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7 「いい加減…その気色の悪い顔やめてくれない?店員さん、怯えてるじゃない」 「ご、ごめん、ごめんね、モー子さんっ」 謝った後で、ふ、と自嘲する。 受け取ったばかりのクレープが、キョーコの手からべたっと勢いよく落下する。 「っ!どうしてわかるのっモー子さんっ」 「その顔みりゃ誰だって分かるわよ…で、いくとこまでいったわけね?」 「へ?どこへ?」 「とぼけないでよ、それともアンタ…あたしにそれを言わせたいわけ?」 「???」 耳元でこそっと言われた言葉に、キョーコの顔は真っ青になった後、即座に真っ赤になる。 「な、なんて事言うの!いやああっモー子さんのえっちぃ!」 「じゃあ何よ?」 「……」 もじもじとしながらも、ごにょごにょと耳打ちするキョーコ。 「ふーん…一緒に住んでていまだにキスだけなんて信じられないわね」 「そ、そう…かな…」 「そうよ。好き合ってんでしょ?あんたと敦賀さん」 「…………」 「ふーん…あんたに合わせてくれてるのね、優しいじゃない、彼」 奏江は、キョーコの浮かない顔をしみじみと見る。 この子の泣き顔よりも喜ぶ顔を見るのが好きなんだろうなぁ、敦賀さんも。 「…あ…!モー子さん!」 ………はっっ…!いやだ…っ!! 「なんだか今の会話って…好きな人のこと語り合う親友同士って感じじゃない?きゃー!ずっとしてみたかったのっ」 「は…はあ?!」 「だって小さい頃から友達にショータローのことなんて誰かに話そうものなら…翌日からは過酷な日々が待っていたもの…」 「…ふふふ…ふふふふふ……くすくす…っ」 「っどんな顔してても気色悪いわね…しまりの無い顔してると置いてくわよ」 「は、待ってモー子さん!ね、そういえばそういうモー子さんには好きな人いないの?」 「私?」 「うん!モー子さんのそういう話聞きたいなあ!だって親友でしょ?最重要ポイントでしょ?知っておきたいよ~」 「私は………そんな人いないわね。愛だの恋だの言ってる暇も余裕もないもの。第一、私は恋愛にはむいてないんだと思う…」 「そんな…モー子さんだったらきっとよりどりみどりなのに…」 「………」 …ん?どうしたんだろモー子さん…あまり触れて欲しくない話題だったのかな… 「…モー子さん?」 「いいの!私はそんなのはどーでも!私の事はいいから、自分の事しっかりやんなさいよ?!三日後でしょ?問題のドラマシーンの撮影は」 「ああああーーーそうよ、どうしたらいいんだろうーーーー」 「……全然、違うよ、モー子さん…」 「どこがよ?嘘ついてんでしょ?でも好きなんでしょ?相手を敦賀さんだと思えば、ヒロインに気持ちが同調するんじゃないの」 「敦賀さんと相手役とじゃ月とすっぽん…相手役は、遊び好きなどうしようもない男よ?ヒロインの気持ちなんてここに至るまで気付きもしなかった鈍感男よ?」 「私は…敦賀さんに縋っておきながら本心もちゃんと明かせない卑怯者だもの…」 『恋なんて生易しい感情じゃないんだよ。愛だよ、愛。恋から一気に感情が駆け上がる大事な場面なんだよ!』 最初のテイクで、監督に言われた言葉が頭の中をぐるぐるとめぐる。 「あああ…わかんないーーー愛って…いったいなにーーーーー!」 「あーー!もーーっ恥ずかしい!そんなこと往来で叫ばないでよっ」 「ただいま…」 そんな期待をしながら、慌ててカバンから携帯を出して見てみる。 いつにない彼女の激しい口調に、胸騒ぎを覚えるばかりで、ちっとも頭は働かない。できることなら、関わりたくはない…だけど… 「なあ、れ~~ん~~~?おまえがいない間に、アイツが家に上がりこんでたりしてたらっど~する~~?」 言う気がないって事か――― 「何悩んでるんだか知らないけどさ、かわいいキョーコちゃんの写真、送ってやるから元気だせよ」 ゴム手袋を装着し自分の携帯をぽちぽちとした直後、蓮の携帯が何度か着信を伝える。 「女優さんの仕事の裏側を激写~なんてねっ」 呆れつつも、しっかりと社からのメールに目を通す蓮。 どの写真も変に気負った表情というか、妙に険しい顔つきをしているのだ。 「最初の不意打ちで撮った一枚くらいかな、自然体なのは。後のはさぁ、キョーコちゃん、敦賀さんに送る気ですねっ?って聞くからさ、もちろんそう!って答えたらそれからは携帯向けるたびにかたくなっちゃって」 最初の不意打ちらしい写真の彼女は、目を驚きに丸くした無防備な表情。 見た瞬間に、蓮の胸に触発されて湧き上がる感覚があった。 「あの」彼女が、 「大好き」と言って 寄り添ってきた瞬間。 あんなに胸が震えた経験など今までになかった。 「―――ん…蓮…おーい、蓮~っ戻ってこーい」 「…え?これの、どこに最上さんが映ってるんです?」 白い物体が、画面いっぱいに写っているだけで、人の姿は見当たらない。小首を傾げた白い鳥のキャラクター…これは…よく知っている風貌だ… 「って、思うだろ?!思うよな?!まさか、この中にキョーコちゃんが入ってるなんて思いもしないだろ?ほんと……仕事選ばないっていうかさ…気ぐるみ着るのって、けっこう体力いるし、お年頃の娘さんだったら恥ずかしさだってあるだろうに…お兄さん、仕舞いには泣けてきちゃうよ」 「…………え…?」 「いくらラブミー時代に引き受けた仕事だっていってもねぇ…もう少しえり好みしたっていいと思うけど。あ、そうか、だから隠してたんだ。最近までこの仕事してたの知らなかったしなぁ…」 「ま、待って下さい、社さん…!中に…誰が?」 蓮の驚きように、社の語尾は弱々しくなる。 ………最上さんが?そんな…じゃあ―――… 「…おい?蓮?」 おーい!と目の前で手を振ってみせる社。 「それは…いつから…?」 蓮は愕然としたままで、社の掌など見えていないかのように訊ねた。 「さ、さあ?たぶん、ラブミー部に入ってそう間もない頃からじゃないかなと俺は予測するけど…だから!いったい、それがどうしたって言うんだよ?!」 「いや…なんでもないんです…」 すうっ、と蓮の顔に表情が戻ってくる。 「ああ…いえ、ちょっとからかおうかと思ってるだけですよ…そんな格好したことないなんて 言 い 逃 れ できないよう、動かぬ証拠写真を本人に見せてから 感 想 を聞こうかと…」 にこやかにそう返す蓮の表情を、眼鏡の向こうから疑わしげにじっと見る。 「………ふうん?感想ねぇ」 腑に落ちない様子でそう言いながらも、社は手早く写真を送信する。 「…ありがとうございます。彼女から、どんな話が聞けるのか…」 本当に、楽しみだよ…最上さん…―――
「キョーコ、ちょっとっ、キョーコっ!」
「…はっ」
私…またうすらぼけーっとしてたのね…
恐ろしい…恐ろしい魔力だわ…思考回路を破壊するほどの猛威をふるうとは…
考えないようにしていても、いつのまにかもやもやとした想いに支配されてしまうのだ。いくら考えたって、明確な答えなんて弾き出せやしないのに。
あーーーもうだめだめ!
今は、せっかく久しぶりに会えたモー子さんとのデートを楽しまなきゃ!
「………なんか進展あったんでしょ?敦賀さんと」
キョーコは落としたクレープを拾い上げて、もったいないなあ、と惜しみながらも捨てるごみ箱がないか店先をきょろきょろと見回す。
しかも演技の指導って…なんなのそれは…
なんか…想像がつくわ。この子の性格からすれば…敦賀さんがそうそう手を出せないのも分かる気がする。
喜んだり、落ち込んだり、起伏の激しい…
『も』って何よ?『も』って!!
ああ、嫌な記憶がめぐっていくわ…もう笑うしかないような陰湿な過去の記憶が…ふ…ふふ…
ドラマの撮影が、三日後に延期されたせいで久しぶりに出来たオフだったけれど、心は休まりそうになかった。
今日のデートは電話口で弱音を吐くキョーコを、奏江が気分転換にと誘ってくれたのだ。珍しく奏江のほうから誘われて有頂天になっていたキョーコだったが、一気に悩みモードに引き戻されて頭を抱え込んでしまった。
「聞く限りの話では、今のあんたの状態そのままじゃない。いいんじゃない、演技指導、生かせるでしょ?」
「あそ、それはごちそうさま」
「っじゃなくて~~!だってね、モー子さん!この役は、そんな男を純粋に恋い慕うけど相手の立場を思って身を引こうとするような謙虚で前向きで素直な少女なのよ?」
「そうね。そういう女ほど、どうしようもない男に惚れるものよね」
あんたも、ね。
敦賀さんはどうか知らないけど、不破は、ねぇ…
やっぱり、まんまキョーコな役柄だと思うけど…
「はぁ…あんた…相変わらず卑屈ね」
「だって…っ、自分でも、どうしようもないの…隠そうとするほど隠せなくなりそうで…」
「そんなの思うようにしたらいいじゃない。素直になりたいと思わないわけじゃないでしょうに」
「うう…それができたら…どんなにか…」
「じゃあこの際、すっぱりと演じ分けなさいよ」
「…どうやって?」
「………うっ、そっそんなの、私にわかるわけ、ないでしょ…」
敦賀さんのいない、マンション。
一週間のロケ…あと何日会えないんだろう。
キョーコは、そっと、唇に触れる。
―――会いたい…な…敦賀さんに…
またいつの間にか、ぼんやりとそんなことを考えている自分に気が付いてふううっと溜め息をつく。
ただ憂いては溜め息を暫く繰り返していたキョーコは、ふいに鳴り出した電話の音に、どきっとした。
―――もしかして…敦賀さん?
「誰だろう…」
表示には、知らない番号だ…
「はい…?」
「キョーコちゃん?」
―――この声は…
「え…祥子さん、ですか?な、なんで…」
なんで、祥子さんが私の携帯に…?
「尚が…倒れたの…」
「え……」
頭の中が真っ白になる。
…いったい、何の、話なの―――?
「突然、ごめんなさい…お願いよ、キョーコちゃん…今すぐ来て欲しいの」
いつもは冷静な人なのに。
切羽詰ったこの声は、本当に祥子さんなんだろうか…?
「…ええ?で、でも…私には、もう関係がないですし…」
いくら幼馴染だったからといっても、今、お互いの立場は微妙で…
極力接触は避けたいから…
「無理を言っているのは分かってるの。だけど…あの子このままじゃ…!」
「わかり、ました…どこに、行けばいいですか…?」
キョーコは状況を把握できないまま、まるで身代金の受け渡しにいくみたいな心持でそう訊ねたのだった。
社は、がしっ、と首元に腕をまわして、今日も蓮をからかう。
「また社さんは…そんな事、有り得ませんから」
「おお、余裕だね。いやいやさすが」
「余裕なんて…」
「ん?」
「ありませんよ―――彼女に関しては―――…」
ふうううううぅ、と蓮は深い溜め息をつく。
「え?なに?喧嘩でもしたの?」
「………いや……」
「………」
社は続く言葉を待つが、視線を伏せて言い濁ったまま時が過ぎていく。
いつもの事ながら…もっと打ち解けて相談とかしてくれてもいいと思うんだけど。
「…は?!」
「ふふ~ん、仕事中の貴重な画像だよ?」
「社さん…それ犯罪者呼ばわりされますよ…」
「大丈夫!ちゃんと全部キョーコちゃんの許可もらって撮ってるから」
見るなり、ぷっ、と思わずふきだしてしまう。
驚いたように、わずかに開いた唇には艶やかな色のルージュ。
―――気づかって触れた唇。自分でも、よく抑えていられたと思う。
思い出すだけで喩えようもなく気持ちがざわついてくる。
彼女の怯えた顔を見て、慌てて付け加えた言葉は、暴走しかけた自分に言い聞かせて宥めるための―――…
「!」
「なにまた思い出し笑いしてんだよ…」
「…笑ってましたか?」
反省中だったのだから、そんなはずはないと思う、が…
「自覚なしかあ、いやいや人の恋路を見守るのはほーんとっ面白いもんだねぇ」
「社さん……」
「ふふっ、だけどキョーコちゃん、えらいよな。依頼された仕事はどんな事でも契約切れるまではキチンとこなしててさ。ほら、この仕事なんか女優として活躍してからもよく続けて来れたよなぁ」
ぬっと差し出された社の携帯に映し出されているのは…
「ん?だからさ、キョーコちゃんがだよ…」
「な、なんだ?お前も知らなかったんだよな?」
「………本当に…?」
『―――……っ…彼女は、たぶん、君なんか好きじゃないよ。君みたいな意地が悪くてエセ紳士笑顔で平気で人を騙すようなやつなんか!―――…』
『―――……そんな、男を、その子が好きになんかなるわけないだろっ―――』
あの時の「彼」は…まさか…
信じたくは無いが…あの言動も、あまりにも辻褄が合いすぎる―――…
そうして、思い直したように社に眼を向けて言った。
「社さん、その写真も、俺の携帯へ送ってもらえませんか」
「あ、ああ?かまわないけど…なんか、顔怖いぞ、蓮?キョーコちゃんがこの仕事やってた事に、なにか問題でもあるのか?」
携帯を見つめる蓮は、意識して無表情を装ってはいるが、底冷えするような目をしている。
とても、からかいラブトークをする為の写真とは思えない。
俺…もしかして、すごくまずいもの見せちゃったんじゃ…?
蓮のやつ、何か隠しているみたいだし…
この写真のせいで、二人の間に変な波風たたなきゃいいけど…
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