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13 「ああ…そのことは…社さんに俺が無理なお願いをしてしまい悪かったと思ってますよ。彼女もマネージャーは事務所から付けられるまでは必要ないって言っていましたし、もともと、ほんの数日だけのつもりでしたから。だいたい、あんな状態、続けてたら社さん、本当に倒れますよ…」 ―――まあ…あれが原因じゃないとは言い切れない。 ―――なにがあったんだ…また、涙目になって… 君は…あいつに弁当だけでなく…そんな事まで… あああああー…そんな事、敦賀さんが言うわけないじゃないっ い、いやっ、やっぱりそんな事わざわざ自分からばらすのも変よ… でも…言わないでばれた時を考えたら…そっちの方が怖い…っ ああ、で、でもっ…でもーーーー 身振り付きでなにやら悩みまくっているキョーコを、蓮はくすくすと笑って見つめる。 「…どうした?なんかまた、一人で盛り上がってるみたいだけど…」 「!!」 い、いけない!また思いっきり不審な態度を…! 「…っ……なんでも、ないです…」 「なんでもないって、形相じゃないだろう。どこからどうみても」 「いえあのっ…ただ、敦賀さんに、急に会いたくなって…っ」 ―――それは、嘘ではない…どうしても、敦賀さんに会いたかったの… 「ふううううん、へええええ…」 「あんたが次に挨拶にくるときは結婚の報告なんじゃないかって内心はびくびくしてたんだよ」 ……これから吹き荒れる、嵐の前の静けさだということにも、気が付かないままに――― ―――今はまだ、そのままでいい。 手に入りそうで、入らないままで。 過去に縋るつもりもなければ、手を伸ばすのを諦めることもない。 ずっと空っぽだった心の在処がやっと見つかりそうな、期待と羨望に胸を逸らせ、もしくは見失わないかとと不安に翻弄されながらも、雑多とした日々を過ごしていく。 雲の向こうに輝き続ける月を攫むそのときまで、
「うん…そうだね…じゃあ、また」
こちらに背を向けてはいるが、蓮が今どんな顔で電話に出ているか社はよく知っている。
折り返しすぐに電話をかける蓮は、今ではあまり珍しくなくなった。
ゆるやかに微笑んで話をしている様子を見るのは最近では頻繁だけれども、昔の蓮からは想像もつかない。
―――いつまでも、この表情を保っていけたらいいんだけどね…
何かそのうちとんでもない事が起きるような予感がしてて…いまいち、心配なんだよな…やっぱり俺…
「なあ、蓮?俺、もうちょっと、続けてたほうがよかったんじゃないかな」
「何をですか」
「キョーコちゃんの、マネージャー」
蓮は携帯をポケットに納めると、申し訳なさそうに社を見て言った。
「うん…まあ、確かに正直、体力的にはきつかったかなあ…」
でも…精神的には今より安心できてたような…
「まさか…俺のマネージャーより、最上さんのマネージャーをやりたくなったとか」
「そんなわけないだろっ」
「社さんが専属でないと、俺が困るんですよ。勝手なことばかり言って、すみません。でも、俺に嫌気がさしたとても簡単には辞めさせませんよ?俺のマネージャーは社さん以外にないと思ってますから」
―――なんだよー…
「俺、おまえのマネージャーを辞めたいなんて思ったことはないよ」
…蓮のやつ、ちょっと嬉しいこと、言うじゃないか…
じんわりと感激を噛み締めていた社だった。
そうしてその日の仕事を終えた蓮に、社はずっと気にかけていたことを訊ねることにした。
「なあ…蓮?」
「はい?」
「別居することになったのって、もしかして俺のせい?」
「は?」
「だってさ、急にキョーコちゃん、引っ越すなんて言い出して…」
「それがなんで社さんのせいになるんですか…」
「俺が、あの写真を見せたから、それが原因で…とか」
あの写真を見たから、決壊が切れたとも言えなくもないからだ。
だからといって社さんが気に病むようなことは何もないはず…
結果的に、いずれは判ることだったと思うし、隠し通されていても気分がいいものでもなかったから、これはこれで…よかったんだと思う―――
「違いますよ。もとより彼女は住まいを探すまで俺の家にいる約束でしたから。別居とか言うの、なんか不吉な響きなんでやめてくれませんか…」
「だっておまえ、何も言ってくれないんだもん。いくらマネージャーの間柄だからってすべてをみんな俺に話せとは言わないよ。だけどさ、おおまかにでもいい、身辺で大きな変化があったときは知らせて欲しいんだ。そしたら俺だって、サポートのしようもあるだろ」
「心配いりませんよ。ちゃんと進展してますから。それが現状全てです。じゃ、社さんにはこれですべて話したということで納得していただけたかと」
「おおまかすぎだよ!あまり秘密主義つらぬかれたら、俺、泣くぞ?!だいたい、あの写真に、なんの問題があったかも俺はよく知らないんだぞ。詳しく教えてくれたっていいじゃないか!」
「あ、あれみてください、社さん、あれ…」
「なんだよっ、話ごまかそうったって、そうはいかない…」
「…なんかこっち向かって来るみたいですよ」
「な、なんだ?砂煙…?」
控え室の前に着いたところで、二人は立ち止まる。
廊下の向こうに見えるその正体が、凄い剣幕で突っ走ってくるキョーコだと気が付くまで数秒とかからなかった。
「うおっ?キョ、キョーコちゃん?!今度こそ、キョーコちゃんだよな?」
猛スピードで近付いてくるなり、くたっがくり、とひざまずく。
見守る蓮と社の前で、ぜーはー言いながら、キョーコは息を整えつつ苦しげに叫ぶ。
「しっ、信じて下さい!敦賀さん!」
そんな!敦賀さん!あいつが突然、避ける暇もなく…!
病院にも足繁く通っていたじゃないか…信用できないな。
やっぱり君は、俺よりも不破のことが大事なんだろう…?
違…っ違います!
もううんざりだよ。君とはもう会いたくもない。
不破とお幸せに。
「…っ!!!!」
きちんと弁解すればきっと、あれは単なる嫌がらせで、事故みたいなものだったって分かってくれる…!
これはやっぱり隠し通すほうがいいかしら…
ひゅーひゅーと口笛の真似でからかいかけたが、空気を読んで社はびたりと停止する…
―――アレ?な、なんか、ふ…雰囲気が、違うっ…?
ココは、からかうトコじゃ、ないみたいだ…?!
「と、とりあえずさ、控え室入りなよ二人とも…っ」
社はぎゅうぎゅうと二人の背中を控え室へと押し込んだ。
すでに二人の世界に入り込んでいる様子で…社の存在など忘れているようにも見える。
あの一帯にだけ、甘々空気が漂っているみたいだ…大半は、蓮が醸し出しているものだろうけれど。
「―――俺にも…そういうときがあるよ」
蓮の長い指が、キョーコの髪に触れる。
「君に無性に会いたくてたまらなくなる…」
キョーコは、魅入られたように蓮を見つめた。
傷口が疼いているはずの心を、その言葉がぴったりとふさいでしまったようだった。
潤んだ目で蓮を見上げると、優しげな視線がキョーコの心にしんと侵食してくる。
キョーコは、戸惑うような表情を浮かべた。
「……敦賀さん…」
「そんなに、俺に…会いたかった?」
「……っ」
…頷いたキョーコの頬に、蓮の手が触れるのを横目で確認しながら、社はざあざあと口から砂を吐きつつ、速やかにその場から退散したのだった。
一週間後。
キョーコは蓮のマンションから引っ越し、だるまやでの下宿に戻ってきていた。
すっかり荷解きし終わった部屋は、前住んでいたのと、ほぼ元通りに納まっている。
「女将さん、じゃあそろそろ時間なのでっ」
「気をつけて行くんだよキョーコちゃん」
「はい!」
ちらりと、キョーコはカウンターの向こうに視線を送る。
「大将、いってきます…」
「………」
振り向きもしてもらえず、返ってくるのは重い沈黙。
キョーコは女将にぼしょぼしょと耳打ちする。
「女将さん…大将は、やっぱり私がここに住むこと賛成してないんじゃ…」
「はー、いい大人の男が拗ねちゃって嫌だねぇ、あんな事言ってるけどさ、あの人、噂を耳にするたびに不機嫌でしょうがなかったんだから。あんた、戻ってきてくれて良かったよ」
まったくもう、と苦笑して厳つい顔を見やる。
途端、大きく響いた咳払いに肩をすくめて笑い、キョーコの背をぽんっと押して勢いよく送り出す。
「何も気にする事ないよ、しっかり一日仕事してまたここに帰っといで!」
「…はい…!」
以前どおりに通えることが、キョーコにとって何よりも嬉しかった。
敦賀さんとは電話を頻繁にしているし、マンションにもご飯を作りに行ったりもするけれど、あれ以降モー子さんの言う所の進展も特には…ない。
それから…馬鹿男のことは、犬にでも噛まれたと思って気にしないことにした。
……もちろん、敦賀さんにあのことは内緒にしている。
今は仕事に打ち込むために安定した心身でいたかったから、変化を望んではいない。
それを与えてくれる周囲の人たちに甘えることができるのが嬉しくて、キョーコは満たされた心を胸に抱きしめ、足を踏み出した。
もう暫くこのまま、望み全部に届かないままで、いい。
それぞれの未完成な楼閣は、揺らぎながら堆く積み重ねられていくのだ。
~終~
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