういう発想はないのか…!?

優しく指でキョーコの髪を梳きながら、蓮はふるふると首を横に振る。

「―――どうやら、まだまだみたいだね…ラブミー部卒業は」

「な、なんでここでラブミー部がでてくるんですかっ?」

「…仕方ないな。まあ、今日のところはこのくらいでいいか…」

―――あまり問い詰めすぎても逆効果だろうし…

「あの…もしかして、もう、怒ってないなんてこと…」
おずおずと上目づかいで顔色を窺ってくるキョーコの頭を、わしゃわしゃと撫でてから、つんとふくれてみせる。
「怒ってるよ。もの凄くね」
くしゃくしゃにされた髪をせっせと整え直しながら、キョーコは困惑する。
凄く怒っているというえわりには、彼の横顔は、とても嬉しそうで、怒り波動も検知されていない…

「はあ…しかし…ニワトリの姿とはいえ、俺からすると…相当恥ずかしいことを最上さんに相談していたんだよな…」

まいったな、と呟いて頬を少し赤らめて恥らう素振りを見せる。蓮はキョーコにのしかかるようにしていた半身を、ぼふんと投げ出すようにして隣に寝転がった。
額に手の甲を当てて、照れくささから表情を隠す。

「―――どんな相手にでも、全力を尽くしてしまうのは、変わってないんだな…君は」

「え?」

「お弁当、昼までに持って行くんだろ?」

「はっ!そ、そうだ!い、今何時にっ?」

がばっと起き上がってバタバタと仕度に走りだそうとするキョーコを、蓮のぼそりと洩らした言葉がとどめさせる。

「…―――あいつ…勘違いしないかな」

「へ…?何をです?」

「君が…俺にお弁当を作ってきてくれた時、君の心が俺に向いてきているんだと感じて…非常に嬉しかったわけなんだけど」

じっ、と見つめられながら腕をつかまれて、キョーコは焦りだす。

「ほっ本当に、誤解しないで下さいよ?!これは祥子さんに渡すんであってヤツに渡しにいくわけじゃないですから…器だけ入れ替えてもらえば、ヤツにわかりはしないはずです!」

溜め息をついて、蓮はキョーコの手を解放した。

―――あいつが、どう感じるか…それが気がかりなんだ。

彼女が不破に対して積極的にどうこうしたいというのではないことは分かっているつもりだし。表面的には。

「それはわかってるって…そうじゃなくて……」

―――なんだか堂々巡りになりそうなので、それ以上突っ込んで話をしないほうがよさそうだ…なにか…すっきりしない思いは残るけれども。

「…いいや、いいから行っておいで。急がないと間に合わなくなるんだろ?」

キョーコの方も不自然に中断された会話に釈然としない思いから、ベッドサイドに戻ると、膝を付き、寝転んだままの蓮の顔をのぞき込んだ。

「ん?」

「敦賀さん…今日はお仕事は…」

「今日は、入ってないけど?」
予定を繰り上げたのだから、この日はオフ同然だ。

「じゃあ…今日のご予定は…」

「?特に、ないけど?」

キョーコは、ぐっと両方のこぶしを胸元で握り締めた。
せっかくのオフ、一緒に居られるなら居たい…!

 

「あの…お願いが、あるんですが―――…」

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Comment

無題
  • mameruku
  • 2008-03-03 00:22
  • edit
管理人です。この間あと3話と言った気が…もうちょっと続きますね…。
はじめまして。
はじめまして。michiyonと申します。
毎回ドキドキしながら拝読させて頂いております。
続きが非常に気になりますので、更新楽しみにしておりますね。
こんにちは
  • ゆみ
  • 2008-03-04 15:29
  • edit
私も、すごく楽しみです。続きぜひ頑張って下さい。
michiyonさん
  • mameruku
  • 2008-03-06 09:46
  • edit
いらして下さりありがとうございます~!ドキドキしていただけてると?!嬉しいです!
スキビ好きなあまり妄想せずにはいられなくて…(照
ゆみさん
  • mameruku
  • 2008-03-06 09:51
  • edit
ありがとうございます~!
「楽しみ」とのお言葉を頂けて、勇気りんりん!完結目指して頑張れます!
今後ともお付き合いくださいませ~!

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