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「結婚も秒読みかという噂も聞かれるようですが、元彼としては複雑な心境なんじゃないですか?」
あーあ、おまえらそれしか考える事はねーのかよ、このスカタン共。
「………本日は新曲披露の会見ですのでプライベートなご質問は却下させていただきます。」
何度同じ会場アナウンスを聞いたことか。
いい加減、日本語理解出来ねーのか、こいつらは。
それとも俺の新曲よか、奴らの交際の方が興味あるってのかよ?
無表情な尚の顔から感情を読み取りながら、祥子は内心溜息をついた。
新曲の披露の為の会見であるのに、何度も無関係な質問で話の腰を折られて、彼の苛立ちは相当だ。
完全無視に徹している尚だが、怒りのボルテージはじわじわとMAXに近付いているのが、祥子には手に取るようにわかった。
「はあぁ、まったく、いつ尚の我慢の限界が来るかとひやひやしたわ…尚、あなた、キョーコちゃんとのこと」
「祥子さん、それよか俺、ホテル戻って次の曲の続きやりたいんだけど。次の仕事までどれくらい時間ある?」
「え、ええ…。夜スタジオ入りまで時間あるから、じゃあ一旦ホテルにもどりましょう…」
この分じゃ、また、荒れそうね…
飲み物買ってくるわね、と祥子が部屋を出て行ったとたんに、尚の苛立ちが爆発する。
勝手に俺をキョーコの元彼氏なんかにしやがって…
キョーコとヤツが同棲?んなわけねーっの。
ねぇよ、あのキョーコに限って、そんな色恋めいたハナシがあるわきゃね…
……………
………!!!!!!
「だあああ!!だれだっつーのオマエは!!おはようのチューとか$%&#!¥@*してんじゃねぇええええええ!だいたい、元彼氏ってなんだっつーの!!!ふざけんな、それじゃ俺がまるでキョーコに捨てられたみたいじゃねーか!ヴああああ!むかつく!!!」
「尚…」
戻ってきた祥子にも気が付かないほど、妄想にとり付かれて半狂乱になる姿を、もう何度も目にしている。
今のように怒り狂ったかと思えば、どんよりと底辺のないほど沈み込んだり、かと思えば思い出し笑いなのかニヤリとしたあと、我にかえり深い深い溜息を付いていたりする。
おおよそ以前の彼であればしないような表情をここ数日で頻繁に見せつけられて祥子は正直、かなり動揺していた。
そんな状態に陥った後、その反動なのか尚は決まって曲作りに没頭した。その都度、今までの彼の曲とは違った境地を切り開いていくから驚きだ…
「やっぱり…キョーコちゃんの威力って凄いのね…」
ホント、私の力なんて必要ないみたい…
だけど…いつまでもこのままではいられない。いつかは白黒をつけなければ、彼はいずれ壊れてしまうだろう。
その日の為に、自分が彼に出来る事は、何だろうか…
「ねえ、尚…?」
祥子は小さなメモを手渡す。怪訝そうな顔の彼を、祥子は決意を込めて見つめた。
「そろそろ、決着つけてみたらどう?」
今日でこの格好ともお別れね…
坊の頭をはずしてしみじみと見つめる。
ぷきゅぷきゅ、着替えるために控え室に戻ると、着信を知らせる振動がキョーコのバッグの中で響いていた。
あ、事務所からかな。
新しい仕事のことかもしれない。
慌てて携帯を取り出したキョーコだったが、受信されたメールを見るなり顔が固まる。
『件名:無題 本文:明後日八時にモントレ赤坂へ来い。来ないとオマエの恥かしい過去をばらす。不破尚』
な、何?この脅迫まがいのメールは…。
過去をばらすって…一体何を…?
べ……別にあいつが、私の何をばらそうが痛くも痒くもないし。
このメールが本当に奴からのものかなんて分らないし。
誰か別の人間がショータローの名を語ってるだけかもしれないし。
こんなの、相手にする事ないわよね?
そうそう、ほおっておきましょー?
ほおっておくが一番よ!
そうして、強張ったままのキョーコの頭上で怨キョ談合が終わり、結論が出る。
「うんっ。見ーなかった事にしようっと!」
にこやかな笑みを頬に貼り付けて携帯を閉じた途端、2通目のメールの到着を知らせる震動が伝わってきた。
『件名:無題 本文:見なかった事にしようとか思ってんじゃねーぞ』
な、何っ?
立て続けに着信を伝える振動が手の中に響く。
『件名:無題 本文:お前の恥かしい過去やら面白いネタ、俺は沢山持ってんだからな。分ったら返事くらいしとけよ。来るときゃ間違っても週刊誌に撮られるようなヘマすんじゃねーぞ。じゃあな』
…っ…なんて気色の悪い男なのかしら!
こんなの送ってくるようなヤツ、ショータロー以外にいるとは思いたくないわね……メール来るごとに不遜でヤツらしい文章になってるし…!
ふぬっと鼻息荒く携帯の画面を睨みつけ、瞬時に返信を打ち込む。
『件名:Re: 本文:誰だか知りませんが、大変迷惑ですのでもうメールしてこないで下さい』
送信。終了!
だが、キョーコの意思を完全に無視して、手の中で再びの振動…
『件名:Re:Re: 本文:迷惑だ?そんなこと言ってられるのも今のうちだけだぜ。俺がわざわざお前なんかに連絡とる意味考えろよ』
なっ…
『件名:Re2:Re: 本文:用件があるならちまちま打ってこないでまとめて送ったらどうなのよ?何と言われようとあんたと会う気は無いわ』
『件名:Re:Re2:Re: 本文:お前、それが今まで散々世話になってきた幼馴染に対する言葉使いか?』
『件名:Re2:Re2:Re: 本文:おおいやだ!思い出すのもおぞましい暗黒の時代ね。私の恥かしい過去話としては最高級よ!確かにそんな話されたらたまったもんじゃないわね!』
『件名:Re:Re2:Re2:Re: 本文:それはこっちのセリフだ。お前こそ変な噂を垂れ流すんじゃねーっつの。迷惑してんだから侘びのひとつでも寄越したらどうなんだよ』
『件名:Re2:Re2:Re2:Re: 本文:大迷惑こうむってるのはこっちのほうよ!だいたいあんたなんかに興味ないって言ったはずよ?この微妙な時期に何の話があるってのよ?アドレス誰に聞いたか知らないけどあんたになんか飛ばす電波すら勿体無いくらいだわ!』
『件名:Re:Re2:Re2:Re2:Re: 本文:いいのかよ?オマエの過去話ばらしても?腐っても芸能人だもんなあ?変なイメージ付くの嫌じゃないのかよ?』
何を今更…ああ、もうシカトシカト。無視しておけばいいのよ…馬鹿ねキョーコ、こんなメール相手にすることないわ。
『件名:Re2:Re2:Re2:Re2:Re:オマエはいいだろうが、もう一人噂の相手にも飛び火するんじゃねえのか?』
………っ
…ぐぬぅショー…タロー…さては私に用があると見せかけて、敦賀さんの名誉を傷つけようって画策してるんじゃないでしょうね?!
相変わらずやることが狡いのよあんたは!
『件名:Re:Re2:Re2:Re2:Re2: 本文:分ったわよ!行きゃいんでしょう!必ず行ってその口しかと封じてやるから心しておきなさいよ!』
超速度で返ってくる返信で久方ぶりに闘心が湧き上がり、負けじと猛スピードで指を動かしていたキョーコに、その時、おずおずとかけられた声があった。
「あの…キョーコちゃん?ずいぶん熱心にメールうってるね?」
は……
「あ、石橋さん…」
控え室の入り口で、
そういえば、携帯に気をとられて扉も閉めないでいた…
「なんだか鬼気迫る勢いで声かけづらかったけど…何か込み合った話なのか、な?相手はもしかしてキョーコちゃんの…彼氏、とか?」
探るような目で問いかける石橋に、キョーコは思わず全力で手首を振り、力いっぱい否定した。
「違います!私にそんな相手はいません!!あの噂もこの噂もすべてデマですから!」
「そ、そうなの?ホントに?」
「はいっ!!私は不順異性交遊するようなふしだらな人間ではありません!断言できます!」
そうか……そうかぁ…。不破くんや敦賀さんにも靡かなかったなんて、さすがキョーコちゃん…
これって…俺にもまだまだ望みがあるって事だよね…よ、よしっ、勇気を出して…今日こそキョーコちゃんに…!!
「あ、あははは、ふしだらって…またずいぶん古めかしい言葉使うんだね。でもさ…でも俺、キョーコちゃんのそんな古風なところが、結構、い、いやかなり、す…好きだよ?それで…それで、さ、その…よかったら今日こそ一緒にご飯食べに……って、わあ、いない!」
照れくささで伏せていた視線を上げると、すでにそこにキョーコの姿は無かった。
「おつかれさまで~~す」という声をなびかせながら、ニワトリの胴体を抱えたキョーコが廊下の向こうへ走り去っていく…
「うっ…ううっ…いつもより気合入れて誘ったのに…っ」
「不憫だな、リーダー」
「完全アウトオブ眼中なんだ…、リーダー」
「まだまだ勝負はこれからだしさ、次があるよ、リーダー」
「ある意味誰にも落とせなさそうな子だしさ、くじけず頑張れよ、リーダー」
事の成り行きを見守っていたメンバーが、肩を抱きながら交互に慰めの言葉をかけてくれる。
「そうだよね…オレ、まだ頑張れるよな…うん…頑張るよ…だけど、どう頑張ったらいいのかなあ…」
「頑張りはじめに、まずは彼女と同じ気持ちになる為に、コレ、かぶってみたらどうかなリーダー」
「そうだよ、それだ!!きっと何かが分かるに違いない!」
彼女が忘れていったらしい坊の頭を、きらきら輝く瞳で楽しそうに抱え上げて差しだす二人を、石橋はじっっと見つめた。
「…………おまえら、ホントに俺の事応援してくれてる?」
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