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雲下の楼閣 3 艶めく前兆

 

 

 主演ドラマの撮影は、順調だった。
男二人を手玉に…等の、噂を鵜呑みにした共演者からの陰湿ないじめも、撮りが始まってからは、キョーコの役者魂を目の当りにして次第にその影を潜めていた。
 花のように微笑み、儚げに恋い慕うヒロインの役は、待ちに待った理想的な役柄だった。だからキョーコにとって、思い入れも一入だ。
ほわほわと演技の余韻に浸っているキョーコの頬が、ほんのり薄紅色に染まっているのを見て、共演者の女優が嘆き声をあげる。

「あーあ!しょーがないよねぇ…分る気がするもの…」

「…へっ?なにがですか?」

 我にかえったキョーコは、それと同時に、肩へばしん!と乗せられた彼女の手に「ひぃぁっ?」と声をあげて驚いた。
キョーコとは十ほど齢が離れていて、いじめの筆頭者でもあった彼女だったが、このところは、まさに手のひらを返したように穏やかで理解的な接し方になっていた。

「地味かと思いきや意外と綺麗なんだもんキョーコちゃん!メイク栄えするっていうのもあるけどなんていうのかな…うまく言えないけど…色気もでてきたみたいな…それに仕事は完璧だし筋も通してくれるし。こまめな気配りだってできちゃうし。やっぱり、私には真似できない…敦賀さんの気持ち、よく分かっちゃうのよ…」

「…何言ってるんですか。だいたい、あの噂は嘘ですって言って」
「アンタこそ何言ってんのよぉ?!敦賀さんの家に住んでるのは事実でしょう?!同棲じゃない!!それで付き合ってないなんて誰が信じるっているのよっ」

凄い剣幕に押され、キョーコは視線を泳がせる。

「う…あれは…単にリハビリに付き合ってもらってるだけですから」

 ぼそりと漏らした言葉に「え?!なんですって?!」と反応され、キョーコは慌てて首を振った。

「…いえ、なんでもないです」

 説明なんて出来るはずもない。
したところで「何それ!やっぱりそうなんじゃないの!」と言われるのがオチだ。

 はっ、そんな甘くてふわふわしたモノじゃないのよ皆さん…
心臓に悪いのよ。生死がかかってるのよ。

「あっ、キョーコちゃん!仕度終わった~?」

…そして…この人も盛大に勘違いしているみたいだけど。

「社さん…過労で倒れますよ。私はそんなに仕事多くないからマネージャーなんていらないって言ってるのに。自分で管理できますから!」

「うん、もし俺が倒れたら蓮の代マネよろしくね、あ、そうか、そしたらキョーコちゃんの代マネもいなくなっちゃうんだ!どうしよっ」

「や・し・ろ・さん!言ってる事伝わってます?!私にはマネージャーなんて必要ないって言ってるんです!」

「そんなぁ…キョーコちゃん。だってキョーコちゃんのマネージャー業は蓮のためでもあるんだよ?」

「……敦賀さんとはお電話でちゃんと連絡取り合ってますから、社さんは余計なご心配しないでいいですよ」

「へええええ電話をねぇ~」

「そんなキラキラした目で見ないで下さいよ…とにかく!社さんは敦賀さんのマネージャーなんですからそちらの仕事を全うして下さい!」

 何よりも!早い所やめさせないと、私が坊の仕事してたの、社さんを通じてばれちゃうとまずいし!
口止めしたって、社さんは敦賀さん側の人間だから口止めしたことすら彼に筒抜けになるに違いないもの…そんな恐ろしいことになる前に、坊の仕事をやめたわけなんだけど…過去は消せないもの…!
油断できない!


「じゃあ、私これで失礼しますね…。って!ちょっと…社さん、なんでついてくるんですかっ?」

「うん、蓮に頼まれてね、キョーコちゃんを家まで送り届けるようにって」

キョーコは、くはああああああぁぁと魂混じりの深い溜息をついた。

「社さん、今日はちょっと寄るところがあるので…一人で帰りますから」

 社さんがいれば、マスコミを相手せずに帰れるだろうけど…
今日はその前に決闘…いや呼び出しをうけているから仕方ない。

あーーーどうして行くなんて言ってしまったんだろ!あんな奴、もはや死ぬほど興味がないのに…

 

 

―――本当は、どうしてなのか何となく分かっている。

きっと、まだそれを認めるのが、私は怖いんだ―――


 

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